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12/27

婚約者の不意打ちに、嬉しくなってしまいましたわ。


 あのガストン、という男の評判は、ずいぶんと宜しくないようだった。


 気を良くしたマスターに聞いたところによると、聖教会の司祭に尻尾を振り、表向きは貧民への施しを募る仕事に従事しているようだ。


 金で買ったらしい貴族の身分があるらしく、一応、男爵だという。


 一代限りの名誉貴族らしいのだが、それでも貴族であり、また聖教会の名をチラつかせて強引に『寄付』だと金をせびるので、煙たがられているのだと。


 他にも、後ろ暗いモノを売り捌いているという噂もあるらしかった。


「どうなさいますか?」

「どう、とは?」


 部屋に戻る前から、終始不機嫌そうな様子だったヴェルバは、部屋のドアを閉めるとその前に座り込んだ。


「ガストンのことです」

「ただのチンピラだろう。放っておけばいい。度が過ぎれば、領地の者が対処する」

「……意外ですわね」

「何がだ?」


 ジロリと睨みあげて来るヴェルバに、ベラはナイトテーブルの水差しから二つのコップに水を注ぎながら答えた。


「捨て置く、という選択を貴方が取ることが、です。ガストンには、黒い噂もおありだと」

「噂だろう。その現場を目撃したわけでもない」

「それは、その通りですけれど。領民が困っているのは事実です」

「だから言っている。度が過ぎれば、領主が訴えを受けて対処するだろう。俺たちが介入する必要がどこにある」


 ベラは、ヴェルバにコップを渡して、自分の分を手にして簡素なベッドに腰掛ける。


「目の前で困る民がいて、その原因がいる……排除するのに、何かためらいが?」

「おま……君は、何も分かっていない」


 怒りを堪えている様子の彼は、木のコップを強く握った。


「ここは辺境伯領で、ガストンは名目だけとはいえ貴族だ。そして大公国もペンタメローネも、領土は王の直轄支配地域ではなく、各領主の管理する地域だ」


 それは、ベラにも理解出来ていた。

 貴族が、他者の貴族領で勝手な振る舞いをするのは、許されない。


 ヴェルバにしても、参謀位にあるとはいえ平民であり、貴族身分のガストンに手を出せば、不利な状況に追い込まれたり投獄される、ということもあり得るだろうという微妙な立ち位置だ。


 だが。


「犯罪者を私刑に処そう、というわけではありません。ヴェルバ様が手を出せないのであれば、わたくしが捕まえて、憲兵に突き出せば良いのでは?」

「だから、それを俺たちがやる意味がどこにあるのかと、先ほどから問いかけている」

「民が困っています。解決するのは、為政者の役目なのでは?」

「街の小悪党がコソコソ小銭稼ぎをしているのまで、見かけたからと言って手ずから解決していては、どれだけ時間があっても足らんだろうが」


 それに、と、ヴェルバは自分がもたれたドアを拳でコンコン、と叩いた。


「いいか。俺たちには今、身を守る強固な屋敷の壁も、護衛の兵士もいない。貴族や獣人だといったところで一人の人間だ。先ほどの挑発にしてもそうだが」


 ヴェルバは、端正な顔をさらに不機嫌そうに歪めてチラリと犬歯を覗かせる。


「たまたま俺を奴が知っていたから、事なきを得たが。あれでもしガストンが大勢を引き連れて戻ってきたり、寝込みを襲われた時にどうやって身を守る気だ?」

「返り討ちにすればいいのでは?」

「そのために、寝ずの番をするのか? 行く先々でそれをやっていて、いつ休む? いいか。義憤に駆られるのは君の勝手だが、君の論理は、権力者の論理なのだ」

「権力者の……」

「そうだ。自分のことを知る者に周りを囲まれ、安全な寝ぐらを確保出来、多くの戦力を有し、徒党を組むことが出来る者の論理だ。……自分の身を守るのは、その場凌ぎでいい訳ではない。先々まで守り抜ける算段を立てられなければ、それは身を守ったことにならんのだ」


 ヴェルバは早口で捲し立てて、こちらに指を突きつける。




「ーーー高潔を矜持(きょうじ)とするなら、動く前にまず、己の身を守ることを考えろ」




 ベラは、アゴに指を添えて目を細め一考した。

 彼の言葉には、理がある気がしたからだ。


 ーーー高潔を矜持とするのなら。


 彼はそう言った。

 

 それは〝高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)〟の精神に関する話だろう。


 義務を遂行する為には、当然のことだが、まずは生きている必要がある。

 ただ、臆病になれという話ではなく、それが出来て初めて為政者側の人間として腕を振るえる、という話だろう。


 そして確かに、ベラにはその視点は欠けていた。

 彼の身を守るための動きは、冒険者だから、というだけではなく、自分の身を守るために本来ならば考えるべき行動なのだ。


 誰かに守られていることを、ベラは当たり前のこととして意識すらしていなかったのだ。


「仰る通りですわね。わたくしが軽率だったようです」

「分かればいい。……せっかく部屋を取ったが、今日はここで眠る。ガストンがどう動くかが読めないからな」


 わざわざドアを塞ぐように床に座り込んだ理由は、それだったらしい。


「申し訳ありません。手間を増やしてしまったようです」

「今後やらなければいい。元々、ご令嬢に全てを完璧にこなすことなど期待していない。覚えていけばいい話だ」


 ぶっきらぼうだったが、この話題はここで終わりだ、と告げるように、彼は手を軽く振った。


「コップをいただきます」


 自分も水を飲み干したベラが立ち上がって腕を差し出すと、ヴェルバはコップを渡した後に、こちらの腕を軽く掴んだ。


「何か?」


 首を傾げてみせると、ヴァルバはこちらを見ないままボソリと告げる。


「本当に、考えろ。……共に旅を始めたのは成り行きだが、別に君の身を案じていないわけではない」


 ベラは、何度かまばたきをした。

 気遣いの類いかと思ったが、バツの悪そうな顔をしているところを見ると、もしかしたらそちらが本心なのだろうか。


「承知していますわ」


 ベラは少し嬉しくなって、微かに笑みを浮かべた後に、鎧を外し、剣を抱えてベッドに潜り込む。

 

 不意に言われた、その一言に。

 少し頬が熱くなっているのは、あまり見られたくなかった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 自重しろ! ということですねw
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