第59話 続…商業ギルドの話
―― シルバーノア・食堂 ――
活字印刷の目処が立つと、時刻は9時半となっていた。まだみんな起きているだろうと思い食堂へ行くと、予想通り、トランプやリバーシで勝負をしていた。
ふと見てみると、アルムさんが目を丸くしながら、ライズさんとローズさんのリバーシの勝負を見ていた。
「そうきたか!」
「ふふふ……四つ角全部取っちゃった。どうやらこの勝負も私の勝ちですね」
そうローズさんが声高々に勝ち名乗りをある。
「まいたなー!ローズがこんなに強いなんて思ってもみなかったよー」
ライズさんは、既に何度も負けていたようで、悔しそうに唇を噛んでいた。
リバーシの勝負がついたようなので「どうですかお二人とも、気に入ってもらえましたか?」と声を掛ける。すると三人とも同時にこちらを向いた。
「あっ!タクトさん。お帰りなさい。リバーシを2人に教えたら僕より強くなっちゃって、教えた僕の立つ瀬がないと心で泣いていた所ですよ」
「腕力も知力も適わないこのお二方に圧勝したのですから、勿論気に入りました。それよりも、このリバーシに限らず何もかも素晴らしすぎて、どこをどう褒めていいのか分かりませんよ。これらを売り出す気にはならないのですか?」
「そうですよ。このリバーシは登録して売るべきです。この世界に流行らすべきだ」
ライズさんは、余程気に入ったようだ。家の中で遊ぶ娯楽が少ないからであろう。
「そう言えば売るで思い出したのですが、商業ギルドについてならこのローズに聞いてみるといいですよ。実はこの件もあったので、ローズが適任だと思って連れてきたのですから」
ローズさんは1年程前まで商業ギルドで研修をしていたらしい。わざわざこのためにローズさんを連れてきてきて貰った事に感謝する。
「それならローズさん商業ギルドについてお聞きしたいことがありますので、お付き合い願っても宜しいでしょうか?」
「もちろんですよ。お役に立てるなら喜んでお話します」
ローズさんは笑顔でそう答える。
どこで話しをしようと考えると、咄嗟にぱっと浮かんだのは、先程までいた展望であったが、夜の暗がりで女性と2人きりになるのはマズい。
「フィーナ。今から時間あるかい?ローズさんと話がしたいんだけど、フィーナにも聞いておいてもらった方がいいと思ってさ」
「私なら構わないわよ。どこで話するの?喉が渇いたからゆっくり出来る所がいいかも」
そんな話になり、展望ではなく自室で話すことになった。
自室に入るとローズさんをソファーに腰掛ける様に促す。フィーナは、いつものようにお茶を出してくれた。喉がよほど渇いているのであろう。ソファーに腰掛けるなりアイスティーを飲み干すと俺の隣に腰掛けた。
「遊んでいる途中に話を聞きたいなんて言ってすいません」
「いえ、全然構いません。あらためて思いますけどここに住みたいです」
ローズさんは、VIPルームにある物を興味津々に見渡しながらそう言う。まだ諦めがつかないようだ。
「それでは、商業ギルドについて聞きたいと言っていましたが、一体どのような事が聞きたいのでしょうか?」
俺は以前、陛下達に聞いた内容をかいつまんで話して、今後、自分の開発した物の扱いをどのようにしたら良いのかをアドバイスをして欲しいと話した。
「そうでうね。陛下達の言うとおりです。理由は、現在この王国の商業ギルド長のワーグは非常にがめつい男なんですよ。私服を肥やすっていうか、お金の事にになると目の色が変わります」
「それは何となくだが聞いたよ」
「それに噂によれば、私兵を雇い何かを企てていると言う黒い噂も聞きます。タクト様も気をつけられたほうが宜しいかと存じます」
その後も色々聞いてみると、ワーグは元々商人の家系で親は富豪であったそうで、親の財産の力を利用して、色々裏で根回しをしながらギルド長まで成り上がったそうだ。
この世界でも、直接的なワイロは禁じられているらしいのだが、ボイスレコーダー、カメラ、写真など一切無いこの世界では、根拠はあっても証拠を出すのは難いようだ。
結果、こういった犯罪は自供しかないので、ほぼ無法状態になっていると言う話だ。
「なるほど。金で権力が手に入る事に味をしめてしまった訳か」
「そうですね。今商業ギルドは、ワーグのやりたい放題になっています。ですから、タクト様も、勝手に権利を登録をされる前に権利登録をした方が良いと思います」
以前から話しに出ていた権利登録とは、登録商標や著作権使用料の事であろう。それを好き勝手に登録されるとなると、流石にいただけない。
「もしここで登録をしないと、ワーグに勝手に権利を主張され、直接お金がワーグに流れていくかも知れません」
