第93話 振り回される……
―― 公爵殿下の城・通路 ――
公爵殿下が下着を試着をしている間に、ケーキを渡す為に廊下に出ると、すれ違いそうになったメイドさんを呼び止める。
「お忙しいところ急に呼び止めたりしてすいません。お願いを聞いて頂けないでしょうか?」
「私に出来る事なら、聞きますが?」
アイテムボックスから、カートを出して、以前作り置きしておいたケーキを乗せると、メイドさんはその様子を固唾を飲み見ている。
「このケーキを、貴族の皆さんに食べて頂こうと思うんですけど、お願い出来ますか?」
「これが噂のケーキと言う物なんですね。初めて見ましたが見た目だけでも涎が出てしまいそうです。あらやだ、思わず言葉に出してしまい失礼しました。その役目お任せください」
メイドさんは胸を叩きながら、笑顔でそう答えた。
お礼を言いながらケーキを乗せたカートを引き渡すと、メイドさんはカートをゆっくり押し始めた。
「あっ、ちょっと待って。このケーキは内緒で従者達で分けて食べるといいよ」
廊下に響かぬように、小声でこっそり耳打ちをすると、追加でカートの下段に更に2ホール乗せた。
「その優しさと気遣いに、惚れる女性の皆さんの気持ちが良く分かりますよ」
メイドさんは顔を赤くしながら言うと、お辞儀をしてからカートを押して早足で戻っていった。
『あっ、またやっちまったか?どうして、こう考え足らずというか軽薄なんだ?でも自分の従者でもない人にお願いをする以上は対価を払う必要もあるし、みんなにも食べて貰いたいしな。あまり深く考えるのはよそう……』
そんないつもの失敗?を反省しつつ、会議室へと戻ると、数分後にメイドさんがやってきて、綺麗に切り分けられたケーキを席にそれぞれ紅茶やコーヒーと一緒に配られた。
「お口に合いますかどうか分かりませんが、沢山ご用意いたしておりますので、どうぞ召し上がり下さい」
「これが噂のケーキですかな?公爵閣下から聞いてはおりましたが、噂どおり見た目だけでも美味しいのが分かりますな」
ウォールズ侯爵は、ケーキを色々な角度から見てそう言うと、同調をするように門閥貴族達が相槌を打つ。
「ええ、家内が話しを聞いて是非食べてみたいとせがまれたのですが、王都からここまで持ってくるのは不可能だと諦めさせたばかりです。そのケーキがこうして私の目の前にあると言うのは、家内には大変申し訳ない気持ちになりますな」
「そう言う話なら、皆さんにお土産としてお渡しいたしますので、是非お持ち帰りになり家族に食べさせてあげて下さい」
「催促をしたみたいで申し訳ない。この借りはいつかまた別の形でお返しいたします」
「そんなの気になされなくても結構ですから」
門閥貴族達は、喜びを隠せず笑顔でケーキを口に運ぶと、笑顔は驚きの顔に変わる。
「なんとも素晴らしい美味しさであった」
「ええ。何をどう褒めても言葉が足らない様な気がします」
こんな感じでケーキを何皿もお代わりをしていると、ドアが【ガチャ】と鳴った。
「お待たせ~」
フィーナ達が公爵閣下を連れて戻ってくると、全員が手に持っていたフォークを【カチャン】と落とす。
「皆の者どうだ?白のドレスなど死ぬまで着れぬと思っていたが、異世界のショーツとやらで夢が叶った」
公爵殿下は、嬉しそうにくるりと一周回ると、「お~」と言う声が会議室にこだまする。
「なっ・何と美しい。あなた様は本当に公爵殿下なのですか?」
「見違えたというよりか本当に別人のようですよ。化粧と言うのは凄いですな!ここまで女性を美しくするとは」
門閥貴族や仲間までもが、化粧の凄さを目の当たりにして、公爵殿下の容姿を褒めちぎる。公爵殿下は、それらの声を聞くとご満悦の表情であった。
「そうだろ。当の本人である私が一番驚いているのでな。それよりそなた達が食べているのは、ケーキではないか?」
先ほどからちらちらと目線がテーブルに動いていたが、やはりケーキが気になるようだ。花より団子らしい。
「公爵殿下もお食べになられますか?」
「勿論だとも。あの日食べて以来、この日が来るのを心待ちしておったぞ」
こうして、公爵殿下は席に着き、ドレスが汚れないように厳重にナフキンで覆うと、それからは談笑をしながら、和気藹々とケーキを堪能していた。
