第67話 博士 異世界へ行く……
―― 大学病院 ロビー ――
「お待たせしました。準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
博士さんは戻ってくると、今来た階段を上り始めたので一緒に付いて行く。
時間停止しているので周りは当然無音であり「カツ カツ」と、ヒールの足音だけか鳴り響く。沈黙に耐えられないのか?博士さんが言葉を発する。
「それにしても時間停止って魔法って言うのは、異世界では覚えれば誰にでも使えれるものなんですか?」
「時間を停止するのじゃ。誰にでも使えたら犯罪をしたい放題じゃろう。神にしか使えない特別な魔法じゃよ」
「ははは、当然ですよね~。馬鹿な質問でした。ではもうひとつ質問なんですが時間停止中に、私達だけが自由に動いているじゃないですか?寿命などに影響はあるのでしょうか?」
「勿論あるさ。脳や心臓は動いておるのじゃからな」
「なんだか、自分だけ老けるみたいで嫌ですね」
「連発すれば、そのような事になるかもしれないが、この魔法の効果時間は24時間までと決められておる。しかも神にしか使えん。人間には心配は無用じゃよ」
「言われて見ればそうですね。さぁ着きました。こちらの部屋の奥にあるオペ室に各種必要な物は用意してあります」
博士さんは、ナース・ステーションと書いてある、入り口の扉を開け、ナース・ステーションを進んで行くと、オペ室と書いてある扉らから中に入る。
すると、そこにはテレビで見た事のある、色々な物が準備されていた。
「何が起こるか分からないので、各種薬品、補助具、念のために、生命維持管理装置である、人工心肺装置、人工呼吸器、血液透析装置、今後、血液が無いと困るでしょうから、隣の部屋には、全自動輸血検査システムや検査するMRI、レントゲン、CTスキャナーを用意しました」
「これは少しオーバじゃないのか?」
アイリーン様が言うとおり、明らかにアノースにはオーバーテクノロジーである。確かにやりすぎ感はあるが、今後どのような事があるか分からないので貰える物は貰っておきたかった。
それに、これらの機器を取り扱う方法は必ずマニュアルがある筈だし、博士さんにリンクを繋がせて貰うかレクチャーを受ければ何とかなる。そう考える。
備えあれば憂いなし。タクトから教えられたこの言葉を引用して、アイリーン様にアノースに持ち帰りたいと自分の考えを言った。すると博士さんは笑顔になる。
「流石は拓人のお嫁さんですね。その場だけではなく未来の出来事に備える所なんて、拓人に考えが似ていらっしゃる」
タクトの考えや、言葉を拝借しているのだから似ていて当然であった。しかも、私は未だ嫁だと言ったことを冗談だとは言い出せず、既に何もかも知っているアイリーン様は苦笑いをしている。
「それにしても、この様なハイテク機器を文明が発達していない、アノースに持ち込んでいいものか?そこだけが気がかりじゃよ」
アイリーン様の言うとおり、行き過ぎたハイテク機器であり、複製は出来ても同じ素材が無いと出来ないので、この先未来永劫同じものをアノースの人々が作れるとは思えない。
だからと言って、貰わないと言う選択肢は無く、原理さえ分かれば劣化版の物も開発される可能性もある。
もし駄目でも、これらの機器は失われた文明のアーティファクトの一つとして残されるだろう。
それからも、私はそうアイリーン様を説得をする。
「確かにな……星の命は長い……地球にもピラミッドやスフィンクスなど、当時の科学力でどうやって作られたのか分からない物も多数ある。ワシがここで秘密を明かす訳にはいかないが、この地球ですら何度も文明は滅び、そしてまた新たな文明が生まれた。その一つとして考えるのであればそれもありか……おっといかん。これ以上は言うわけにはいかないな……」
事実は私もある程度知っているが、博士さんに目の前でこれ以上明かす訳にはいかなかった。
こうして最終的には、アイリーン様は神力でここに置かれているもの全てを複製し、私はアイテムボックスに収納していった。博士さんはその光景を目の当たりし「ドラ○もんかよ!」とタクトと同じ感想を口に出していた。ドラ○もん恐るべし。
「さて、準備が整ったようじゃの。それでは、今からそのタクトと言う者のいる場所へと転移するとしようか」
私は「はい。それでは宜しくお願いします」と言い転移魔法陣を展開させた。
「博士殿、時間停止の魔法はこのままにしておく。そうじゃのあと23時間はこのままじゃ。やり残した事は無いか?」
「はい。もし拓人が欲しい物があるなら、日本に戻って来た時にでもフィーナさんに用意して渡します」
「うむ。それでは行くとしようか」
こうして、私達3人は転移魔法陣の中心へと移動し、今回は直接アノースへと転移をした。
