第75話 心が折れそうになる……
―― 王都・教会前広場 ――
博士と聖女であるクリスティーヌさんを連れて、シルバーノアに向かおうと外に出ると既に日が落ち始めていた。
教会と階段を繋ぐ広場に出ると、突然と博士が叫ぶ。
「わおー!すげー綺麗だな。写真に収めてもいいか?」
博士の見る方向に視線を向けると、空中に浮かび上がるシルバーノア、小高い山に聳え立つ王城は夕日で真っ赤に染まりっていた。その見事なコントラストはファンタジー世界をより一層際立てている。
「写真を撮るのはいいけど、地球の人間には見せるなよ」
「見せる相手なんかいやしないよ。それに、地球ならCGと言えば誤魔化せる。もし仮に見せても合成写真とか言われて、誰も信じないだろ」
「まったくそのとおりじゃな。地球ではCGが世の中に溢れかえっている、非現実的な写真など誰も信じぬであろうな」
地球の最高神であるアイリーンがそう言うので、俺はそれ以上何も言う事は無かった。
どさくさに紛れて、博士はクリスティーヌさんと一緒に写真を撮ると、女性陣も俺と写真を撮りたいと言う顔をしていた。
だが、記念撮影をしていた所を刺されたので、彼女達からは言いだせる筈もない。このままだとトラウマになるか。
「もう、ワーグも魔人も牢にぶち込まれていないんだろ?一緒に撮るか?」
「本当にいいのですか?あんな事があったのに?」
「ああ。このままだと記念撮影がトラウマになるかもしれないしな。どうせなら、皆の記憶をいい思い出で上書きしなきゃな」
そう言うと、女性陣は大喜びであったので、進言して良かったと思った。
「もぅ、タクトってば、本当に優しいんだから」
「うん!それでこそタクトじゃ。その男らしい心構え、ますます気にいったぞ!」
「そんなに褒められても、何もでませんよ」
「なーに、これ以上は今は何も望まぬよ」
こうして、何故かアイリーンやラルーラさんまでもが、腕を組みながらの2ショットを望み、訳も分からないまま全員が写真を撮り終える。
「それじゃ行くとしようか?」
皆は頷くと、今度こそ本当にシルバーノアに向かって馬車に乗り込んだ。
「拓人、この馬車やけに乗り心地が良くないか?まるで高級車みたいだぞ」
「ああ、この世界にはガラスもベアリングもサスペンションも無かったから、魔法で作ったんだよ」
「マ・マジかよ!拓人の物作りの知識がこんな所で役に立つとはな!青春捨ててまで知識を高めて、がむしゃらに働いた甲斐が報われたんだな!そんな拓人の姿を見てきたから、自分の事のように嬉しいよ!」
「ほんと、そのとおりだよ。自己満足かもしれないけどがんばったよ。この世界に来てもな」
俺たちの会話を聞く仲間達は、何故か俺の話に相槌を打ち満足気な表情であった。
「それはそうと、先程の写真をワシにもくれないか?」
「いいですけど、どうやって渡せばいいですか?まさかと思いますけど、スマホを持っているとか?」
「持ってはおらぬよ。今までそんな物必要ではなかったからのう。じゃがこれからは違う、ほれタクトのスマホを貸してみてくれ」
「???」
何をするのかさっぱり分からなかったが、アイリーンにスマホを預けた。
するとアイリーンは急に黄金色に輝きだし「ほい!」と言うと俺のスマホが分裂するように複製された。
「えっ!えーーーーー!」
フィーナと博士は見た事があるのか、特に驚いてもいなかったが、俺やアンジェ達は驚愕した。
「ふふふ、驚いたかのぅ。これが最高神に許された神力である複製魔法じゃ。素材についてどうしたかはここでは明かせないがのぅ」
「あ・アイリーン様!私も欲しいです!」
アンジェがそう言ったのを皮切りに、全員がスマホを欲しがると、アイリーンは快くそれを引き受け、予備を合わせて、20台のスマホを複製し俺に預けた。
「本当にいいのですか?こんなに一杯頂いちゃって」
「なーに、これもお近づきの印じゃ。タクトが必要とする人物に渡すが良い。おまけ機能として、ここにある20台のスマホは、少し改造してある。魔力の波長を電波として発信出来る様にしてあるから、皆と連絡取り放題じゃ」
「本当ですか?それは助かります」
「うむ、インターネットは物理的に無理じゃがのう」
「それでも有難いですよ。いずれ研究しなきゃと思っていた所ですから」
自分以外にも色々と、科学や素材などをこのアノースにもある素材を利用して作れるアイリーンに心底興味が沸いた。
本当はフィーナにも劣らぬその美貌に、直視を出来ていないのは秘密だが、正直な話、どんな美貌を持った人物が現れても、フィーナを思う気持ちは変わらない自信がある。
「喜んでもらえて何よりじゃ。使い方は簡単で、登録したい者の名前を入力して、魔力の波長を流すと登録され、あとは名前をタップし相手の名前を確認したら、魔力を流すとその相手に繋がると言う仕組みじゃ。サービスとしてショートメールも出来るように、アノース語に変換もしてある」