「俺はこの世界の人が安く物が手に入る様に権利を放棄しようと考えていたのですが、そうする事によって、勝手に登録をされて権利を主張されてしまうと言うことですか?だとしたらそれは問題ですね」
「はい。登録しておかないと、作り方や素材が判明してしまえば、誰かに権利を奪われる可能性があるのです。使用料の相場が10パーセントなので、それくらいで登録申請をしておいた方が宜しいのではないですか?」
それを聞いた俺とフィーナは少し話し合い、これから創作するものについては、権利を登録しようと言う話の流れになった。
「それしても、それなら尚更、商業ギルドには行きたくないよな~」
「わざわざ商業ギルドへ行く必要はありません。我が貴族ギルドでも登録は出来ますのでお任せ下さい。それに、貴族ギルドで登録した物に関しては、貴族ギルドの収益になるので、是非ともお願いしたいと思います」
「そうなんですか?それはありがたいのですが、そうなると商業ギルドが黙っていないのではないのですか?」
「黙っているもなにも、たとえ商業ギルドでも登録さえしてしまえば貴族ギルドに文句は言えないのですよ。国際条約でそう決まっていますからね。まぁ権利の放棄や登録するギルドの鞍替すると言うなら話は別ですが……」
「そうなんですか?それなら何故、陛下や領主達はこの件について教えてくれなかったんでしょうか?」
「それも国際条約で決まっているからですよ。陛下や貴族がどこかのギルドに肩入れしてはいけません。普通に考えたら貴族は貴族ギルドにしか行かないですし、ポリフィア王国は別として、この国の貴族が民の為に何か役立つ商品を開発するなど滅多にありませんけどね」
「言われてみればそりゃそうですよね。貴族が普通のギルドに登録する理由なんてある訳ないし、もしそうだとするなら、何かワイロ的な物が疑われて当然ですね」
「ええ。それに、ギルド長にしても強引に登録をさせたり、無理に勧誘するのは禁じられているんです。従業員にそう言った規制が無いのは、恐らく抜け道を作ったんでしょうが……」
「なるほど……それでライズさんは、ローズさんを俺の所へ送りこんだのかも知れませんね……それにしても何故、ワーグはギルド長なのに条約違反を犯してまで危険な行為を犯すのか……それも、お金に物を言わせて……裏からとかなんですよね?」
「ええ……確たる証拠が無いので、推測と噂話しかありませんが……タクト様も気を付けてくださいね。このまま行けば、ギルド長のワーグが何かしてくる可能性が大ですから」
「気をつけるも何も、タクトはこの世界では、最強レベルの強者よ、傷ひとつ負わせれるとは思えないわ」
「そうだとは思うけど油断は禁物だよ。ローズさん。それでは参考までに、その噂話とやらを聞かせてもらってもいいですか?」
「勿論です。例えば従業員の家族を脅すとか、お店の従業員に因縁をつけるとか。大声で怒鳴って他の客に迷惑を掛けるとかですかね」
『でたよ。どこの世界にもいるんだよな。こう言う野蛮な輩が……』
「それを言うなら、パンやハンバーグなど食べ物を一杯、色々な職人に教えたのですが、そちらの方も登録しておいた方がいいですか?」
「その件でしたらご心配になされなくても、宰相のロンメル様やザバル男爵、それにパン工房などの皆様がタクト様には内緒でギルドカードの口座に振り込まれるように登録をしていかれましたよ。あっ!今の話は内緒でした。これぐれも私から聞いたとは言わないでくださいね!」
ローズさんは、うっかり俺に喋ってしまった事を、ウインクをして舌を出して反省をした素振りを見せていた。だが、反省をしているようには、全く見えないので恐らくは確信犯であろう。
「無論、言いませんよ。また今度ギルドにお金を預けに行く時にでも、残高を照会して気がついた振りでもしますからご安心を。それよりも皆さんも忙しいのに申し訳ない事をしてしまいました。後からお礼をしなくちゃいけませんね」
「いえ。タクト様には、新しい技術や物を提供して頂いて、皆も感謝しているのですから、お礼なんかをされたらまた困るでしょう。やめられた方が良いかと思います」
「そうよ。お礼をするなら便利な物を創作してまた提供した方がいいと思うわよ」
「そうだな。二人の言うとおりにした方がよさそうだ。それはそうと、随分とアルムさんとライズさんは仲良しなんだな。少し意外だよ」
「ああ、あの二人ですか。なんでもアルムさんが勇者になられた時に立ち会われたそうですよ」
「なるほどね。そう言う接点があったのか」
こうして、その後も少し話しをした後、今後は作る物を貴族ギルドに登録することにした。お金の使い道が無い様なら。使用料のいくらかは孤児院などに寄付をしたりしようと思う。
