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美女と野獣の婚前旅行~婚約破棄は許しません。氷の令嬢は、逃げた参謀を追いかけます!~   作者: 凡仙狼のpeco


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19/27

わたくしたちには、どうする事もできないのですか?

 

氾濫(はんらん)……!?」


 ベラは、もたらされたその報に、目を見開いた。


「それは事実ですの? パドーレ兄様」

「ああ。といっても、貴族たちの住む高台辺りには届かないだろう。辺境伯にはすでにお前たちを保護していただけるよう、モーリエを通じて伝えてある」


 泊まっている宿に、真夜中に訪ねてきたずぶ濡れのパドーレが、珍しく厳しい顔をしていた。


「避難する、ということですの?」

「そうだ。今すぐにでもな」


 冗談を交えない彼に、ベラは事態の重さを悟る。

 三日ほど長雨が続いて足止めをされていたが、まさか川が氾濫する危険があるとは思っていなかった。


「治水はどうなっておりますの?」

「この辺りは進んでいるほうだ。元々戦地となる危険が大きい地域で、街の造りも堅牢だからな」


 ヴェルバも眉根を寄せていた。


「それに、こちら側もペンタメローネ側も、間にファポリス山脈がある関係で雨は多いしな。他所よりも備えてはいるだろう」

「が、確かにこの三日、雨量が多すぎる。いかに備えていたところで限界はいずれ来るだろうな」


 視察に出られないほどの激しい雨が続いているのは、事実だった。

 パドーレが腕組みをして、横殴りの風で音を立てる窓に目を向ける。


「それに、本来なら水を逃すための低地が問題だ」

「貧民街か……」


 彼のつぶやきに、ヴェルバが呻く。


「どういうことですの?」

「どこの国もそうだが、貧民街に住むのは市民証すら持てない流れ者や、家どころかその日の飯にも窮する者たちだ。あぶれた先に残っているのは、普通であれば住むのを躊躇う危険な土地なのだ」


 魔物から身を守る壁の外側や、水捌けの悪い地盤の緩い土地。

 あるいは、あえて空けてある……例えば、川が堤防を越えた際に水を逃すための、低地など。


「その土地を……辺境伯は守らない……?」

「守らないのではない。守れないのだ」

「そこを高く堤防で守ってしまえば、さらに雨が降り続いた時に、他の堤防が低い土地に水が流れることになる。田畑や、市民証を持つ者たちの土地が流されてしまえば、街が死ぬ」


 貧民街に住む者たちは、本来守るべき者ではない、と。

 二人の表情が、それを物語っていた。


 理屈は分かる。

 分かりはするけれど、ベラの感情が追いつかなかった。


「どうすることも出来ない……のですか?」

「言っておくが、辺境伯とて何も考えていない訳ではない」


 ヴェルバは、厳しい顔をしたまま言葉を続ける。


「別の低地に水を引くための治水に、手をつけてはいる。だが、先の戦争末期で職にあぶれた傭兵たちや、土地を追われた者たちが、いきなり増え過ぎたのだ」


 ーーーそこが、原因……。


 戦争が終わったとて、その軋轢(あつれき)の被害を被るのは、結局弱者。

 ヴェルバとベラの婚姻とて、本質としては同じ。


 過去の精算を行うために、庶民出身の宰相と、反宰相派の侯爵令嬢が槍玉に挙げられた。


 ベラ自身は、それで良かった。

 自分は貴族であり、その務めを果たすという理由があったから。


 だけど、当然のことだけれど。

 軋轢がそれだけで治まるほど、戦争で両国についた傷が治るほど、確執は、影響は……浅くはないのだ。


 そして、民を救うということは、一朝一夕には成らない。


「……何か、手は……本当にないのですか?」

「氾濫しなければいい。それを祈ることしか出来ん」


 そんな中、自分だけが安全な場所に逃げる。


 ベラは、自分の無力さに打ちひしがれていた。

 

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