無礼な輩を、成敗いたしますわ。
「見知り置く必要性を感じませんわね」
ベラは、いつも通りの表情でチラリと見上げた男を一言で切り捨てた。
「わたくしは、連れ合いと食事をしております。そこに声を掛ける行為は、失礼ではなく、無礼と感じますけれど」
「おい」
「何か?」
言われた当人ではなく、ヴェルバが呻くように声を上げるのに、首を傾げて見せる。
「不要な挑発をするな」
「そのようなつもりは、毛頭ございません。思ったことを口にしたまでですわ」
「より悪い」
ベラの態度に、取り巻きたちは殺気立ったが、ガストン本人は表向き余裕の態度でそれを制する。
だが、瞳の奥に少し凶暴な光が宿ったのを、ベラは見逃さなかった。
ーーー己の感情を、この程度で制することも出来ませんのね。
ベラを遠ざけるために、わざと邪険な態度を取っていたヴェルバに比べて、小物感は拭えない。
「率直な方ですね。無礼は詫びましょう。ですが、こちらとしても用件がございまして」
「手短にしていただけるのであれば、聞きましょう」
「ええ。竜に騎乗する高貴な方が現れた、と報告を受けまして。このような庶民の宿ではなく、我が屋敷にて歓待したいと馳せ参じた次第です」
「不要な気遣いですわ」
これは、お忍びの査察などではなく、あくまでも婚前旅行なのである。
予定があっての行程ならともかく、無粋な横やりをしてくる相手の屋敷に赴いて窮屈な思いをする必要は感じられなかった。
ーーー下心もあるようですし。
ヴェルバと自分の関係をどう考えているのかは分からないが、最初にこちらの体を舐めた下品な視線を見逃してはいない。
しかし、ガストンは食い下がった。
「しかし、危険ですよ? この辺りは治安も悪く、どのような輩に狙われるかも知れない。うら若い乙女に相応しい環境とは、とてもではないが言えない」
ベラは軽く息を吐いた。
それは暗に、自分に従わなければそういう目に遭うという脅しともとれる発言に思える。
「頼もしい連れ合いがおりますので、先ほども申し上げました通り、心配はご不要です」
すると、そこでガストンはようやく気づいた、とでも言いたげな顔で、ヴェルバに目を移す。
「頼もしい方には、申し訳ないが見えないですね……」
人間の姿をしているヴェルバは、確かに細身である。
取り巻きたちも、ベラの言葉におかしげな表情を浮かべているが……嘲笑を向けられている本人は、特に気にした様子もなかった。
しかし代わりに、こちらに対して険しい視線を向けている。
「……わたくしの連れ合いを、貶すような言動はお控えいただけませんか?」
「ベラ」
「それに、率直に申し上げてーーー」
制止するヴェルバだが、ベラは止まらなかった。
座ったまま、少しずつこちらの方に近づいていたガストンに対して。
「ーーー貴方よりも、わたくしと連れ合いの方が遥かに強いかと」
剣を引き抜きざまに、首筋にピタリとその先端を押し当てる。
「……!?」
「見えまして?」
「ベラッ!」
ガストンが目を見張るのと同時に、一気に殺気立つ取り巻きたち。
ヴェルバは、ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がると、唇を引き結んだ。
「剣を納めろ」
「仰せのままに」
薄く笑みを浮かべながら剣先を外すと、ガストンは自分の首筋をさすりながら、徐々に怒りで顔を赤くしていく。
周りの人々を見回すと、関わりたくなさそうに目を逸らしていた。
どうやらガストンは、それなりにこの辺りで有名なのかもしれない、と察する。
「こちらが丁寧に接しているというのに、随分とつれない態度だ」
「無礼を先に働いたのはそちらだと、ずっと申し上げておりますわ」
すると、ヴェルバは大きく息を吐いてこちらに回り込み、ベラの肩に手をかける。
「ベラの態度は詫びよう。だが、お引き取り願いたい」
「……恥をかかされて、その要求が呑めるとでもお思いか?」
ガストンの声が低くなるのに、ヴェルバはシワの寄った眉間を軽く揉んだ。
そしてゆっくりとそこから指先を離すと、そのまま外套の前留めを素早く外していく。
「別に、諍いを望むわけではないが、俺は、大人しく彼女を差し出すほど聞き分けがいいわけでもなくてな……」
「ほぉ?」
侮ったような笑みを浮かべるガストンの顔が、そのまま固まった。
「後一度しか言わんから、よく聞け」
メキメキメキ、と音を立てて、ヴェルバの体が膨れ上がってゆき、ガストンを頭上から見下ろすような巨躯へと変わる。
「ベラの態度は、詫びよう。ーーーだが、お引き取り願いたい」
「じゅ、獣人……!」
ヴェルバの放つ覇気に、取り巻きたちは気圧され、ガストンは青ざめていた。
「〝白磁の獅子〟……!?」
「俺を知っておられるか。であれば、話は早い」
ヴェルバはニヤリと笑い、その手をガストンの肩にかけて、耳元で何事か囁く。
すると彼は直立不動になり、手が離されると踵を返した。
「か、帰るぞ!」
「「「へ、へい!」」」
取り巻きと共にガストンが去ると、人の姿に戻ったヴェルバは、静まり返った宿の中の人々に頭を下げる。
「お騒がせした。店主殿、彼らと貴方に、エールを一杯ずつ奢ろう。それで納めて欲しい」
成り行きを見守っていたいかつい顔をした店主は、ヴェルバの言葉に店の中を見回してから、口の端を上げた。
「気持ちいいモンを見せてもらった上に、酒まで奢ってくれんのか。……毎度あり」
店主の言葉に、緊張が解けたらしい店の中で歓声が上がった。
「……何ですの?」
「さーな。大方、ガストンとか言う奴がこの辺りでデカイ顔をしていたんだろう」
再び席についたヴェルバだが、その表情は険しい。
「ベラ。君に後で話がある」
「叱責でしょうか?」
「いいや。自分の立場に関して、もう少し自覚的になってもらおうと思っているだけだ」
「十分に自覚しておりますわ」
「どこがだ!」
歯を剥くヴェルバに、ベラはニッコリと笑みを浮かべてみせる。
「伴侶となる殿方をバカにされたら、引き下がらずに立てるのが、妻としての役目では?」




