表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/27

もう一組の美女と野獣。


 ーーー辺境伯直轄地。


 アンデルセン大公家に名を連ねる者と、許可を受けた者だけが使用を許されたワイバーンによる飛竜車に乗ったパドーレは、モーリエと共に眼下に見える街並みを見下ろしていた。


「美しい景色だね、モーリエ。君ほどではないけれど」


 言いながら目を向けた相手は、小柄な体格の女性だった。


 兄とは腹違いらしく、赤い瞳に関しては共通だが、優しげな垂れ目をしていて、少女のような愛らしい顔立ちであり、肌は白く透き通っている。

 金糸の髪は巻毛であり、緩やかにロールして顔の脇に流れていた。


「景色と女性の美しさは、違うものでしてよ、パドーレ様。引き比べるものではございませんわ」


 そうピシャリと言われてしまい、パドーレは肩をすくめた。


「つれないな。君を褒めたつもりだったのに」

「光栄ですわ」


 微笑みを浮かべたモーリエは、小首を傾げる。


「ですけれど、わたくしよりも気にかかることがありそうな様子で言われても、心には響きませんの」

「おや、バレてたか」

「これでも、人を見る目には自信がございましてよ」


 外見とは裏腹に、彼女は聡明だ。

 それは、パドーレも理解していた。


「何を気にかけておられますの?」

「先行しているグレンの部下が、接触してくるはずだったんだが」


 急いでいるわけではなかったので、道中、いくつかの街に降りたのだが、それらしき相手から話しかけられたりはしなかったのである。


「あら、そうでしたの」

「ああ。ヴェルバとベラを護衛している間者らしいんだが……」


 別に彼女に隠すことでもないので、素直にそう伝えると、何故かモーリエは溜息を吐いた。


「パドーレ様」

「何だい、モーリエ?」


 モーリエは、パドーレの頬を手で挟み、その顔を覗き込む。

 パドーレは思わずにやけた。


「どうしたんだい? 愛を囁いてくれるのかな?」

「違いましてよ。パドーレ様、貴方のように、強く、実直で、時に可愛らしい方に甘やかされるのは、悪い気分ではないのですけれど……そう素直ですと、少々心配になりましてよ」

「どういう意味かな?」


 モーリエに頭を撫でられて、ますますニヤけるパドーレに、彼女は目を細めた。



「ーーー連絡役は、貴方の目の前にずっと居ましてよ」



 パドーレは、一瞬何を言われたのか分からなかった。


「……は?」

「パドーレ様。先ほども申し上げた通り、甘やかして下さるのは嬉しいのですけれど。……仮にもアンデルセン大公家に生まれ落ちた者が、ただの箱入りでいられる道理がありまして?」


 問われて、パドーレは少し考えた。


 言われてみれば、グレンにはヴェルバたちの護衛の交換条件のように提示されたが。

 あの肌だけでなく腹まで黒い男が、タダも同然でパドーレのお楽しみのためだけにモーリエを同行した寄り道を許すはずもないような気がした。


「……なるほど。つまりグレンは、最初からそのつもりで俺を謀ったと」

「そういう事ですわ」


 モーリエは、薄い笑みを浮かべる。

 そうすると、可愛らしい顔立ちに、ゾクリとするような妖しさを醸し出す。


「これでも、貴方の愛しのモーリエは、謀戦に長けておりますの」


 ーーーこういう顔も悪くないなぁ。


 パドーレがそんな風に思っていると、モーリエが言葉を重ねる。


「ヴェルバ様とドンナ家の御令嬢は、既にここ、辺境伯直轄地に入っておられます。道中、特に問題は起こらなかったので、ご報告は致しませんでしたけれど……どうやら、都の教会の方では何やら動きがあったようでしてよ」

「ほう」

「そちらに関しては、辺境伯との薄い繋がりがございましてよ。少々警戒の必要があるかと思われます。居所も、大体の目処はついておりましてよ」

「ふむ。ヴェルバたちに害がありそうな気配が?」

「ええ」


 ーーー教会、ということは、ベラが狙いの可能性があるか。


 彼女の〝見霊の瞳〟に関しては最重要の秘匿事項ではあるが、どこかから漏れている可能性が僅かでもない、と楽観視出来るものでもない。


 ーーー消すか。


 仮にヴェルバを狙っているにせよ、瞳とは関係なしにベラを狙っているにせよ、アンデルセンとペンタメローネの友好に亀裂を入れようとしているのは間違いない。


 放置しておく道理もなかった。


「なるほど。事情は理解出来たよ、モーリエ」

「何よりですわ」


 頬から手を離した彼女の手を握り、パドーレは笑みを浮かべる。


「辺境伯にお目通り願ったら、少し一人で出かけて来ようかと思うけど。……君一人で、大丈夫かい?」

「ご自由になされませ。わたくしの周りに侍る者たちも、手練れですし、わたくし自身にも、多少の心得がございましてよ。追々、お見せ致しますわ」

「信じるよ。君の言うことだからね」


 パドーレは片目を閉じて、さらに言葉を付け加える。


「ところで、それよりも気になることがあるんだが」

「何でしょう?」

「俺は謀りごとの得意な君の手練手管にまんまと絡め取られて、惚れてしまったということかな?」

「あら、心外でしてよ。『一目惚れだ』と、初対面で情熱的に口説かれたと記憶しておりますけれど……違いまして?」


 可愛らしい上目遣いで、照れたような笑みを浮かべるいつものモーリエに、パドーレは一つうなずいた。


「違いない」

「演技と思われるのは、癪でしてよ。これでも、パドーレ様を好ましいと思っておりますの。わたくし」

「嬉しいよ、愛しのモーリエ」


 言いながら、パドーレが彼女の手の甲にキスをして馬車の窓に目を向けると。

 薄いレースで出来た目隠しの向こうに、辺境伯の住まう城が見えた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