第74話 病室にて……
―― 王都・教会・病室 ――
右腕に違和感を覚えたので目を開けると、輸血スタンドの方付けをしている親友の姿が目に入った。
「わり~!起こしちまったか?」
「博士おまえか?フィーナから聞いていたけど本当に、こちらの世界に来てたんだな」
久しぶりに見る親友の博士は随分と元気そうで、何だかここが本当に異世界なのかと勘違いをしたくなる程、自然に溶け込んでいた。
『こうして親友と再会出来るなんて、思いもよらなかった。なんだかほっとするよ』
「ああ。拓人の奥さんと、アイリーン様が来てな、拓人を助けて欲しいって頼まれて来ちまったよ。まぁ、約束を破って勝手に死んじまったヤツに、文句の一つでも言いたかったしな」
「それについては謝るよ。ごめんな」
「まぁ、気にするな。まさか拓人が異世界に転移しているとは夢にも思わなかったがな。しかもあんな美人と結婚しているなんて羨まし過ぎるよ。それに側室を抱えるなんて、いつの間に女たらしになったんだ?」
「はぁ?俺は結婚どころか、恋人さえいないぞ!おまえの早とちりだよ!」
『また、フィーナがタクトの妻とか言ったんだな……』
「でも、紹介された時、タクトの妻ですって言ってたぞ?それにお見舞いに来てた3人もどうやら拓人に惚れているようだったし……」
博士は完全にフィーナの言う事を信じているようであった。しかもアンジェとセリスはなんとなく分かるが、あとの一人は誰の事なのか分からなかった。
「おまえは、騙されているんだよ!フィーナは神様から預かった大事な妖精だ。それにアンジェとセリスは王族と貴族だよ。身分が違う!」
「じゃ、あのエルフの美人は?」
「ラルーラさんは、勇者の仲間だよ!勘違だって!」
まさか、ラルーラさんの事だとは思いもよらなかった。買い物に一緒に行く約束を破ってしまったのと、心配を掛けて申し訳ないと心底思った。
「からかわれた……ってことか?それにしては、全員拓人を見る目が仲間を見る目じゃなくて、恋人を心配する目だったけどな……まぁいっか。何にせよ羨ましいしいぜ、まったくよ!異世界でハーレームを形成してるなんてな」
「だから、勘違いだってば。俺はハーレムなんて望んでいないよ」
確かに、この世界では貴族のみ、一夫多妻が認められているが、俺は貴族でもないしそんなのは望んでもいない。
『……そう思っているのは俺だけかも知れないし……自覚があるだけマシだと思うよ……』
「まぁ、これ以上この話をしても、無駄っぽいからこの辺でやめようか?」
「ああ。そうしてくれると有難い」
「じゃ、話を替えるけど、俺もこの世界に転移させてもらおうと考えているんだ」
「藪から棒に、何を言っているんだ?おまえは死んでないんだぞ?それに日本に残される者の気持ちも考えてみろよ」
「ちゃんと考えたさ。拓人に話した事あるだろ?両親が経営している病院は兄貴達がうまくやっているし、俺は海外の国境無き医師になろうと決めていたんだ。勿論、親には反対されたが、俺の意思が固かったから最後は折れてくれたよ」
「そうなのか?」
「ああ。嘘は言わないよ。働く場所が海外から異世界に変わるだけだ。アイリーン様に頼んで、手紙を数年に1度くらい、送ってもらうように取り計らってもらおうと考えているしな」
「そっか。羨ましい限りだよ。俺は死んでしまったから両親に手紙すら送れないから……」
俺がそう言うと、博士は気まずそうな顔をしていたが、事実、死んでしまった俺が両親に手紙を送るなんて不可能に近かった。
「ごめん……拓人の気持ち考えていなかった……じゃこうしたらどうだ?俺のスマホで拓人が両親にあてた言葉を録画して渡すっていうのは?幸いにして拓人は若返っているし、高校生の時タイムカプセルにお礼の言葉を入れたとか、うまく誤魔化せば何とかなるんじゃないか?」
博士のその提案に、諦めていた手紙を出せる事に心を躍らせた。
しかも、タイムカプセルと言えば誤魔化せそうだし、動画なら両親も喜んでくれるであろう。
