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美女と野獣の婚前旅行~婚約破棄は許しません。氷の令嬢は、逃げた参謀を追いかけます!~   作者: 凡仙狼のpeco


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ご決断を、促しますわ。


「やぁ、こんな夜更けに、随分と危ない場所にいるんだね?」


 パドーレが声を掛けると、剣を手にした一団が警戒したように振り向いた。


「一体、何をしようとしていたのかな?」


 土を固めた上に、積み上げられた土嚢の上。

 それは、平民の住む地域に影響がない程度の高さでしかなかったが、貧民街をある程度水害から守るために簡易に設置されているものだ。


 今は轟々と唸る川の推移がギリギリにまで達しており、今にも溢れそうな状況になっている。


 堰を切られれば、溢れた水が貧民街を押し流すだろう。

 氾濫とは比べ物にならない土石流が、人の命を奪い去る。


「答えるつもりはないかい?」

 

 パドーレもまた、両手に剣を下げていた。

 透き通った刀身を持つ、当主の証である霊剣。


 【硝子の双剣(スーリエ・ド・ヴェール)】の名を持つ、舞闘士の頂点に位置する者に与えられるそれを、パドーレは一息に踏み込んで振るった。


「ベラを狙うのは、我が王国にとって許されざることだ。……それが誰の、どのような意図のものであるとしても」


 終戦の英傑であるパドーレが優雅とすら言われる柔剣を振るうのを、闇に乗じた不届き者たちは捉えられなかった。

 瞬く間に三人を切り伏せると、残りの者達が怯む。


 しかしその中で、一人怖気付くことなく、剣を受けた者がいた。

 怪我をしているようで動きが鈍いが、暗闇の中で爛々と瞳が輝いている。


「……我らの道行きを、阻む者は悪である」

「目的の為に幾多の命を切り捨てる者は押し並べて悪さ。君たちも変わりはしない」


 腕は多少あるようだが、パドーレにとっては雑兵と変わりはしない。

 切り返した刃で相手の剣を弾き、もう片方で両断したパドーレは、硬直した体を蹴り付けて川に叩き込んだ。


 怪我をしたまま濁流に巻き込まれたら、助かりはしない。

 逃げ惑う者達のほとんどを始末したパドーレは、貧民街を見下ろした。


 ーーー氾濫は免れないな……。


 一応、領主の手のものが多少被害を抑える為に向かっているが、焼石に水かもしれない。


「……無事でいろよ、ヴェルバ、ベラ」


 このままこの場に留まるのは危険なので、パドーレは剣についた血を一振りで払うと、街を目指して駆ける。


 出来れば自分も貧民街でベラを捜索したかったが、ペンタメローネ王国にとって、パドーレ自身の命もベラと同様かそれ以上に重いのを、パドーレは十分に理解していた。


※※※


 ーーー香る。


 スン、と鼻を動かしたヴェルバは、暗闇の中で研ぎ澄まされた嗅覚で、微かな匂いを捉えた。


 竜の独特の獣臭さと、甘やかな何かの花の香。

 あまり甘いものは好まないのか、スッと爽やかなその香りは、ここしばらく嗅ぎ慣れたものだった。


 雨に紛れて、だいぶ匂いは消えているものの、それでもどうにか辿れる。


 貧民街の街中は、静かだった。

 人の気配はするが、誰もが息を潜めている。


 そうしていれば水が襲ってこないわけでもないだろうが、人に襲われることも日常なのだろう。


 じっとりとした視線がよそ者である自分に向けられても、ヴェルバは気にしなかった。

 街の真ん中、大通りからこっちに水が来ないよう積み上げられている土嚢と木の匂いがする黒い塊は、バリケードなのだろう。


「おい、獣人の兄ちゃん。死にてぇのか!?」


 それを見上げていたヴェルバに、建物の方から声がかかる。

 見ると、川の方を確認する為か、屋根の上に組まれた物見櫓(ものみやぐら)の上に小太りの男が立っていた。


「川が溢れる前にどっか行けよ! ここに居たら死ぬぞ!」

「お前はどうする気だ?」

「溢れたら逃げる。もうここにゃ、他に誰もいねーよ」

「あのバリケードは、保つのか?」


 即席で組まれたのだろうそれは、氾濫した川の水に耐えられる感じはあまりしない。


