第55話 陛下の懸念
―― シルバーノア・甲板 ――
アンジェと一緒にシルバーノアに戻ると、甲板には誰の姿も無く、既に方付けは終わっていた。皆を探しに食堂に行くと、珍しくフィーナとセリスが談笑をしていた。
「ただいま。他の人たちはどこへ?」
「お帰りなさい。私が先にお風呂でもどうぞと言ったら、喜んで行ったわ」
「そっか。今晩は王妃様がお泊りになさるそうだから丁度良かったかもしれないな。流石に王妃様と一緒だと、ゆっくりお風呂も入ってられないだろうし」
そうフィーナと話をしていると、女性陣がすっきりした顔をしてお風呂から出てくると、こちらの存在に気付いたようだ。
「お疲れ様です。フィーナ様がお先に湯浴みでもどうぞと仰られたので、申し訳ないと思いながらも先に頂きました」
「申し訳ないなんてとんでもない。それよりも、お湯加減はいかがでしたか?」
「今日も大変素晴らしかったです。何だか昨日よりも髪がサラサラして、軽くなった感じがします。不躾な質問かも知れませんが、このシャンプーとコンディショナーと言う物は、何時ごろ販売するご予定ででしょうか?」
「そうですね。早ければ1月以内にはサンプルを作ってみようかなと考えています。一般に出回るのは列車が繋がってからだと思いますけど、こちらの方もサンプルで宜しければ、出来上がり次第お届けしますよ」
「まぁ、本当ですの?お父様にお願いして、早速屋敷にお風呂を作って貰いますわ」
「まぁ、許可がでるのであれば、簡易的なお風呂の図面をお渡ししますので、それを職人に渡して、参考にして作ってもらえば、機能だけでもこの船のような設備が整えれると思いますよ」
俺がそう言うと二人は手を取り合って喜んでいた。
「それで、王城での話しはどうだった?」
フィーナにそう聞かれたので、全員に簡単に結果を伝え、王妃様が今晩泊まりにくると話した。皆は、もっと緊張するのかと思いきや、トランプを教えるのだと張り切っていた。
それから暫く経つと、領主達に連れられ王妃様が食堂へとやって来た。
「タクト様。それでは、今夜は宜しくお願いします。あっ!それと、今夜泊まる事を主人に伝えに行ったところ、デニス公爵が≪荷物も無いし、今晩はワシの使っていたVIPルームを使うとよい≫と申しておりました」
王妃様は笑顔でそう言うが、流石に40過ぎの男性が使った布団と枕を共有するのは失礼に当たる。せめて寝具だけは交換しようと思う。
「そう言う話なら、ベッドメイクをやり直し致しますので、それまでは、荷物を一旦アンジェの部屋に置いて頂いて、アンジェとセリスと湯浴みでも楽しんでいて貰えますか?」
「ええ。私も噂を耳にして楽しみにしてましたのよ」
王妃様はそう言うと、アンジェとセリスに連れられて、大浴場へと向かうと言って去って行くと、領主達にもお風呂に入ることを薦めた。
「そうじゃな。それでは、私共もお風呂を頂くとしましょうかな」
「そうですな」
こうして、領主達もお風呂へと行ったので、管理者の権限で6号室の使用者登録を解除してから、寝具を取り替えた。
それから食堂へ戻り、明日の資料作りが残っていたので、食堂にいたアルムさん達に、領主達にその旨を伝えてもらえるように言付けをお願いしてから、フィーナと一緒に自室へと戻った。
「ねぇ、いつもの見てもいい?」
「別に断りはいらないよ。どうせ無料で送られて来た物だからね」
フィーナは、最近、通販カタログを見るのがお気に入りで、何やら一生懸命チェックをしてポストイットノートを貼り付けている。
「フィーナ、一体なにを一生懸命チェックしているんだい?」
「内緒と言いたいところだけど教えてあげるわ。今、特に興味があるのは下着かな?私も使っているけど、日本の物は本当に機能的だし可愛いからお気に入りなのよ。見てみたい?」
「ば・馬鹿を言うんじゃない。そんな事をされたら鼻血で死ぬかもしれない」
「冗談半分、本気半分で言ってみただけよ。この世界の女性は胸は布を巻いているだけだけだから、一人じゃ何にも出来ないから不便なのよね。その点日本の物はワンタッチだから重宝するわ」
「えっ!何でフィーナが日本の物を持っているんだ?行ったことあるのか?」
「い・いやその、神様と女神様が地球に行った時のお土産よ!それを参考にして幾つかは創作したけど」
明らかに動揺をしていて怪しいが理屈は通っている。それに、これ以上突っ込んでも仕方がない。
「そうなのか。お金はどうしたんだろ?他にも何か貰った物はあるのかい?」
「そこまで知らないわよ。後は化粧品や美容関係の物を貰ったくらいかな。一応これは決まりだから言っておくけど、ちゃんと地球の神様には報告済みだと言っていたわ」