「その手があったか!じゃお願い出来るか?」
「ああ。勿論だとも。その代わり、俺がこっちの世界に来ることになったら宜しく頼むぜ」
「了解だよ。女性の紹介は無理だけど、居場所ぐらい作っておくよ」
「な~に、女性の心配はいらないよ。もうこっちの世界で好きな娘、見つけちゃったからな」
「もしかして、聖女様って言わないよな?」
「ん?何でその事知っているんだ?」
「フィーナとアイリーンに聞いたんだよ。浮かれてほいほい付いて行ったってな」
「あちゃ~。もろバレかよ!」
博士は顔を赤くして、頭を搔いて誤魔化す。日本にいた時は女性には飢えていたのは確かだったが、話に聞くほど積極的じゃなかった筈であった。
「おまえは相変わらずだな。でもなんでこの世界に来てガッつり行ったんだ?そこまで積極的じゃなかったって記憶をしているが?」
「そりゃ決まってるだろ?拓人に感化されたのもあるし、クリスティーヌさんは、モロ好みだったんだよ!それに日本にいた時は勉強でそれどころじゃなかったし、看護師にちょっかいを出してみろ、セクハラって言われるのが落ちだ」
「まさかと思うけど、異世界に来たいって言うのは、その聖女様に惚れたからなのか?」
「ば・馬鹿言うなよ!俺は医者だぞ!医療技術が発達していないこの世界の人々に知識を分け与える事に人生を掛けたいと思ったからだよ!……まぁ、確かにクリスティーヌさんはかわいいし、あんなに真剣に医療技術に興味を持たれると、色々と教えたくもなる。だからなんだ……数パーセントは理由としてあるちゃあるよ……」
「正直で宜しい」
「理解してくれて良かったよ。流石は幼馴染であり、親友だよ」
結局最後まで女性の話ばかりであったが、この異世界で生きがいでも見つけないと、やっていけないかも……と思ったのも事実であった。
日本にいた時は、食事、テレビ、ゲーム、スマホ、ネット環境などありとあらゆるものが、心を満たしてくれた。
だが、この異世界ではその全てが無く、自分で何とかしなくてはならない……そう考えると現代社会に慣れてしまっている俺たちにとって、異世界はストレスが溜まりやすい環境だと思った。
それに、博士の気持ちも分からなくもない、こちらの世界の女性は積極的ではあるが、純粋であり良い意味で擦れていない所が新鮮に感じる……
例えて言うなら守ってあげたくたる……あまり女性に興味を持たないようにしている俺でさえ、そんな印象を受けたのだから、きっと博士もそう思ったのではなかろうか?
『まぁ、俺はやることだらけで、暇なんぞ無かったからな……それにフィーナの存在が心の支えになっているのも事実だし、博士を責める立場じゃないな……』
そんな事を考えていると、扉がノックされて、扉が開くと仲間達が揃ってやって来た。
「皆。迷惑掛けたな」
俺がそう言うとアンジェが目に涙を溜めながら抱きついてくる。
「あ~ん!タクト様!無事で良かったです!」
「アンジェだけズルです!」
「おいおい。これでも病人なんだぞ。少しくらい労わって欲しいんだが……」
「ごめんなさい。つい感極まって抱きついてしまいました……」
本当は傷なんか残って無いし、痛くも何とも無いのだが、フィーナや博士にこんな姿を見せたくないと言うのが本音であった。
流石のフィーナも、この時ばかりはと思ったのか、お咎めは無かったのだが、博士は羨ましそうに見ていて何だか居心地が悪い。
「それで、タクト気分はどう?」
「ああ。皆のお陰でこのとおり、ぴんぴんしているよ」
「さっき血圧を計測したが、もう全快といってもいい。しかし不思議だよ数時間前まで死に掛けててたやつが、こんな短時間で全快するなんて……」
「そりゃそうじゃ。回復に必要な魔力をフィーナが分け与えたのだからのぅ」
「そうなのか?フィーナ有難う。礼を言うよ」
「そ…そんな畏まって言われると照れるじゃないのよ。それに私はタクトの眷属よ……いつも言ってるじゃないのよ」
「そうだな。でもこれはこれ、それはそれだよ」
