03
陽がのぼりかけていた。
空には朝雲が夜の名残を押し除け、長く棚引き、夜明けを待ちかねたように鳶が舞っていた。
ーーどうやら無事ログインできたみたいだ。
海面がかすかに赤く染まり、白波が轟音を立てて、波打ち際に打ち寄せては飛沫を散らせている。
生まれてはじめて眼にした海、気づけば僕は鼻の奥が痺れるほど泣いていた。
ーーああ、やっぱりここにきてよかった……
やっと涙が止んだころには陽が完全に顔を出し、かッと赤光をにじませていた。
しばらく外の世界を堪能していたが、ふと異変に気づく。
『下克上』の説明によれば、広場のような場所から開始されるはずなのだが、辺りにあるのは美しい海岸線と荒々しいリアス海岸だ。
変だとは思ったが何か不具合が起きたのだろうと思って再ログインしようとした。
しかし、手元にあるはずのメニュー画面がないーーどこにも見当たらない。
思い返せば最初のチュートリアルもなかったし、マーカーも表示されていなかった。
ーーさすがにこの状況はおかしい。
いったいどうしたものかと途方に暮れていたが、ある仕様を思い出した。
ーーそういえばダメージを受けて戦闘不能状態になれば強制的にリスポーン地点に死に戻りするんだったな。幸いにも、目の前にある崖から飛び降りれば死ぬのに十分なダメージを受けるはず!
『ドムス•アウレア』は完全に五感が再現されているとはいえ、
プレイヤーへの過度なダメージを感知した際は痛覚が完全にカットされるようになっている。
ーー崖から飛び降りるのは怖いけど痛みがないのなら安心だ。
僕は立ち上がって崖の方へ歩いていく。
ガシッ!
「ぐぇッ!!」
とつぜん後ろから襟首を掴まれ、強引に引っ張られた。
「な、なにをしておられるのですかッ」
引っ張られた方を見ると、視線の先には少女ーー白衣に緋色の袴姿で、歳は十五、六に見える。
NPCは決まったセリフしか喋らないらしいので、彼女はどうやらプレイヤーらしい。
「えっと……実はゲームのシステムに不具合があったようで、
死に戻りしたら直るかなって思ってたんです。
どうしたらいいか教えていただけませんか?」
「げーむ?しすてむ?聴き慣れない言葉ですね。いったいどういった意味なのですか?」
少女は不思議そうに小首をかしげている。
なんだか話が噛み合わないなと思いつつも、ほかの疑問に思ったことを尋ねる。
「いったいここは何処なんですか?広場ではなさそうですが……」
「ここは伊勢国の度会郡にございます。……本当に大丈夫ですか?」
なんだか怪訝そうな顔になっているが、今は気にしてはいる余裕がない。
ーーおかしい、戦国時代をモチーフにしたゲームだけど国の名前は再現されてなかったはず。
……まさかそんなはずない。ここはMMORPG『下克上』の世界のはず。
でも、そうじゃないと今の状況は説明がつかないし……。
訳がわからんがこう結論づけるしかないだろう。
どうやらここはゲームの世界ではないらしい