「凄いです。尊敬します」
「うむ。そう言ってもらえると、ワシも嬉しいぞ」
アイリーンは満面の笑顔を浮かべる。何だか俺も自然と笑みが溢れそうだ。
「それといい忘れたが、距離が伸びれば伸びる程、魔力の消費は早い。充電は電気ではなく魔力供給じゃからな」
「まさかと思いますが、地球との交信は無理ですよね」
「うむ、流石にそれは無理じゃな。銀河が違うからのぅ。光の速さで電波を飛ばしても何億年も掛かるぞ」
「そりゃそうですね。考えが浅はかでした」
「まぁ、ワシとは通信出来るようにはしてある。何かあったら経由して伝えてやろう」
博士は、よほどクリスティーヌさんと連絡を取りたかったのか、少し落ち込んでいた。
こうして、スマホの話で盛り上がっていると、いつの間にか馬車は貴族門をノーチェックで素通りしていて、シルバーノアの停泊する場所へと辿り着いた。
「皆さん。着きましたよ」
アルムさんは馬車の正面に取り付けられた小窓を開けそう告げた。
馬車が止まると、博士は紳士らしくクリスティーヌさんをエスコートしながら降ろした。俺もまた一人ひとり手を取り女性陣を降ろす事にした。世話になったお礼だ。
女性陣は顔を綻ばせ次々と降りると、今回御者をしてくれたシェールさんが馬を小屋に連れて行ってくれた。
タラップを出すと、博士もクリスティーヌさんも始めて近くで見るシルバーノアに驚愕していた。
「これ、本当に拓人が作ったんかよー!」
「ああ。1週間掛かったが、何とかな」
「遠巻きにしか見る事が出来なかったのですが、近くで見ると圧巻ですね」
俺は2人にセキュリティーカードを渡そうとすると、いつもながら寸前で重大なミスに気が付く。
「博士ごめん。そう言えばこのセキュリティーガード、魔力の波長を登録していないと機能しないんだ……」
「な・なんだって!それじゃ俺は入れないのか?」
「そう言う事になるかな……」
「……アイリーン様、何とかなりませんか?」
「んー困ったのぅ。流石に今から地球に戻す博士の体を、魔力を使えれるように作り変える訳にはいかないしのぅ。そうじゃ、タクトの波長を擬似的に博士にコピーしようか?」
「そんな事が可能なのですか?」
「無論可能じゃ。ほれ、女神に貰ったブランクの魔石の破片がここにある。この魔石にタクトの魔力を閉じ込めて、体に埋めれば良い」
アイリーンは自前のアイテムボックスをポンと叩き、満面の笑みでそう答えた。
「体に埋めるって、手術しなくちゃ駄目なんじゃないですか?」
「馬鹿者!ワシを誰だと心得えておる。神力を使えば、そんな事など造作もないわ」
そうアイリーンは言うと、自前のアイテムボックスから、ブランクの魔石の破片を取り出し俺に手渡した。
「タクトよこの魔石を手のひらに乗せ、魔力を流すのじゃ」
「はい。分かりました」
俺は貰ったブランクの魔石を手のひらに乗せ、魔力を流すと、アイリーンは神々しく光り「ほい!」といつものように簡単に唱えると魔石は宙に浮かび、博士の体に吸い込まれる様に消えた。
「うむ。うまくいったようじゃな。ではセキュリティーカードを渡してやれ」
そう言われたので、新しいセキュリティーカードを博士に渡すと、カードはかすかに光った。
「マジ凄いですよ!アイリーン様は何で地球に魔法が無いのに、ここまで魔法に精通しているのですか?」
「話せば長くなる。また別の機会に話すとするよ」
博士がそう質問をしたのだが、うまく話しを躱された。
『俺も知りたかったよ』
そう思いつつも、シルバーノアに無事全員が入ると食堂に集まり、快気祝いにといつもの調子で、バーベキューが執り行なわれる事になる。
勿論、今回は、俺はタレの準備をするだけで、後の事はフェルム主体で仲間達が準備をしてくれる事となった。
その間に私室で、フィーナとアイリーンに事の始まりから事の顛末までを詳細に聞かされ、大体の状況を把握した。
「なるほど……やはり俺のして来た事は間違っていたのかもしれないな」
薄々は感じていたのだが、それを肯定されると心が折れるのが怖かったので、今までこの質問をするのを避けていた。
「タクト、あなた何を言っているの?これはこの世界の最高神である神様が望んだのよ。間違っているわけ無いじゃないのよ!」
フィーナは机を「バン」と叩き涙目で怒る。
「フィーナ、落ち着くのじゃ」
「はい……取り乱してすいません」
「まぁフィーナが怒るのは無理も無い。そうじゃな……タクトは私利私欲の為に動いている訳じゃない。だからこそ、その功績を妬む者も少なからずおると言う事じゃな」
「しかし、今回の襲撃事件で、現状の生活で満足している者が圧倒的大多数であることを知りました。もし俺が居なくてもこの世界は回るのだとも。そこまで思い上がっていたつもりはなく、自惚れていた訳ではありません……」
「タクトは自己評価が低過ぎるわ!もう少し自信を持ちなさいよ!あなたがこの世界の人々に与えた物の価値を分かってないのよ」