「……気休めだが、ないよりはマシだろうが! 大通りのこっち側だけでもどうにか守らねーと、住むとこがなくなるんだよ!」

「そうか。……もうすぐ、領地の魔術士団が来る! 彼らに、川の水をどっちに流せばいいか伝えると良い」

「あ!? 領主が俺らにそんなことする訳ねーだろ!」

「あの領主は情に厚い。受け入れる体制が整っていないだけで、お前達を見捨てることに積極的なわけではない」


 でなければ、わざわざ言うことを聞かずに住み着いている貧民街の者を守る堰など作りはしないのだ。


「もし川が氾濫すれば、今後堰と別の場所に水を流す工事などを国の補助で行うことも検討されている。そうすればお前達の働き口も増えるだろう。……宰相を務めていた者として、それは保証する」

「宰しょ……!? ……その白い毛並み……あ、あんた本当に、宰相ヴェルバか!?」

「そうだ」


 驚いたように目を丸くした小太りの男に、ヴェルバはさらに問いかけた。


「ベラという貴族の少女を知らないか? 多分、陸竜を連れているはずなんだが」

「ッ。あの小娘、そっちの関係者かよ! 今、山にいるよ! そっちに行ったらガストンって野郎がいるから、詳しい場所はそいつに聞け!」


 礼を述べて示された方向に向かう。

 彼にも同様のことを伝えると、何故か苦い顔をした。


「……本当に来るのか?」

「領主殿ご本人がそう言っていたという言伝ことづてを聞いている。疑ってもそうでなくても、避難のタイミングは誤るな」


 聞くと、山小屋ほどの高さではなくとも、貧民街の人々はなるべく川から離れた高台に、大半は避難しているらしい。

 少数の男だけが残っているとはいえ、その少数はおそらくは貧民街でも力のある連中だろう。


 いなくなったら困る、そういう立場に、ガストンもあの小太りの男もいるはずだ。


「……案内はしねぇ。だが、道は教えてやる」


 辿れる香りと合わせれば、迷うことはないだろう。

 ヴェルバがうなずいて礼を述べると、ガストンは意外そうな顔をした後、追い払うように手を振った。


※※※


「ベラ!」


 声を掛けられて、カーロの側でうとうととしていたベラは顔を上げた。

 道の向こうから、白い毛並みの獣人……ヴェルバは見えたので、立ち上がって近づく。


「ヴェルバ様……」

「無事で良かった。怪我は?」

「何も。ガストンがここまで案内してくれましたので」

「そうか」


 頷いたヴェルバは、何かを口にしたところで眉根を寄せて、バッと後ろを振り向いた。


「どうなさいました?」

「……音がする。川が溢れたのだろう」


 ヴェルバの言葉に目を見開いて、ベラはそちらに意識を集中した。


 水の精霊が、歓喜に震えている様子が微かに捉えられる。

 はしゃいではしゃいで、その内手がつけられなくなりそうな程に。


「魔術師団は、間に合ったのか……?」


 厳しい表情で呟くヴェルバ様に、ベラは覚悟を決めて告げた。


「……わたくしどもも、参りましょう。ヴェルバ様」

「何故だ?」


 驚いた様子で見下ろす彼に、ベラは言葉を重ねる。


「わたくしは、あらゆる精霊に呼びかけることが出来ます。氾濫を鎮めることは出来ずとも、多少の力添えにはなるでしょう。出来るならば……」

「それは許されない。言っただろう。君は、死ぬことが許されない身だと」

「ですが、救える力があります。ヴェルバ様も、向かっていただけるなら……」

「駄目だ」


 頑ななヴェルバに、ベラはきゅ、と唇を引き結んだ。


「では、一人で参ります!」

「ベラ!」


 カーロの方に向かおうとする手を掴まれ、ベラは力を込めて抵抗した。


「離してください!」

「何故我が身を危険に晒そうとするのだ!? 君が死ねば、君の理想を、国を良くする施策を、これから行う者がいなくなるだろう! より多くの民を救うのでは……」

「今目の前で不安に思っている貧民街の者は、民ではないのですか!!」


 ベラが怒鳴ると、何事かと、身を潜めていた小屋の中から何人かが顔を見せた。

 きっと不安で眠れないのだろう人々の中には、少しだけ年嵩の子どもの姿もある。


「国とは、民なのです! 未来の為に見捨てる決断をすることがあるのだとしても、今、救えるかもしれない人々を見捨てる理由にはならないと、何故分かっていただけないのですか!」