―― アノース 王都 噴水広場 ――
転移が終わると、博士さんは、転移魔法とアノースの風景に仰天していて、きょろきょろと挙動不審になる。
「博士さん。到着しました。大丈夫ですか?」
「驚く事に、中世ヨーロッパにそっくりですね。いやそれ以上か。ここはもう異世界なんですか?」
「そうです。ここは人間を中心とした国、インレスティア王国の王都です」
「感動ですよ!本当に異世界に来ちゃったんだ!」
「興奮している所悪いがそろそろいこうか?」
アイリーン様にそう促され、タクトのいる場所へと急いで向かうと直ぐに噴水が見えて来た。
「あそこです」
噴水前に到着をしたのだが、時間停止をしたままなので、ここで時間停止魔法を解くのかどうか、どうしようか迷う。
『ここで魔法を解いてしまうと、辻褄が合わない……どうしよう……』
泣いたまま、止まってるアンジェには申し訳ないが、ここはセリスとラルーラさんが駆けつけるまで待つのが自然であった。
「アイリーン様、今私達がここにいると不自然です。ここは時間停止魔法を一旦解いてから駆けつけるのがベストと考えますが……」
「……奥さん、不自然なのはいいのですが、そもそも、拓人は無事なんですか?一度見させて欲しいのですが……」
『ついに、奥さんに昇格しちゃったよ!悪気は無かったのよ。タクトごめん』
「うむ。そうじゃのう。いきなりワシ達がいるのは不自然か。それでは、タクトだけ一旦魔法を解除して、博士殿に見て貰おう。それから一刻を争う状況でなければ、出るタイミングを見計らう事としようか」
そうと決まるとタクトの元へ移動し、タクトを寝かせるマットを地面に敷き、博士さんの指示通り血圧を計測する機械を用意をした。
「準備が出来たので、解除します」
時間停止をタクトだけ解除すると、タクトをアンジェからそっと引き離し、地面に用意したマットの上に寝かせた。博士さんは血圧計から伸びるバンドを腕に巻き「シュポ・シュポ」と血圧を計測しだした。
その間、博士さんは、ナイフが刺さっていたであろう、血塗れた服の穴の付近を見て「これは一体どう言う事だ?」と、傷口が無いことに驚く。
「少し聞いてもいいですか?」
「ええ。お答え出来る事なら何でも」
「ナイフで刺されたと聞きましたが、そのナイフはどこにありますか?それと、傷が無いが不思議でたまりませんが?」
アンジェのいる付近に目をやると、血がついたナイフが落ちていたので、それを拾い上げ、博士さんに手渡す。
「ナイフは間違えなくこれですね。傷は治癒の魔法で直したのでしょう」
「治癒の魔法ですか?凄いですね。もしこの魔法が日本にあれば、医療革命が起こせますよ」
確かに治癒魔法は、レベルによるが切除しながら治癒魔法を掛ければ、執刀医や患者の体への負担は少ない。だがこの世界の医療では、外科という概念が無いので役立てないのが残念だ。
「それで、タクトはどうでしょうか?」
博士さんは、血圧の計測値を確認する。
「そうですね。確かに血が足りなくなって、顔色も蒼白く血圧も低いです。ですが、直ぐに傷口を塞いだせいか致死量ではないようです。拓人が見立てたとおり、輸血を行ば直ぐに回復するでしょう」
「良かった!最愛の人を無くさずに済みそうです」
私は、つい本音が口に出してしまう。
「そう言ってもらえるなんて拓人は本当に幸せ者ですよ。それにしても、この美少女は誰なんです?格好が地球で見る女子高生のようですが?」
博士さんは、アンジェを方へと目を向けそう言う。
「この女性はアンジェと言って、このインレスティア王国の王女です。タクトに好意を寄せていて、今日は、ご褒美にデートをしている所を油断して刺されてしまったのです」
「な・なんですと!じゃこれは嫉妬による犯行じゃないんですか!」
「違いますよ!恐らく利権に関わる犯行です!」
確証は今の所何も無いが、恐らく犯人は商業ギルドの関係者だと推測している。当たり前であろうが証拠が無いのが痛い。
「そうなんですか?てっきりリア充に嫉妬して起こされた犯行だと思いましたよ。それにしても、フィーナさんと言う超絶美人妻がいるのに、まだ他の女性とデートなんて、私が知る少し前の拓人とは思えませんよ」
「ふふふ、そう言って貰えてうれしいです。この世界の貴族は、一夫多妻制で男性が多重結婚していても言い寄る女性は沢山いるのですよ」
「う・羨ましい限りです……それに若返っているのは気のせいですか?」
「気のせいでは無く、元々あった体は地球に置いてきたのはご存知ですよね?こちらの神様が、魂の器としてこの体を創造した時に18歳の体にしてしまわれたのですよ」
「ますます、羨ましいです。はぁ、私も全てを捨ててでもいいから、こちらの世界に来たかったですよ」
「その言葉は本気か?」
