04
ーーまずは状況を整理しなくては……
いまだに混乱している頭をどうにかして落ち着かせ、自分がどこにいるのかを推理する。
ーー伊勢国って名称は奈良から明治時代の初期までだから絞り込めない。
服装で判断しようにも唯一出会った少女は白衣に袴という
よくわからん格好をしてるし……
「……なぜそのような目でこちらを見るのですか。北畠様に訴えますよ?」
なにやらゴミを見るような目でこちらを睨んでいるが、そんなことはどうでもいい。
だが重要な情報があった。
ーーなるほど、北畠がここを支配しているのか?
北畠氏は南北朝が統一されたのち、伊勢国司として地位を保って、往年には伊賀国や大和国の南部までを治めていたやり手の守護大名家だ。
しかし、最後には織田信長の天下布武の動きの中で侵攻を受け滅びてしまっている。
ーーということは室町時代のどこかってことか。
さらに手がかりを求めて少女に質問する。
「最近何か事件はありましたか?」
「事件ですか? そういえば先ほど目の前で飛び降り自殺しようとしていた殿方がおりましてねぇ」
いったい誰が皮肉を言えと?
「いやそうじゃなくてですね……、最近大きな戦などがありましたか?」
「そうですね……ああ、どうやら京のほうで将軍家の家督争いが起こりそうな様子で、
各地から武士が集まっているとか町のものが申しておりましたが?」
間違いない、これからあの「応仁の乱」が勃発する。
ということは僕がいるのは1467年前後、つまり戦国時代なのである。
……なんとなく察しはついていたがやはり、戦国時代のゲームをしようとして、辿り着く先は戦国時代しかないのだろう。
ーーとんでもない時代に来てしまった……
生まれてこのかた病院生まれ病院育ちの軟弱人間が生きていけるような時代ではない。
どうしようかと思案に暮れていたが、よい方法があった。
ーー……あっ、死ねばいいのか
どうせこのまま生きていたって飢えとか刃物で刺されて死ぬんだから、なるべく苦しまないように手短に飛び降りればよいだけだ。
どうせあと数ヶ月の命だったのだ。
生きる覚悟はないが死ぬ覚悟ならできている。
いつか死ぬのが今日になっただけの話だ。
ーーお父さんお母さん、今回は本当に最後のお別れになりそうです。
またあの世で会おうね。
覚悟が緩まないうちにさっさと崖の方へと歩いていく。
ガシッ!
「ぐぇッ!」
「なぜまた飛び降りようとしておられるのですかッ!」
「……なんだ、またお前か」
「お前じゃありません! わたくしには小雪という名があります!」
名を明かされたがそれもどうでもいい。
「なに余計なことしてくれてんですか。迷惑なんで離してください」
「……あなた、先ほどからわたくしに当たりが強すぎませんか?
どうしてそれほどまでに死にたがるのです?」
なぜ死にたがる……か。
僕は生まれてこのかた満足に生きれないことが情けなくて仕方なかった。
(一体なんのための人生なんだ?)
と、問いかけたことは数えきれないほどあった。
そして、いつしか生きることに意味を見いださなくなった。
僕が死にたがる理由、それはーー
「僕は死に場所を探してたんだ。やっと気づいた。
ここで死ぬことは人生でもっとも幸せな時間になるはずなんだ。
……頼むから邪魔しないでくれ」
「……」
小雪の大きな二重の瞳が僕を映す。
自分のすべてが見透かされているようで恐ろしかった。
波の音がはっきりと聞こえる。
風が吹くたびに2人の髪が棚引く。
「……はぁ、ほんとにしょうがない人ですね」
小雪が呆れた顔をしてこちらに歩み寄ってきた。
「とりあえずうちの屋敷にきなさい。落ち着くまでいていいから」
そう言うやいなや、小雪は僕の手を強引につかみ歩き出した。
だんだんと波の音が小さくなってゆく。
どうやら僕は死なせてもらえないらしい。