「魔術師団が向かっている! 領地の者を救うのは領主の役目で、我々は領地の者ではないのだ。勝手なことを……」

「ご自身は、宰相の立場を捨てようとなさったではないですか!!」


 ベラは怒っていた。

 ギッとヴェルバを睨みつけると、彼は怯んだように口をつぐむ。


「勝手と言うなら、一番勝手なのは貴方ではないですか!! 貴方こそ、救えるのではないのですかッ!! ここにいる子ども達の気持ちを、貧民街に住む者達の気持ちを、差別される獣人達の気持ちを、彼らが一体何を求めているのかをーーー最も玉座に近い立場で、理解出来るのは、貴方ではないのですかッ!!」


 ベラは知っている。

 どれほど学んでも、本当に彼らの気持ちなど理解できないことを。


 自分はその日の暮らしに困るような生活をしたこともなければ、何かを与えられなかったことなどほとんどない。

 道具として扱われていてすら、恵まれていることに、気づいている。


「そしてそれを! アンデルセン大公様に奏上して実現出来るのは、貴方の方ではないですか!! わたくしが危険なことをするのを拒むのであれば、何故ご自身がそうせずに済むように、為そうとなさらないのですか!!」


 ヴェルバがいたのは、国の中枢なのだ。

 それも、大公の信が最も厚く、手放したくないと思われている立場なのだ。


「出来ることから逃げて、誰が救えるのです!? わたくしと貴方の力があれば、今、この場で彼らの住む場所を少しでも守れるかもしれないのに!! 


 雨に濡れて風邪をひかぬようにと、受けた恩を少しでも返せるかもしれないのに!!


 彼らを救う権力を持ちながら捨てようとなさる貴方が、何故、わたくしの行動を否定出来ると思うのですか!!


 ーーー本当にわたくしの身を案ずると言ってくださるのなら、いいかげん覚悟を決めなさい!!」


 力のない小娘の自分ではなくて。


 ベラは、滲む涙をグッと堪え、唇を噛み締める。



「わたくしの夫として、宰相として上に立ち、真に人を救うことが出来るのは、貴方なのです!! ヴェルバ!!」



 彼は、呆然としていた。

 これほど感情を露わにしたのは、人生で初めてかもしれない。


 ベラは、彼に惹かれていただけではなく、接するほどにその思慮深さと優しさに、上に立つ者の器を見ていた。

 

 民の暮らしを、小さな幸せを大切にして、彼らを導けると。

 政略として決まった婚姻を拒絶するのが、ベラに対する優しさだと言うのなら、そんな優しさはいらない。

 

 睨み続けるベラに、少しずつ自分を取り戻していったヴェルバは、小屋から顔を出した者達を見てから、自分の手を見下ろす。


「俺、が……」


 まるで、初めて自分の手にしていたものと、願っていたものが結びついたことに、気づいたように。


 グッと拳を握りしめたヴェルバは。

 白い毛並みに覆われた、青く思慮深い瞳に、今までにない力を漲らせた気がした。


 そんな彼を祝福するように、精霊達が反応して、毛並みが淡く光るようにしてざわざわと揺れる。


 ーーー精霊に愛された者。


 ベラはかつて、襲撃者を撃退した時に見て取った光景を思い出す。


「俺に……出来ると思うか? ベラ」

「必ず。わたくしが全力で支えます。ですから、どうか」


 ベラは、汚れた服装だけれど、自らに出来る最高級の礼儀カーテシーで外套の裾をつまんで、ヴェルバに頭を下げる。


「どうか、お戻りになる決意を。ーーーそして、今目の前の民を、共に救う決断を」


 フッ、と小さく息を吐いたヴェルバは、ベラの肩を叩いた。



「……行こう。君が望むなら」


 

ようやくヴェルバが覚悟を決めてくれました。

そろそろクライマックスです。


二人に添い遂げて欲しい、と思われる方は、ブックマークやいいね、↓の☆☆☆☆☆評価等、どうぞよろしくお願いいたします。

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[一言] ベラ…強いなぁ〜。
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