「勿論、本気ですよ!冗談でこんな事言いません。何せ、私が医者になる理由は、医療が未発達の地域に医療を広めて沢山の命を救う事ですからね」
これは、タクトの記憶を見たが事実である。
「うむ。先程から博士の発言を聞いていると、羨ましがっているのは、女性の事ばかりであったからな。それで聞いてみたのじゃ」
そう言われ、博士さんは頭を掻きながら顔を引き攣らせている。
「ご・誤解ですよ。確かに女性の事も羨ましいですが、何よりこの異世界で、自分の力を最大限に発揮出来る事が羨ましいのですよ。日本じゃ末端の研修医ですからね」
「うむ。それなら良い。ある条件をこのアノースの神が飲むなら、博士をこのアノースに転移させても良いと考えている。その気があるなら話を進めるがどうする?」
「ほ・本当ですか!是非お願いします!」
「うむ。今直ぐとはいかないが、いずれまた話し合う事を神であるワシが約束しよう」
私は、アイリーン様が何を条件に転移させるのか理解出来ない。だが、もしこれが現実となれば間違えなく、このアノースの医学は何世代も飛び越え発展出来るだろう。
それに、これは個人的な感情ではあるが、医学には疎いタクトの負担も軽減されるであろうし、何より相談出来る相手がいるのは良い事だ。そう思った。
こうして、タクトが致命傷を負い、直ぐに死んでしまうと言う事は無いと判断をしたので、アンジェにもう一度タクトを抱かせてから、建物の屋根の上でセリスとラルーラさんを待つ事にする。
時間停止の魔法を解くと、モノトーンの世界から色付く世界へと変わると、何者かが建物の窓からタクトとアンジェの様子を伺っている事に気付く。
「博士さん。今スマホ持っていますか?」
「勿論、持っていますがどうかされましたか?」
「ええ。恐らくあの2人が犯人です。あの太った男と人相の悪い男が一緒にいる証拠写真を撮って欲しいのです」
太った男とは、先日揉めた商業ギルド長のワーグと言う男である。恐らく隣にいる人相の悪い男が実行犯だろう。
セリスの話だと、記念写真を撮る瞬間にその男がタクトを刺したと言っていたので、タイミングが良ければ写真が残っている筈だ。尻尾は捕まえた。こては決定的な証拠になる。そう思ったのだ。
「分かりました。犯人は現場に戻るといいますが、まさか本当に戻ってくるとは馬鹿ですね……」
「ええ。恐らくタクトが死んだのかを確認しているのでしょう。私を敵に回した事を後悔させてやります」
そう思うと、タクトを救う為にだけ向いていた感情が、突如怒りの感情へと変化をする。
「フィーナよ。神力のオーラが漏れているぞ!少しは落ち着け!」
私は怒りの余り、神力のオーラが漏れたみたいで、博士さんは手を合わせ跪こうとしていた。
「申し訳ありません。怒りの感情が抑え切れませんでした」
「いきなり神々しく光ったと思ったら、祈りたくなっちゃいましたよ」
私は、神力を漏らした事を博士さんに謝ると、アイリーン様は溜息を吐く。
「好きな男が命を奪われそうになったのだ。その気持ちは痛い程分かる。しかし、そなたも神の端くれ、いちいち感情を表に出していては勤まるものも勤まらぬぞ」
「承知いたしております。以後気をつけます」
「うむ。それで良い」
博士さんはスマホで写真を数枚撮ったので証拠はバッチリだ。ワーグ達の処遇は陛下に任せる事にする。人間には人間のやり方があるであろう。ここは神の手出しする領域ではない。そう思って決断をした。
それから、数分するとセリスとラルーラさんが現場に到着する。
一応、近くにある教会に運べと指示を出した以上、ここは黙って見守る事にする。3人は泣きながらストレッチャーにタクトを乗せて教会へと向かった。いつも冷静なラルーラさんがあんなに取り乱すとは……
「フィーナさん。あの遠目からでも分かる、あの美人と美女は誰ですか?」
「あれは、貴族の娘のセリスと、勇者の仲間のエルフであるラルーラさんよ。ラルーラさんは分からないけど、セリスもタクトに好意を寄せている女性の一人よ」
「もぅ、何でもありだな……拓人のやつ……羨ましいをとおり越して、殺意を覚えそうになるよ……」
博士さんは、そう言うと羨む顔をしている。
すると、アイリーン様が小声で「おい、タクトとやらの貞操観念はどうなっておる?幾等なんでも女にもて過ぎではないか?」と聞いてきた。
「はい。タクトはその気は無いのですが、言い寄る女性が多いのは確かです」
「そうか。故意では無いのだな……」
アイリーン様も驚きを隠せないようだ。タクトの女たらしっぷりに疑念を抱いているようではあるが、実際タクトがモテようと行動した事は無い。
それどころか、草食系男子なのだ……
こうして、タクトは教会に運ばれるのを確認すると、私達もその後を追って教会の病院へと向う。