それから、いくらかの時間が経つとケーキも食べ終わり、誰もが満足した顔をしていたので、そろそろ、次の話題に移ろうと思う。
口の周りをナフキンで拭いてから立ち上がろうとすると、公爵殿下が何かを思い出したように「パン」と手を叩いて立ち上がる。何とも間が悪い。
「閣下。いきなり立ち上がられてどうかされましたか?」
「どうしかもこうしたも、明日は、緊急で社交パーティーをする事を思いついたのだ。是非ともロマリア領の社交界で、化粧品を自らの手で広めたくなった。タクト殿。明日の予定はどうなっておる?」
「もちろん空いていますが」
「ちょっと待って下さい!あまりにも急過ぎます。今日の会議で、歓迎パーティーの日取りを決めるのだと、公爵殿下自身が仰っていたではありませんか?それに急に明日など無茶振りにもほどがあります」
ウォールズ侯爵は、必死でそう訴えかけるが公爵殿下には馬の耳に念仏と言った状態である。
「そうですよ。家族の者も歓迎パーティーを楽しみにしていたのですよ。今からでは、鳩を使っても100パーセント間に合いません。私だけが楽しんで、家族達を蔑ろにする事など出来ませんよ」
それからも、門閥貴族に絶対に無理だと散々訴えられ、最後には「分かったってば。無茶を言って悪かったな」と渋りながらも折れた。
あまりにも、気落ちする公爵殿下の姿を見ると少しだけだが可愛そうにも見える。
今後の計画に影響を及ぼす可能性もあるので仕方がなく「どうしてもと仰るなら、私がシルバーノアで今から各領地迎えに行きましょうか?」と、余計な助け舟を出してしまった。
公爵殿下は「何?それは真であるか?」と、ほくそ笑んだ。まさかと思うがこれは嵌められたのか?
「ええ。今から向かえば今日中には、全領地を周れると思います」
そう答えると、今度はなにか考え出して、何かを思いついたような顔をしたので嫌な予感がよぎった。
「心の底から感謝をする。そう言う話とあらば、責任を取る為に、私もついて行くぞ!」
『嫌な予感的中だよ!』
「ちょっと、それは刹那的過ぎじゃありませんか。公務を放って行かれるおつもりですか!」
ウォールズ侯爵は必死に喰らいつくが、先ほどと同じ、どこ吹く風と言ったところか……聞く耳を持たない。
「ええい、うるさいわ!そう決めたのだ!後の公務はシルバーノアに持ち込んでしたら良いではないか!」
あまりにも自分勝手な発言に、全員が呆れた表情をしていたが、今回は引き下がる事はしないであろう。それが長い付き合いの中で分かっているのか?
「分かりました。タクト殿、無理を承知でお願いしますが、引き受けて頂けないでしょうか?」
と、門閥貴族達は公爵閣下の、その勢いに負けるのであった。
ウォールズ侯爵は、疲れた顔をしてそう言ったので、同情をしつつ「その熱意に負けましたよ。それでは、早速準備をさせますね」と答えておいた。
「よし、そうと決まれば、従者達にこの事を伝え、いつものメンバーに直ちに連絡を入れろ」
「はっ!」
「タクト殿すまぬ。私も直ぐ用意をするので、待っててくれないか?」
「了解ですよ」
こうして、フェルムとアイラにシルバーノアへと戻って城の庭へと移動するように頼む。なんだかどっと疲れたので気分転換の為に一緒に外に出る事にする。
「それでは、何かと準備と用意があるので、席を外しますが宜しいでしょうか?」
そう言いながら立ち上がると、仲間達も同じ気分のようで一斉に立ち上がった。あれだけの公爵殿下の我侭を何も言わずに聞いていたのだ。門閥貴族達もそれを分かっているようであっさりと了承してくれた。
城の通路を歩いていると、アンジェが先頭を歩いていたので、少し早歩きをして隣に並ぶ。
「なぁ、公爵殿下っていうもああなのか?」
「あっ、タクト様!叔母がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。先ほどの話なのですが、公爵となってからは我侭がいくらかは減ったとは聞いてはいたのですが、今日の我侭には流石の私でも引きましたよ」
「まぁ、逸る気持ちも分からなくもないわ。あれだけ化粧が上手く行って、美しく若ががえったんですもの。誰かに見せたくて仕方がないんでしょうよ」
