3:中途半端
不倫相手の誠意は750万だった。
『もし!事実だったら!1000万でも!1億でも!はらってやりますよ!
まああなたが名誉棄損でこの僕に!払うんですけどね』
改めて録音を聞く。
うん、やっぱり足りてないね。
というわけで弁護士さん、お願いします。
弁護士さんにGOを出したら相手の家族に知れ渡ったらしく、話が違うって義人から来たけど
「違わない」
の一言で終わらせた。
自分で発言したことには責任を持て。
1000万払うって言ったなら、それはせめて実現しないとダメだろう。
結局、義人と有菜さんは離婚したという。
正直こうなることは予想していた。
きっと1000万にはたりないんだろうなと。
それでもまさか750万も手に入るとは思わなかった。
せいぜい300万くらいで『誠意』を見せた気になると思っていた。
これで義人と藍花が一緒になれる。
今後俺に関わることもないだろう。
********
・・・と思っていたのだが・・・。
これで俺は金が手に入る。
そして藍花の逃げ先を確保して、今後俺に関わらないようにする。
それが実現できたと思った完璧な作戦だったはず。
義人が離婚したんだから、一緒にならんのか。
あれだけ一緒になりたいとか言っていたはずなんだがなー。
どうせもうこないだろうと思って俺も引っ越さなかった。
住み慣れていて愛着もあった。
俺も引っ越すべきだったのかな。
「あの・・・悠太?」
家の前にいる女が不安そうに声をかけてくる。
ど、どうしよう。
このまま追い返すと所謂ストーカーと化す気がする。
義人のところに行かせるか?
いや、わざわざ俺のところに来るってことは
義人とは上手く行かなかったんだろう。
くっそ、慰謝料払えるように職場には言わないであげたのに・・・。
義人よ、不倫して相手を離婚させたなら責任もって奪いきってくれよ。
そういえば金も750万という中途半端な金額だった。
そこまで払うなら1000万頑張れただろ。
そして藍花も奪いきれない。
とんだ中途半端野郎だな。
「なんの用ですか?椎名さん」
とりあえず、旧姓で呼んでみた。
「う、あのその」
ショック受けててウケる。
「どうか、もう一度やり直してください」
うーん。これはどうしたものか。
追い返すときっとストーカーと化する。
このままでは一生「もう一度やり直してください」無限ループになる。
・・・そうだ。
「外に居られてもあれですし、一旦お入りください」
俺は、藍花を招き入れた。
玄関より先は入れるつもりはないけど。
誠意を見せなかったものには天罰を。
この女は利用できると判断した。
「本当にごめんなさい」
藍花は俺の家に入るなり土下座する。
「気にしてない。ちゃんと離婚して、お金も俺にちゃんと払ったし、後腐れなく別れることできたし」
正直復縁することはない。
不倫されたってのもそうだが、結婚生活と比べて「一人暮らし」って気が楽だなって改めて思った。
気分次第で外食してもいいし。
今思うと結婚生活って少し面倒だったなと思う俺もいる。
「それであの、もしよかったら・・・・」
藍花が顔を上げて言う。
そして、なぜか言葉に詰まる。
沈黙が流れる。
どうしたんだろう。
復縁しましょうとか言うのかなって思ったけど何も言わなくなった。
このままでは埒が明かないし、俺からしかけよう。
「やつとはまだ一緒に働いているのか?」
俺はあえて名前を出さずに言う。
「・・・うん、何事もなかったように平然としてる」
やっぱな。
内心は俺や奥様に金絞られて、余裕はないだろうけど。
「悠太が私の職場に言わなかったおかげで職場では何事もないよ。
でもなんであいつも。あいつがいなければ・・・」
おっ、人のせいにしてきたな。
でもそれを咎める必要はない。
むしろ、利用する。
「だよな。家族だけではなく、生きるためのお金を稼ぐ場所を提供してくれている『職場』もだましているなんてな。やつも反省しているのかなぁ。俺に『誠意』も見せてくれないし、そういうやつなんだろうな」
これは藍花にも言えることだが、あえて標的を「やつ」だけにした言い方にする。
そして、膝をついている彼女の耳元でささやく。
「俺は職場をだまし続けるやつなんて『信用』できないな」
信用できないやつとは一緒に過ごさない。
そういうことだ。
「職場、誠意、信用・・・」
藍花が俺の強調した言葉を繰り返す。
哀しいことに元夫婦だ。なんとなく伝わるんだろうな。
「では、今日は一旦おかえりください」
次があるような言い方をする。
そうすることで藍花は次の機会のために必死に行動する。
俺の思惑が外れて、質の悪いストーカー化するのであれば、
そのときは藍花の親に言って心機一転引っ越そう。