「違うんだフィーナ。俺がいらぬ技術や知識をこの世界の人々達に与えなければ、このような事件は起こらなかったんじゃないかと思ったんだよ」
「それじゃ聞くけど、バーベキューにしろパンにしろ、皆の笑顔は嘘だと言うの?タクトの創作した物で幸せな顔をしているじゃないのよ!一部の卑しい人間の為に、諦めたり怖気づいたりするのはタクトらしくないわ!」
「フィーナの言うとおりじゃ。一部の反対意見なんかに左右されていては、世界どころか国さえ治められぬぞ。信念を持って行動したなら、自ずと結果は付いて来る。その結果がここにいる仲間達じゃないのかな?」
『ああ、本当に俺って弱いなぁ。皆の笑顔が頭に浮かぶよ』
自分より格上の二人の女性を目の前にして、いつの間にか、心の奥底に眠っていた自分の弱さを吐露していた。本当に心が折れかけていていたのだ。
「仰るとおりです。私が弱いせいでご迷惑をお掛けしました」
「うむ。そうやって人間は壁にぶち当たって成長するもんじゃ。今後の活躍を期待するぞ」
「ご期待に応えられるようにがんばります」
フィーナとアイリーンに諭されて、前向きに突っ走る覚悟を決めた。戻る事すら許されない立場だとも。
「タクト、ワシはフィーナに話がある。先に仲間の所へ戻っていてはくれないか?」
「はい」
何の話かは気になるが、盗み聞きする趣味は無い。素直に皆の集まる甲板へと戻る。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
≪フィーナの視点≫
タクトは部屋から退出すると、私はアイリーンの正面へと座り直す。
「フィーナよ。分かったであろう?タクトを支える者が、今後も必要だと言う事を……」
「はい……皆で支えなければタクトは潰れてしまうかもしれません……」
私は、タクトの心の支えになるつもりではあったが、今日あの場で今まで弱さを隠していたタクトの姿を見て、心底自分の不甲斐なさを痛感した。
「うむ。しかし本当に良く似ておるのう………」
「ん?何の話ですか?」
「そうか。フィーナも知らぬか……それなら、この事はワシの口からは言えん……」
「そんな風に言われたら、気になるじゃありませんか?意地が悪過ぎます」
「そうじゃのう。それではこの事は誰にも口外するではないぞ」
「勿論ですとも。誓います」
「タクトはのう、今は邪神として封印されてしまった、ファナトス殿に考えがよく似ておるのじゃ……ワシは、ファナトス殿が邪神になるなど、微塵も感じた事が無かったがな……今でも信じられぬ……」
「えっ!そんな話初耳です。聞いた事はありません」
「それはそうじゃろうて……やつは他の神に相談せず、勇者と天使によって封印されてしまったのじゃ。真実は今や闇の中と言うことじゃな……」
私は1500年前には生まれてもいなかったので、この事については何も知らない。
勿論、今の神様もそのファナトスと言う神様が封印された後、急遽アノースの最高神として任命されたので、今までそんな話は一度たりともされた事が無いと言う事は、恐らく何も知らないのであろう。
「もう少しお話を聞かせて貰えませんか?何でもいいです。タクトの力になるのであれば……」
「うむ……そうじゃのう……そのファナトス殿は今のタクトと同じで、元はこことは違う異世界の人間じゃった。類まれな発想と努力で神に上り詰めた極めて優秀な男じゃったと記憶しておる」
「仰る様な優秀な人物が、なぜこのアノースを滅ぼそうとしたのですか?意味が分かりません」
「先程も言ったが真実は闇の中じゃ。ただ言える事は、ファナトス殿は人間に干渉し過ぎておった……思い返せば優しい男じゃったよ。今のフィーナ達のように、相談出来る仲間が沢山いたら、きっと結果も違ったじゃろうて……」
私は考えた……いったいこの先どうするべきかと……どう、タクトを支えていくべきかと……
「ここで考えても何も始まらんぞ?ワシもあやつに惚れた身じゃ、協力は惜しむつもりは無い……だから、一緒に協力をし合いタクトを支えようじゃないか?」
「分かりました。この先タクトが四面楚歌になっても一緒に支えましょう。それに、いずれ封印は解かれるでしょうから、その時に本当の真実を一緒に確かめましょう」
ここで、私は不安がよぎる……誰かが「人間が裏切った」と言っていた言葉を思い出したからである……
「うむ。タクトの魂と引き換えに貰った魔石は、スマホで全て使い果たした。本当は連絡を蜜にする為にじゃ。だから何かあったら直ぐに連絡をよこすのじゃぞ」
「そんな意図があったとは……御見それしました」
「それもこれも全てはタクトの為じゃ。ワシら神をたぶらかすとは、やつは凄いやつじゃな」
「ええ。まさに神殺しですわね」
「フフフ……」 「ハハハ……」
私達は意気投合をしさらに親睦を深めた……
私達が密かに愛する、タクトと言う青年の為に……