「へー、そうなんだ。そんな決め事があるんだ。神の世界も大変なんだな。しかし、フィーナが化粧や美容に興味があるなんて意外だよ」
「私も女よ。少しでも綺麗になりたいって思うのはあたりまえじゃないのよ!」
「いや、元から綺麗だから必要ないんじゃないかなと思って」
「やだ!照れるじゃない。お世辞でも嬉しいわありがとうね」
フィーナは嬉しそうに照れていたが、お世辞ではない。
『それにしても、色々と突っ込みどころ満載だよな。大体フィーナは妖精なのに、どうやってブラジャーとかのサイズが分かったんだ?スキルで調整可能なのだろうか?』
ブラジャーや化粧品を買ったのは、神様では無く女神様なんだろうが、何かが引っ掛かっている。
「いずれ、その時が来たら化粧品は再現したいから、その時協力をお願いするよ」
「勿論よ。鑑定出来る程度は残しておくから何時でも言ってね」
こうして、フィーナは静かにカタログを見ていたので、俺は温泉に行くまでの間に資料作りに没頭する。
それから1時間、何とか資料が出来たので、いつものお勤めをこなしシルバーノアの食堂へと戻ると、王妃様を含め、まだ全員がトランプをしていた。
「王妃様、仕事が残っていたので大してお構いも出来ず、自室に篭っていた事をお許し下さい」
「別に構いませんよ。それよりも、お風呂は大変素晴らしかったですわ。このトランプと言う遊びも最高に楽しいですし」
王妃様は本当に楽しいようで、子供のように無邪気に笑う。気に入って貰えて良かった。
「それでは、私は明日もまた朝早くから準備があるので、お先にお暇させてもらいます」
「この国の為に苦労をお掛けして申し訳ないです。何も出来ない私達の事をお許し下さい」
王妃様は立ち上がり頭を下げると、全員が立ち上がり頭を下げた。
「そ・そんな。頭をお上げ下さい。これは私達二人にしか出来ないことなんで、気になされなくても結構ですから!」
そう言ったものの、王妃様は申し訳なさそうな顔をしていたので、これ以上ここに居ても気を遣わせると思い、おやすみの挨拶をして食堂を後にした。
「あ~。今日もなんやかんや一杯あって、忙しかったな~」
夜も更け濃密な1日だったので、結構疲れが溜まっていた。生理的に出たあくびでさえ抑えきれず、もう駄目だと思いつつ布団に入る。
「もう少しペースを落としたら?過労で倒れるかもよ」
「心配掛けてごめんよ。この件が落ち着いたらきちんと休むとするよ。またその時に約束していたデートでもしようか?」
「本当に!覚えていてくれて嬉しいわ」
いつも手伝ってくれる、フィーナの希望を叶えてあげたい。それに俺もデートでもして癒されたい気持ちもある。そんな事を思いながら就寝をした。
翌朝……
5時に目覚ましのアラームが鳴ると、いつものようにフィーナはまだ寝ていたので、音を立てないようにベッドから降り着替えてから食堂へ向かった。
いつものように顔を洗い、歯を磨いてから食堂へ行くと、ラルーラさんも朝早く目覚めたようで、食堂で紅茶を飲んでいた。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます。今朝は早いのですね」
「ええ。昨日の興奮が少し残っていたので中々寝付けなかったのですが、布団に入って目を瞑っていたらいつの間にか寝てしまっていました。タクトさんは、毎日こんなに朝早く起きて、皆の朝食の用意をしてくれているんですね」
「ええ、まぁ日課みたいなものですから、今更苦にはなりませんよ」
「本当に頭が下がります。感謝しかありません」
ラルーラさんはそう言うと頭を下げた。
「気にしなくてもいいってば!頭を上げて下さいよ!」
ラルーラさんはにっこり笑うと、朝食の用意を手伝ってくれると言うのでお願いをした。
朝食の用意をしながらラルーラさんに、昨日は何時までトランプをしていたのかを尋ねると、皆より早く自室に戻ったので、何時かまでは分からないと返事が返ってきた。
「そうですか。皆は楽しいのでしょうね」
「ええ。私もタクトさんとご一緒するようになって、驚きと楽しさで毎日心が躍るようになりましたよ。色々と思う事もあるので、その時は相談に乗って下さい」
「相談ですか。僕が答えれる事ならいいのですが」
そう答えると、ラルーラさんはにっこりと笑った。
『元超絶人見知りだとは思えない笑顔だよ。それに最近よく喋るようになってくれたよな。フィーナとはまた少し違った美人さんだから、笑顔も似合うし綺麗だよな』
そう思いつつも朝ごはんを作る。
