第96話 何かが、変わり始める……
―― シルバー・ノア 艦橋 ――
ゴードン伯爵の領地を出ると、次は東南の領地であるメルフィーオ伯爵の領地へと向かった。
本当なら、伝書鳩を飛ばして、屋敷に事前連絡をするのがもっとも良い方法であったのだが、鳩の時速とシルバーノアの時速では、圧倒的にシルバーノアの時速の方が早いので、隠蔽をしつつ直接屋敷に向かう事となった。
公爵閣下には、VIPルームを貸し与えたのだが、門閥貴族の部屋割りに困った。上級貴族に一般客室はマズい。
「この先、もっとVIPルームが必要だよな。てな事で二人とも作るのに協力してくれないか?」
「そうね。これだけ頻繁に、この世界の王侯達が乗り込むとなると増設しないと対応しきれないわね」
「よし、今回はワシが全面的に協力してやろう。時間も無いだろうから早速始めるとしようか」
「本当ですか?助かります」
「この部屋と同じ作りで良いのじゃな?」
「いいですけど、部屋の壁とかありますし、結構大きな工事となりますよ」
「だから、何度言ったら分かるのじゃ。人間の物差しでワシら神を計るのではない」
アイリーンはそう答えるとほくそ笑む。それから3人で2層目の一般客室に入るとアイリーンは黄金色に光り始め「ほいっ」と詠唱をすると、まったくといって言いほど、完全複製をされたVIPルームが創作された。原理は良く分からないが自重が無いのは確かだ。
「これでどうじゃ?この部屋は、空室である6号室とまったく同じに作った。部屋の広さは空間魔法を使用しているから心配は無用じゃ」
「す・凄すぎますよ。流石神様の中でも一番位の高い神様ですね」
「えっへん!と言いたい所じゃが、この能力もあと僅かしか使えぬのじゃ」
「それはどうしてですか?」
「それは、秘密じゃよ」
アイリーンは、笑顔でそう言うのだが、ここで秘密にしておく理由は、恐らく地球の物勝手に持ってきた罰なのか?それともアイリーンが、このアノースに留まるのに出した条件なんだろうか?そう思うと素直に喜べない。
「それにしても、こうも簡単に出来ると、何だか俺なんか必要ないんじゃないかと思っちゃいますね」
「馬鹿者!この部屋はタクトが考え出して創作した物ばかりじゃないか。それを丸っと複製しただけじゃ。これはワシが凄いのではなく、この部屋を考え出したタクトと複製魔法が凄いのじゃよ」
「そうよ。複製魔法はオリジナルがあってこその魔法だし、最高神だけに与えられた特別な魔法なの。私やタクトには使う事は出来ないし、こんな凄い魔法が普通にあったら衣食住に誰も苦労をしないわ」
「うむ、原料や素材があれば別の話じゃが、何もないところから物質を作り出すと言うのは物理法則から何から何まで崩壊してしまう。だから、最高神にしか与えられていない禁忌魔法なのじゃ」
「なるほど、納得しました。だから最高神しか使えないのですね」
「そう言う事じゃよ。それに、ワシら神は大地を創作したり複製をする事は出来ても、物を考え出して作り出したり人間教える事など出来ぬ」
「それぞれが与えられた役割があると言う理解でいいのですか?」
「うむ。そう言う事じゃな。それよりも言葉がまた他人行儀に戻っておるぞ。あれほど、最高神などと言うことなど忘れて気楽に話してほしいと言ったではないか……これじゃまるでタクトが下僕みたいじゃ」
「はは…ゴメン、最高神と意識をするとつい癖がでちゃう。出来るだけ直すように努力するよ」
「うむ。そうしてくれ」
「はい」
こう話を終え、その他の部屋も同様に作り替えると、最初からあった6室に、新たに10室も加わって計16部屋のVIPルームが完成をした。
「それじゃ、門閥貴族の皆さんにも入ってもらおうか」
「うむ。その方が色々と面倒も無く、楽じゃろうからな」
こうして、門閥貴族達を呼びに行くと、食堂はもの凄く盛り上がっていた。
「あっ!タクト様、先程はどうも」
「エリーゼさんでしたっけ?この船はお気に召しましたか?」
「ええ!何もかも目新しい物ばかりで、目移りばかりしています」
「それにしても、公爵閣下があんなにお綺麗になられて若返られたのには驚きました。私も化粧品が欲しくなりました」