「ローズさん。今日はありがとうございました。大変参考になりましたよ。お礼に何か差し上げたいのですが、何か希望はありますか?」
「本当ですか?」
「ええ。本当ですよ」
「それでは、リバーシが欲しいです。ギルドの仲間とも楽しめますし」
案外欲の無いところに好感を持ち、トランプ、リバーシの他にも石鹸をプレゼントした。すると、ローズさんは本当に嬉しいそうにして食堂へ戻っていった。
再びフィーナと二人きりなり、先ほど創作した印刷について意見を求める。
「フィーナの意見が聞きたいんだけど、さっき創作した印刷技術を一体どうすれば言いと思う?」
「そうね。私が意見を言う前にタクトの考えをまず聞きたいかな?私に意見を求めるって事は、もう腹は決まってるんでしょ?」
「ははは、まぁそれはそうなんだが、いつも俺の考えだけ押し付けているみたいで、たまにはフィーナの意見も聞いてみようと思ってさ」
「タクトが考えて創作した物だもん。何か意図があったから創作したんでしょ。私に聞くまでもないわ。でも考えは聞きたいから教えて?」
フィーナは、あくまでも俺を立てくれるようである。
それから、今後印刷をこの王都で普及させ、例えば、ロンメルさんなら入門許可書など書類に使えれば、ぐっと作業が楽になるだろう。
商人や店には注文伝票などに使えば、注文間違えの防止や、後々からの売り上げの処理、そして税金の計算にも役立てられる。そろばんを教えるのもいいかもしれない。
それに、なぜ王都かと言うと識字出来る民が多いと王子から聞いていたからだ。
将来的に学校を各地に作り、義務教育を根付かせる計画が俺の頭の中にあるので、その計画が叶えば、教科書や問題集、新聞、娯楽の本などにも幅広く消費に繋げる事が出来て新たに雇用が生まれるのは確実である。
この先、読み書きが出来る人々が増えれば、今から作る列車が手紙や宅配物を各領地へと運ぶ事が容易くなり、郵政事業など幅広い分野で発展が見込まれる。そう未来の展望までフィーナに説明をしながら話しをした。
「それは、もの凄い計画ね。私もタクトの考えに賛成よ。それに他の領地でこれから色々な物が作られるのですもの。印刷までもとなれば、どの領地も技術的にも人材的にも余裕が無くなるのは目に見えてるから、王都で印刷業をするのは正解だと思うわ」
「そう言って貰えて良かったよ。あ~!それにしても、今日も濃密な日だった。この件が片付いたら休みにしようかな」
ソファーの上で腕を伸ばしていると、本当に休まないと体がおかしくなりそうな気がしていた。この世界に来てずっと働き詰めであったからである。
「それがいいわ。私も出来ればタクトを癒してあげたいな」
「君がいつも隣にいてくれるだけで癒されるから、その気持ちだけで十分だよ」
「君だなんて……いきなりそんな呼ばれ方したら照れるじゃない」
思わず出てしまった言葉に、フィーナは本気で照れていた。思わず抱きしめられたらと思ったのだが、理性が働きなんとか踏みとどまる。
「ごめん。二人きりだから言葉を選ぶのを忘れていたよ」
「えっ!いつもそんなの考えながら喋っていたの?」
「そりゃそうだよ。王族や貴族それに仲間達、いつもそれぞれ使い分けて喋ってるから案外疲れるんだよな」
そう、本来の自分の言葉はここまで畏まってもいないしどちらかと言うと雑だ。まして、王族や貴族に使う言葉など知る由もなく、ほぼラノベの知識を引用している。
「もぅ。私には遠慮しないでよ。むしろ恋人扱いでいいわよ」
「こ・恋人だなんて!そ……それは無理だって!フィーナは神様からお預かりした大切な身なんだから!」
「ちょっと、なんか勘違いしてるわよ!自分から友達みたいな感じでいいかって聞いて来たくせに。それに、私はタクトの眷属なんだから気にしないでって言ったじゃないのよ。またこの件は今度じっくり話し合いましょう」
フィーナは不満気であった。だが、徐々ではあるが元の自分の言葉に近くなってきた様な気がする。時間が経ち慣れさえすれば言葉は変わる。そう思うのであった。
それから、いつものお勤めをすると、本格的に眠たくなったので食堂に挨拶をしに向うことになった。
皆は、食堂でまだテーブルゲームに夢中であった。
「皆さん、私はまた朝早いのでお先に寝ることにします。それでは、おやすみなさい」
そう挨拶をして、部屋に戻ろうとするとフィーナは、「タクトは先に寝ていて。少し考えたい事があるから展望へといくわ」と言ってさっさと行ってしまった。
少しは気になったのだが、いらぬ詮索をしない方がいいような気がしたので自室に戻りベッドに入ると、電池が切れたように一瞬で寝付いてしまった。