朝食の用意が20分ほどで終わると、ラルーラさんと共に各部屋へと起こしに行った。皆はまだ眠たいのか、眼を擦りながら起きてきた。
それから朝食を食べ終えると、王妃様がベッドの寝心地の良さと、朝食の美味しさに感動したと言われた。食事は無理だがベッドはプレゼントしようと思う。
「おっと、そろそろ時間なので、王城へ陛下達を迎えにいかなきゃ!」
誰かに頼もうかとも思ったのだが、セキリティーの問題もあるので、後方付けをアイラ達に任せ、領主達を連れて王城へと向かった。
それから急いで王城へ向い城門に辿り着くと、陛下達は既に外で待機をしていた。目が赤いので恐らく夜遅かったのであろう。
「皆さんおはようございます。今日は朝早くからお疲れさまです」
「おはよう。昨晩は妻が世話になった。礼を言うぞ」
「いえ。とんでもございません。身に余る光栄です」
建て前だとは、お互い分かっているのだが、多くの兵士の前ではこう言った礼儀は必要である。それからも挨拶をそれぞれが交わしていると、ライズさんとローズさんがこちらに向かってやってきた。
「本日はお招きいただいてありがとうございます。それと、先日は色々と失態をしてしまって失礼しました」
「いえ。こちらこそ、常識知らずでご迷惑を掛けました。今更ながら申し訳なかったと反省をしています。それでローズさんも今日は一緒に連れていかれるのですか?」
「ええ。今後の業務のこともありますから、実際見ておいた方が良いと判断をしました」
ライズさんがそう答えると、ローズさんは「おはようございます。名前を覚えていれくれたんですね。嬉しいです。今日は色々と宜しくお願いしますね」と笑顔でそう言った。相変わらずの気安い感じだがしっくりくる。
「早朝から仕事とは言えお疲れ様です。こんな朝早くから迷惑じゃありませんか?」
「迷惑なんてとんでもないですよ~。この飛空挺に乗れる事を思えば、死んでも付いていくつもりでしたよ」
「死んだら、どうやって付いていくつもりなんだい?」
「あっそうか!っていうか、言葉のあやですよ。これだから老人は」
ライズさんは見た目は若いが、100歳超えの老人と言えば老人ではある。
『見た目が若いから、何だかかわいそうっていうか、上司だろ!もう少し尊重しろよ!』
そう、突っ込みを心の中で入れたのであった。
「まぁ、ともかく皆さんお待ちかねなので、そろそろ行きましょうか?」
苦笑いをしながらそう言うと、セキュリティーカードを渡してシルバーノアへと乗り込む。
それから全員が甲板に上がるとゴルさんの姿が見えたので挨拶を交わした。
「ゴルさん、私は離陸の準備があるので、船内の案内をお任せしても宜しいですか?」
「ああ勿論だとも。しかし相変わらず忙しいようであるな」
ゴルさんは気を遣ってくれたのだが、忙しいので「ええ。こればっかりは、仕方が無いですしね」と返事をしておいた。
それから艦橋に戻ると、いつものルーティンでシルバーノアは王都から離陸をした。
朝早かったので、1時間の間、仮眠室で休憩をしていると、王子から連絡が入り、陛下達が話しがあると言うので、王妃様の許可を取り6号室を方付けた。荷物は既にアンジェの部屋に移したようだ。
準備が整ったので、陛下達を呼びに食堂に行くと、ライズさんとローズさんが何やら揉めていた。
『ここで、入ると面倒な事に巻き込まれそうだ。暫く様子を見てから入ろっと』
フィーナも同意見なようで、さっと柱の影に隠れて聞き耳を立てると「私ここで働きたいです」と、立ち上がって駄々をこねていた。
ライズさんは困った顔をして首を横に振る。
「いや、無理でしょう。大体あなたが去ったら誰がギルドを見るのですか?」
「また誰か雇えばいいじゃないですか?」
「貴族ギルドには簡単には入れないのは、あなたが一番良く知っているでしょうに」
最初は皆、生暖かい目で見ていたのだが、だんだんと泥試合になってくるとそっぽを向き始めると、見かねた陛下は「ゴホン」と咳払いをする。
ローズさんは顔を青くして皆に「すいません。今ここでするべき話ではありませんね。またギルドに帰ってから話し合います」と謝る。ひとまずこの泥試合に終止符が打たれたようだが、この続きがあるのか思うとライズさんに同情する。
こうして話が落ち着いたようなので、何も知らぬ振りをしてきょっこり食堂に顔を出すと、皆は姿勢を正した。まるで教室に入った教師のよだと苦笑いをしてしまう。
「陛下、お待たせして申し訳ございません。準備が整いましたので参りましょうか?」
