07
長に付いて歩いてゆくと、大銀杏が見えた。樹齢何百年経たかと思われるほどの立派な大樹だ。
根元には洞があり、奇妙な瘤が幾つも盛り上がっていて、気味が悪い。
この樹は神聖なものらしく、注連縄が張ってあり、風に御札が揺れている。
「さ、早よう」
長が促す。よく見ると四、五人入れそうなほど大きな洞があるが、それがずっと下まで地下道まで繋がっていた。
「ここは一体?」
「傀儡子は何時、誰に襲われるかわからん。
だから我々流浪の民は全国あらゆる場所に秘密の地下道を作っておるのじゃ」
地下道は暗く、下に降りると足が柔らかい土に触れた。ひやりと冷気が身体を包む。
ただ、土の下を繰り抜いただけのものらしく、土壁には地下水が流れてるし、足もとに泥水が溜まっている。
長が点した紙燭がポッと小さな火を燃やして、辺りを仄かに照らし出した。
しばらく進むと目の前に手斧削りの太い格子が見えた。中には円形に並べられてた木の板がある。
長が僕を中に促し板の上に座らせると、自らも僕の真向かいに座った。
「それで、用件とは?」
「実はそなたに頼みたいことがあっての」
そう言う長の顔と姿はぼんやりしていて、表情が読み取れない。
「単刀直入に申すぞーーそなた、小雪と共に駿府へ行ってはくれぬか」
「……え、今なんと?」
言っている意味がさっぱりわからない。一体どう言うことかと問うがーー
「そなたの妹御が今川義忠殿の側室であることは調べがついておる。
こちらから近づこうと思っておったら小雪と共に現れた時は心底驚いたのぉ」
耳が遠いのか、それともわざと聞こえないふりをしているのか、僕の質問に対して答えようとしない。
「……いや、だからなんで僕がーー」
「そなたならこれを届けることができるはずじゃ」
強引に封がされた書状を押し付けられる。……こちらの話は聞いてもらえないらしい。
依頼もよくわからないが、そもそも初めて聞く話ばかりで理解が追いついてない。
妹が誰かもわからないし、今川義忠なんて人も知らない。
もしかしたら元々のこの身体の持ち主のことなのかもしれない。
「これは誰かが一度開けば必ずそれがわかるように細工してある。
誰にも見られずこれを今川に届けてはくれぬか」
余程重要なものらしい。突拍子もない話だが、長の声は真剣そのものだ。
強引に押し付けられている依頼だが、この身体の身内に会えばわかることも多いだろう。
「……わかりました。僕でよければ引き受けましょう」
「旅費もこちらでよう……え、本当に引き受けていただけるので?」
長は呆けた顔でこちらを見る。
「まあ、特にすることもないし、ご飯も頂きましたのでーー」
「おお、是非ともお願いします」
長は間髪入れずに答える。あれだけ遠かった耳は今はよく聞こえているようだ……
こうして見事、謎の依頼を押し付けられ、僕は駿府へ行くこととなった。
次回ももう少しこの場面が続きます