こうして、病室の雰囲気も明るくなり、本題であるワーグ達がどうなったかを聞こうかと思ったが、病状?も安定しているし、病室は狭く立ち話も申し訳無いので、シルバーノアに帰ってから話を聞く事になった。
「それじゃ、私は退院の手続きをしてくるから、少し待ってて下さい」
アンジェがそう言うと、博士も「それじゃ、俺もクリスティーヌさんに挨拶してくるよ」と言い病室から一緒に出て行った。
「……マメなこった」
そう俺が呟くように言うと、女性陣も同じ事を思ったのか同時に頷いた。
それから、数分もしないうちに、博士とアンジェはクリステーヌさんらしき女性を連れてやってっきた。
「タクト様、始めまして私はこのアノースで聖女をやらさせてもらっている、クリステーヌと申します。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、以後お見知りおきを」
クリステーヌさんは、いかにも博士が好みそうな清楚感じの女性で、スカートの両端をつまんで丁寧に挨拶をしてくれた。
「それで、お体の調子は本当に宜しいのですか?博士さんの話によれば大丈夫と言うお話でしたし、神の使徒様ですから心配はしておりませんが……それでも、何かあったらいけませんので、私も皆さんと一緒に同行したいのです。王女様から多額のお布施を頂いていますし、教会の義務もありますから……」
クリステーヌさんは、そう言うと博士の顔を見て顔を赤くしたので、どうやら博士の事を満更でも無いのだと悟った。
「……そう言う事なら構いませんよ」
俺はそう許可を出すと、クリステーヌさんは笑顔になり「直ぐに準備をしてきます」と言って慌てたように病室を飛び出して行った。
「おいおい。いったいどう言うことだ?ちゃんと説明しろよ」
俺がそう言うと全員が同時に頷く。
「まいったな。いやね、この教会に入院している患者さんを見回っていた時に、丁寧に病状とか直し方とかを教えただけだよ。後はあれだ、もしこの世界に来たとしたら、この知識をこの世界の人々に分け与えると話しをしたら、クリステーヌさんが私もお手伝いをしたいと言うもんだから、宜しく頼むよと、うっかり返事をしてしまったんだよ」
博士はそう申し訳なさそうに答えると、全員が納得をした表情をしていた。
「言った以上、男らしくちゃんと責任を取れよ!」
「分かってるってば!だがな、責任と言っても、まだ手しか握ってないのだぞ!」
「そう言う問題じゃありません!聖女様は純粋な方なのです!軽い気持ちで接してはダメっと言う意味です!」
アンジェはきつめの言葉で博士にそう言うと、博士は「承知しておりますよ。見ていたら分かります」と答えた。
こうして、俺が刺された事など微塵も感じさせない会話をしながら、クリステーヌさんの準備を待つ。
それから数分後、クリステーヌさんは息を切らせ急いで戻ってきた。
「皆さんお待たせしました。それでは参りましょうか?」
「そんなに慌てなくても、俺たちは逃げやしませんって……」
何だか、慌しい雰囲気になりそうな所を博士がそう言って断ち切ると、クリステーヌさんは「そうですよね。忙しなくてごめんなさい」と頭を下げて謝る。
クリスティーヌさんは、リュックサック風のカバンの蓋を閉め忘れたのか、荷物が「バサ・バサ」と床に落ちた。
「ご・ごめんなさい!」
「聖女様はそのままでいいですよ。私達がカバンに入れますから」
近くにいた、セリスとラルーラさんは、苦笑いしつつ、中身を拾い上げリュックサック風のカバンに荷物を詰め込んであげていた。
「何から何までご迷惑をお掛けしてすいません……」
「今、頭を下げちゃ駄目ですからね!また中身が落ちますから」
「……はい」
クリステーヌさんは、セリスにそう言われると、はっとした顔になり顔を青くした。
『こりゃ相当な慌てん坊だな……先が思いやられるよ……』
と、思いつつセリスとラルーラさんが、リュックの中身を入れ終えると、やっとシルバーノアへと帰る事が出来るのであった。