何食わぬ顔でそういうと、「お・おおそうか。呼び出しておいて準備まで任せてしまってすまなかったな」と、少しきょどりながらそう答える。恐らく先ほどのひと悶着の件があったからであろう。
そんな訳で、陛下、公爵、宰相、ライズさんを連れて6号室へ向った。
中に入りソファーに全員が腰掛けると早速話を始める。
「それで急な話とは何でしょうか?」
「それなんだが、今後列車が開通して、タクト殿が創作した物がこの世に出回ると後々面倒事が起こらないか心配になったのだ」
「陛下の言うとおりです。列車が開通し町同士が繋がれば、馬車や冒険者ギルドで依頼している護衛などの仕事が無くなってしまいます」
「それに、いまあるトイレを作る工場など、タクト様が考案した物が競合すると、現在ある工場なども軒並み潰れて、大量に失業者が出る可能性もあります。そうなると、商業ギルドが黙ってないでしょう」
「商業ギルドですか?」
「そうだ。商業ギルドだ。実を言うと恥ずかしい話、王国と商業ギルドは仲があまり良くない」
陛下の話によると、商業ギルドと王国で農民の税金の代わりの納められている、小麦、塩、野菜などの事で何度も揉めているようであった。
貴族ギルド長のライズさんとは仲が良いのでは?と尋ねると、ライズさんは首を横に振って、困ったような顔をした。
なんでも、ライズさんは貴族ギルドと冒険者ギルドの両方を任されているのだが、他の種族のギルドと商業ギルドについては住み分けが違うので、運営方法には口を挟めないのだと申し訳なさそうに謝った。
「では、王国が介入を出来ないのですか?」と尋ねると、ギルドは民間の機関であり、例え国王陛下でも意見や要望は言えるのだが、強要や強制は出来ないと言う話であった。
「それは面倒な話ですね。それで商業ギルドはどんな仕事や管理をしているのですか?」
その問にライズさんが答える。商業ギルドの役割は3つあり、店舗の仲介(店舗の不動産業)、新しく開発された製品の管理(特許や権利)職業の斡旋であった。
「それでは、揉め事になるようでしたら。私が作る物は全て権利を放棄し、王国が権利を所有すると言うのではどうでしょうか?」
そう提案すると、ロンメルさんが首を横に振る。
「それは、大変嬉しいのですが、そうなると、やはり商業ギルドが黙ってないでしょう。やつらは強欲ですから必ず難癖をつけて権利を奪いにくるでしょう」
「ええ。ギルド長の私が言うのもなんですが、今の商業ギルドを纏めているワーグは、私利私欲の塊みたいな男ですからね。国が権利を全部持っていくとなれば、下手を打てば反乱を起こすかもしれません」
ライズさんは困った顔をしそう言う。
もし俺が全ての権利を放棄して、国が製品の権利を持つ事となると、これから俺が創作する製品が、全て国の管理になってしまう。当然である。
そうなると、困るのは商業ギルドであり、類似製品を作っても、儲けは権利を持っている国の物になってしまう。
そうなると、商業ギルドの運営資金になっている儲けが一切無くなってしまう。しかも、今まで商業ギルドが権利を持っていた物が、全てが売れなくなると言うおまけつきである。
「そう言う事ですか。それは厄介な問題ですね。しかし、反乱とは穏やかな話ではないですね」
「やつらは金に物を言わせ、私兵を数多く雇っているのだ。今は、わが国の兵士と均衡を保っているので揉め事は無いのだが、ここでバランスを失えばやつらが私兵を動かすかもしれん」
「そんなやつらに、私の創作した物を売りたくはないですね」
「その気持ちは分かる。だが、王都を戦場にするわけにはいかぬ。それ故に国も我慢しているのだ」
俺は納得はいかないが、何とか解決策を見つけると言って他の懸念が無いかを聞くと、陛下が心配していたのは失業についてであった。
「馬車は、確かに長距離は無くなってしまうでしょうが、短距離なら十分活用性が残ると思います。もし希望者がいるのであれば、列車の運転手にでも採用するという手立てもありますし。工場については、今ある工場に技術提供をしつつも設備を改修し、私が創作した同じものを作ってもらうと言う事にしましょう」
「そういう話しであれば、商業ギルドのやつらも納得するでしょう。それでは、列車の件が済み次第、一度商業ギルドのワーグとも話しをすると良いでしょう」
「そうですね。その他、色々な事についてのは、今日の晩までに考えておきます」
「教えて貰う立場のワシらが、こんな事を頼むなど本当に申し訳ない」
「いえ、お国の事情なら仕方がありませんし、ソフトランディング出来る、落とし所を見つけましょう」
こうして、話し合いが終わると食堂に戻り、目的地に到着するまでしばし休憩を取る。




