7:当たり前の日常
悠太と別れてから私は職場近くの古いアパートに住むことにした。
職場には離婚したと言っただけだった。
もちろん、同僚と不倫したからという理由は言わずに。
職場とアパートを往復する日々。
不倫相手は、私との不倫なんてなかったように普通にふるまっている。
―『君は素敵な女性だ』
―『妻と別れて、君と一緒になる』
―『身体の相性もいいみたいだね』
―『愛してるよ』
私はこの言葉に舞い上がってしまった。
舞い上がった結果、大切な人を失った。
私をだまして、平然としている不倫相手。
今すぐぶちまけたい。という思いもある。
だが、そうしてしまったら
私も白い目で見られてしまう。
だから、そんなことする勇気はない。
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悠太と復縁したい。
その思いが大きくなる。
失って初めて悠太の大切さを身に染みる。
仕事が私より先に終わったとき、悠太はご飯を用意してくれていた。
私が仕事が早く終わったときはご飯を作った。
「美味しい」といいながら食べる悠太の顔が好き。
寝る前にそれぞれの職場の愚痴を言いながら晩酌した。
休日はたまにおでかけした。
当たり前で幸せな日常。
それを私は一時の快楽で手放した。
でも手放したならまた手を伸ばしてつかめばいいんだ。
私は悠太のいるところへ向かう。
*******
悠太はそこに住んでいた。
引っ越しもしていなかった。
私は思った。
―もしかして、私のことを待ってくれていたのかな。
引っ越ししないのは私のことを待っているから。
職場まで言わなかったのは、私に情があったから。
私はそんなとても妄想染みたことを思っていた。
インターフォンを押す。
ガチャと扉が開く。
悠太の顔が見えた瞬間、私は言う、
「ごめんなさい、私ともう一度やり直してください」
きっと許してくれる。
そんな愚かな期待を抱いて。
沈黙が流れる。
悠太はうーんと唸っている。
そしてなにかぶつぶつ言っている。
『1000万』とか『誠意』とか『メジャーリーガー』という単語が聞こえたけど・・・。
「あの・・・悠太?」
私は思わず不安になって声をかける。
「なんの用ですか?椎名さん」
「う、あのその」
離婚したから、旧性で呼ばれるのは仕方ないこと。
悠太はきちんとけじめをつけているだけ。
でも諦められない。
「どうか、もう一度やり直してください」
勇気を出して言う。
そして沈黙が流れる。
とても長い長い沈黙・・・
お願い、何か言って悠太。
「外に居られてもあれですし、一旦お入りください」
家に入れてくれた。
これできっと許してくれる。
私は愚かな期待を抱いて、家に入った。
プロ野球が開幕しましたね。