そんな話をしていると、二人が俺のわき腹を肘で突っつく。
「話をしたいのですが時間が押してきているので、その話はまた後ほどにでも。今から休憩に使って頂く部屋へとご案内をしますので」
そう断りを入れ、門閥貴族達を新しく出来た部屋へと案内した。
「ほ・本当にこの部屋を使って宜しいのですか?一流の貴族の宿より豪華なんですが?」
「それは言いすぎですよ。それでは、部屋数には限りがありますので家族単位でお貸しします。ベッドの数の追加などございましたら、お申し付けください」
そう説明をすると、門閥貴族達は大喜びで、ソファーの感触などを確かめていたりしていた。
部屋割りが終ると、メルフィーオ伯爵を連れて、地図で屋敷の位置を確認をして貰う為に艦橋へと良くと。机に地図を広げた。
地図で屋敷の位置を指で示して貰い、フェルムに着陸場所を伝えると「では、もうそろそろ領地に入るのでしたら、上空から自分の領地を見てみたいので外で見ていても宜しいでしょうか?」と問われた。
「そうですね。それではもう直ぐ到着をするので、我々も一緒に外に出ますよ」
「そうですか。それではご一緒に」
こうして、メルフィーオ伯爵と双璧を連れて外に出ると、展望台に上がり周囲を見てみると、山と微かに見える町以外は、一面に青々とした田園風景が目に映る。この場所が穀倉地帯と呼ばれている意味が伺える。
「これは凄い!見事な田園風景ですね!」
「ええ。実りは良いのですが、最近では生産物の単価が下がり過ぎて、デフレ気味なのですよ。タクト様が先程見せてくれたバイオプラスチックが、このデフレを打開する事を願うばかりです」
「タクトよ。この地でビールを作ってみてはどうじゃな?大麦も生産余剰があるみたいだし、俗に言われるWin Winじゃと思うんだが?」
『俗に言われるWin Winって、どこから引用したんだろ?何か笑える……』
「そうですね。町でビール造りに欠かせないホップが売っているのも確認しましたし、いいんじゃないでしょうか?」
「なんですか?そのビールと言う物は?」
「簡単に言うと酒じゃよ」
「エールや麦焼酎ではなくてですか?」
「作り方はエールとほぼ一緒なんですが、製造工程が少し違います。お酒なんで、今お出しする事はできませんが、今晩にでも皆さんに試飲をして頂く事にします」
「本当ですか?非常に楽しみです」
ラノベに良く出てくるエールと言う飲み物は、この世界にも存在はしていて、地球で言うエールビールその物であった。
この世界にラガービールが存在せず、エールだけが存在していると考えると、これはおそらく、発酵時に長期低温発酵させていない状態であり、生エールが無いのは、ろ過技術が熱処理だけだからと推測される。
この知識は、その昔、父親がビール大好き人間だったので、旅行に行った時に、地ビール工場へ何度も見学に行った事があった。
エールと言う飲み物の製造方法がある程度知識としてあったのは、その為であり、父親が地ビール好きだった事に感謝をした。そんな訳で俺も酒には少しうるさい。
「そう言えば、一番最初にバーベキューした時に、缶ビールを飲んで美味しかったのを思い出したから、結構一杯買ってきたわね。在庫はまだまだあった筈よ」
「うむ。ワシ達が買ってきた缶ビールは異世界の物で希少であるが、この地で、地球の様に美味いビールが作られる思えば安い投資じゃな」
「それじゃ、帰りは遅くなりそうだから、今夜は久しぶりに甲板でバーベキューにしようか?人数も多いからその方が用意が楽だしな」
「そうこなくちゃ!タクトの負担になるから、最近遠慮してたのよね」
『最近食べ物について、我侭を言わなくなったなと感じていたけど、気を遣ってくれていたんだな』
こうして、話していると次第に町が近くになり着陸の準備へと入ると屋敷の裏手に着陸をした。
我儘を言うなら町を散策したいのだが時間が無いので諦めて、家族を連れてシルバーノアに戻る。
そんな感じで、次にバッファ伯爵、ウォールズ侯爵の領地を巡り、次々と家族を拾って行き、全ての家族達を拾い終わると、時刻は夕方6時を回っていたので、仲間たちと一緒にバーベキューの用意をし始める。