フィーナはそう言うのだが「女心はよく分からん」と思うのであった。
こうして、城から外に出ると、「それじゃフェルムとアイラ頼んだぞ。また到着する前に連絡をくれないか?」と、お願いをする。
「分かりました。なるべく早く戻って参ります」
フェルム達が馬車で去っていく姿を見送ると、大きく深呼吸をして、城の入り口の階段に腰掛けて、空を見上げる。雲ひとつ無い青空に、自由に飛び回る大きな鷹らしき鳥を眺めていると、王国竜騎兵団の事を思いだした。
「それにしても、いい天気だな……そう言えば、あれから王国竜騎兵団の調子はどうなんだ?」
「私が知る限りでは、みんなは、ワイバーンの扱いが随分と上手くなったそうですよ。何でも今はワイバーンに乗りながら、魔法を放ったり、槍や弓で戦闘訓練を始めたとか……」
「そうなんだ。思ったよりも、上手く行っている様で安心したよ」
「タクトも、もうそろそろ、何か一匹でも従属したらどうじゃ?」
「一度はそう思ったけど、乗り物を使って戦うよりも、自分の能力だけで戦うのが好きだから、今の所は無理しないでもいいのかなと思うんだ。何れ魔法を研究して、空を自分の力で飛んでみたいなとは思うんだがな」
「そうなのか?ならば、タクトに天使と同じで翼を与えてやろうか?」
「そ・そんな事が出来るのですか?」
「ワシは元最高神じゃぞ。それ位スキルとして与える事など造作もない」
「ほんと、何でもありなんですね。でもまぁ、今はいいです。またどうしても必要な時にお願いしますよ」
「なんじゃ。面白みがないのぅ。遠慮なんかいらんから、何時でも言うといいぞ」
本当は、やって貰いたい気持ちが大きい。だが、今ここで翼なんぞ手に入れようものなら、人間離れしてしまいそうで怖いと言う気持ちと、また神と崇められるのが容易に想像出来たので、ここはぐっと堪え我慢した。
それから30分位経ったであろうか?空を眺めていると、シルバーノアがやって来たのが見える。
【ブーン・ブーン】
スボンの中に仕舞ってあるスマホにフェルムから連絡があり、城の裏手の大きな空き地に着陸をする様に指示を出すと、ゆっくりと着陸をする。
「さてと、愛しの我が家に戻るとするか?」
「愛しの我が家だなんて、シルバーノアは家じゃないのに、おかしくはないか?」
「イメージだよ、イメージ!」
「ムキになるとこがまだまだじゃのぅ」
「ほっといてくださいよ!」
最近は、こんなやり取りが増えた様な気がする……
『これじゃ、王子みたいになっちゃうよ……』
一国の王子対して失礼だとは思うが、アンジェとセリスに何も口答え出来ない王子を見ると、ついついそう思ってしまう。
こうして、タラップを出して準備が出来たので、乗り込む前に、公爵殿下達に連絡に行こうとすると、門閥貴族達に連れられて公爵殿下達も外へとやってきた。城からシルバーノアが見えたのであろうか。
「待たせたな。これからまたこの船に乗れると思うと、ワクワクするな」
「あまり無理を言って、タクト殿を困らせては駄目ですよ」
「分かっておるつもりだよ!」
「それにしても、こうして実際に見ると実に圧巻ですな」
「ええ、こんな重量物が空を飛ぶなんて、聞いただけで信じろと言うのは、無理だと公爵閣下は申しましたが、実際、先ほど空を飛ぶ姿を拝見して度肝を抜かれましたよ」
「本当にそうですね。船は海や川に浮かんでいて当然だという、固定概念が崩れ去った瞬間を感じました」
「それにしても、空飛ぶ船が我が町にやってくるかもしれないと、お触れを出しておいて良かったですな」
「本当ですよ。城から見ていましたが、民衆ほぼ全員が空を見上げていましたからね」
門閥貴族達は、そう言いながらタラップを上ると、甲板でいつもの様にセキュリティー・カードを渡してから魔力アターンを登録をしてもらう。案内は、親戚である王子達に任せて離陸の準備をする。
「それでは、一番遠い南の領地、ゴードン伯爵領に向かって出発をする」
シルバーノアが離陸し始めると公爵殿下は、甲板の柵から身を乗り出しながら、興奮気味に何かを叫びんでいた。
それを必死に止める門閥貴族を見て『子供かよ!貴族っていうのも大変なんだな……』と、貴族達を気の毒に思うのであった。