「オギャー!オギャー!」
「ほーら、よしよし」
メルフィーオ伯爵の子供は、まだ9ヶ月と赤ちゃんだったので、乳母が赤ちゃんをあやしていると、女性陣はこぞって、赤ちゃんを見に行き、色々とちょっかいをかけていた。
「オギャー!オギャー!」
「皆さん、そんなに周りを囲まれると、この子が興奮して、寝付けないじゃありませんか?」
メルフィーオ伯爵の奥さんである、クリアローゼさんは乳母のケリーさんから、赤ちゃんを渡されると、そう女性陣をけん制した。
「仕方がないのぅ。ほれ」
見かねた、アイリーンがベビーカーと通称ガラガラを渡し、使い方を教えると、早速赤ちゃんをベビーカーに乗せて、ガラガラを渡した。
すると、赤ちゃんは泣きやみ、ガラガラを楽しそうに振っている。
「有難うございます。こんな便利な物を貸して頂いて」
「うむ。それは、ワシからのプレゼントじゃ。貰っておくとよい」
「本当に宜しいのですか?こんな貴重な物を頂いちゃって」
「なに、構わぬ。赤子は泣くことが仕事じゃからな。大切に育てると良い」
アイリーンは、そう笑顔で言うと、クリアローゼさんは何度もお礼を言っていた。
それから、バーベキューが始まると、みんなはロマリアの街に到着をするまで、和気藹々と楽しんでいた。
先程話題になった缶ビールを飲んで貰うと、貴族達からも凄く良い反応が返ってきて、話の流れで、この地でビールが作られる事になった。
具体的な製造方法については、存続であるエール工場に行き、技術指導をすると言う事に決まり、俺にとっても、エールビールではなく、飲み慣れたラガービールが飲める事でテンションが上がる。
そして、いつもの様に、一人でこっそり展望に上がると、何時もの様にベンチに腰掛け、夜空に輝く星を見上げた。
『さぁ、今回は誰が来るのかな?まぁ、フィーナとアイリーン、それか公爵閣下だろうな』
そう思いつつ、今回は待てど暮らせど30分待っても、誰も展望には上がってこなかった。
『めずらしい事もあるもんだな。ちょっと拍子抜けかな』
そう考えていると、フィーナとアイリーンがやってきた。
「どう?少しは酔いは醒めた?」
「ああ。今回は珍しく誰もこなかったから、少し不安になってた所さ」
「そりゃ、ワシらが展望に行く事を禁じたからな」
「何故そんな気を遣ってくれたんだ?」
「タクトが展望に一人で行ったのは、一人になりたかったんじゃないのかなと思ったからよ」
「うむ。いつも大勢に囲まれて、大変じゃろうからな」
「そっか。別に一人になりたい訳じゃないんだけどな。こうして星を眺めるのが好きなだけなんだよ」
二人は、ほっとした表情を浮かべると、今夜の事について相談をする。
「いつもなら、みんなに泊まっていってもらうんだけど、どうしようか?」
「タクトがそれでいいなら、いいんじゃないのか?」
「私も泊まって貰う事には賛成よ。VIPルームも用意したしね。でも朝ごはんは、各人用意して貰う方がいいわね」
「そっか。君たちの負担にならないのなら、そうしようか?」
「それでいいわ」「そうじゃな」
今朝の、叱責事件?から、周りの何かが変わろうとしていて、なんだか負担は減ったが、誰もが自分に気を遣っているようで、少し寂しい気持ちになる。
『俺は根っからのお人好しなのかも知れないな……それとも単なる寂しがり屋なのかも……』
そんな事を思いつつ、展望から顔を出し、この事と伝える。
「皆さん。今夜は、この船にお泊り頂いて結構です。もし家族で泊まるのなら、準備がありますので、代表者の方は今から人数をお知らせ下さい」
そう言うと、予想通り、公爵閣下を始め門閥貴族達全員が泊まる事となり、朝食は、公爵閣下が城の料理人を、ここに呼んで作らせると言う事に決まった。
そう決まると、仲間はフェルムとアイラを中心に片付けをしてくれた。アンジェとセリスには女湯を、カイル王子とアルムさんには男湯の使い方とマナーを説明して貰う事になる。
「私たちは、先に自室に戻っているわ」
「ああ。俺は少し用があるから、その用件が済んだら直ぐに行くよ」
「タクト様。今日は色々とありがとうございまいした。このお礼は必ず報いる日がくるでしょう」
「オーバーですよ。それに様付けはやめて下さい。さん付けで結構です」
「分かりました。タクトさんが、そう仰るならそうさせていただきます」
「ありがとうございます。それでは皆さんは、大浴場を楽しんで来て下さい」
そう言うと、メイク落としを公爵閣下に手渡し、爵位など関係なく、ワイワイガヤガヤと大浴場に向かって歩き出すと、クリアローゼさんを呼び止めた。
「クリアローゼさん。これを使って下さい。それと、乳母のケリーさんは別室をご用意しましょうか?」
車輪ロック式のベビーベッドと、布団を急遽こしらえた物を見せると、クリアローゼさんと、乳母のケリーさんは、立ち止まり目を丸くした。
「そ・そんなに気を遣っていただけるなんて……」
「たまには家族水入らずというのも、いいんじゃありませんか?」
「何から何まで申し訳ございません。それではお言葉に甘えさせていただきます」
「私からも、厚く御礼を」
こうして、クリアローゼさんは大浴場に向かうと、ケリーさんを北の領地会談で、急遽こしらえた部屋に案内をした。一般客室だが問題は無いであろう。
「本当に私一人で、こんな立派な部屋を使ってもいいのですか?」
「勿論ですとも。それでは浴室を案内しますので、皆さんと一緒にどうぞ」
「いえ、とんでもないです。王族や貴族の方々と一緒だなんて、身分相応ではありません。もし粗相を起こしたら、ただじゃ済みませんから」
これは、遠慮ではなく、本気で拒絶をしているのだと思ったので、以前作った無駄施設である、家族風呂を貸す事になった。
今まで気が付かなかったが、身分が違うと言うのは、とても大変な事であり、本来ならケリーさんの言うとおり、粗相を起こすものなら只ではすまないのであろう。
うまく回っている貴族社会をどうこうするつもりはないが、人権侵害にならないような、法整備があるのかは気にはなった。
それから、恐らく食事も遠慮したのだろうと思い、赤ちゃんの為にも良い母乳に出るようにと、いらぬお節介かもしれないが、サンドイッチと飲み物、お風呂上りに着るパジャマなどを貸し与えた。
「これは、夜食にでも食べて下さい。栄養を付けないと母乳に影響が出ますしね」
そう理由を並べて、それらを机に置くと、ケリーさんは涙を溜めて感謝をされた。
こんな事もあり、食堂の前を通ると、人見知りであるラルーラさんだけが、食堂でつまらなさそうな顔をして待っていた。
「どうしたんだい?何かあったのか?」
「あっ、タクトさん。いつもの人見知りですよ。それに、タクトさんを利用しようとしていた、あの人が気に入らないのです。一緒にお風呂に入るなんてお断りです」
「お・俺がもう気にしていないのにか?」
「もぅ。もう少し怒りなさいよ。ああ言った、うざったい女は例え王族であっても嫌いなんですよ!」
ラルーラさんは少し酔っているのか、本音をぶちまけており、丁度いいので、酔い覚ましを兼ねてケリーさんと一緒に、家族風呂に入って貰えないかとお願いをすると、あっさりと了承してくれた。
こうして、やっと色々な物から開放されたので自室へと戻ると、いつもと違う光景に絶句する。
「なっ・なんじゃこりゃー!」
「サプライズに決まってるじゃない!地球の雑誌を参考にして、VIPルームから例えるならスイートルームに変更したのよ」
「ま・マジかよ!」
空間魔法を利用した部屋は、俺専用のプライベートルームまで用意されていて、その部屋には、パソコン関係の物や、この前地球から買って持ってきた、高級マッサージチェアまで設置されていた。
「フィーナ、アイリーン。ありがとな。心の底から感謝するよ」
「喜んで貰えて嬉しいぞ。これは今までがんばってきた、タクトへのこ褒美じゃ」
「そうよ。タクトは自分の楽しみの為に、何かを創作した事ないんだもの。だから、少し強引だけど、勝手にやっちゃった」
そんな二人の優しさに、これまでに無く感動をし、嬉し涙が出そうになったので、思わず涙がこぼれぬ様に上を向き、早めに就寝をするのであった。




