バンキッシュとの夜
バンキッシュとの約束の日。僕は部下を二人ほど連れて前回の居酒屋へ向かう。今夜で決めてしまえば楽なのだが、無理をするつもりはない。急いては事を仕損じると言うからな。
先に到着し、場を整えて後は待つだけ。そろそろ時間だ。
「バンキッシュ様! お待ちしておりました!」
大きな体でぬっと入ってきた。前回もそうだったが、騎士団の制服で飲みに来るとは……堅物も度がすぎるのではないか?
「うむ。まあ飲もうではないか。」
「はい! 今夜は私どもクタナツ最後の夜です。とことんお付き合いいただきますよ!」
「そうだったか。良い商いができたのだな。では乾杯だ。」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「ほう、一杯目から『ディノ・スペチアーレ』か。ここの店主は本当にいい酒ばかりを仕入れおる。」
「全くです。王都でも滅多に出会えないお酒がここにはこんなにも。罰当たりな店ですね。」
ボスへの土産にいくつか買っておこう。ド田舎のくせにスペチアーレシリーズがどれだけ置いてあるんだよ。
なごやかに飲みは続く。バンキッシュもいいペースで酒が進んでいる。そろそろか。
「ところでバンキッシュ様、葉巻などは嗜まれますか?」
「ああ、嫌いではないが騎士の安月給ではそうそう買うこともできん。お前も好きなのか?」
「ええ。同じスペチアーレを愛する者ですから、きっと葉巻も嗜まれておられると思いました。こちら一本いかがですか?」
「ほう、すまんな。なっ、この香り! これはまさか!?」
「さすがバンキッシュ様、ご存知でしたか。そうです。これは『トルネイドカンナビス』、南の大陸からの舶来品です。」
「さすがは王都の商人だ。このようなものまで仕入れておるとは。ではいただく。」『点火』
「葉巻と酒、大抵は相性が良いものですが、今回の『トルネイドカンナビス』と『ディノ・スペチアーレ』の相性は最高かと。」
「旨い……南の大陸でこのようなものが作られているとはな。世界は広いものだ。」
「逆にあちらでは我が国ほど魔法が発達してないそうですね。だから葉巻一つとっても手作りのため、価格がかなり高いですよね。」
「そうらしいな。魔法が使えなければ葉巻に火すら点けられん。とてもそんな生活は考えられないな。」
「全くです。一部の支配階層のみが魔力を持っているとか。不思議な国ですね。ところで葉巻の次はこちらもいかがですか?」
「薬か。それも嫌いではないが、今夜はこれほどの酒が目の前にあるのだ。野暮はするまい。」
「さすがバンキッシュ様。酒飲みの鑑でいらっしゃいます。しかし、いささか甘うございますな。」
「甘い? 何のことだ?」
やはり堅物か。薬は薬、酒は酒と、別々に楽しむことしか知らないとはな。薬の味で酒の味を邪魔することを気にしてやがる。いや、もしかしてこいつ……遊び方を知らないだけか? そもそも金がないから遊べないだけ、そんなパターンか?
余談だがローランド王国においては麻薬も媚薬も市販されている。賭博も売春も禁止されてなどいない。たまに市販品以外の薬を扱おうとして奴隷に落とされる間抜けはいるがね。素直に許可を申請すればいいものを、わずかな税金を惜しんで奴隷落ち。世の中にバカは絶えないものだ。
「こちらの薬『音速天国』と言いまして王都では一部の通の間で人気です。酒の味を何倍にも高めるだけでなく、まるで天を疾走するかのような多幸感が売りです。今宵はこれほどの銘酒がありますので、ぜひ合わせてみるのも一興かと。」
「ふむ、それもそうか。合わせてみるか。」
そもそも魔力も低く自制心もない平民ならば、やりすぎて薬やポーションの常用者に成り果ててしまうことはある。だが騎士になるほどの者ならそんな心配はまずない。だから薬にも抵抗なく手を出す。戦場で使用することもあるらしいしな。
「ほお、これは驚いた。酒の旨味が何倍にも感じられる。葉巻の味もだ。お互いがお互いを引き立て合い、三位一体となって私を楽しませてくれる。これは良いことを知ったものだ。」
「そうでしょうとも。さあさあ、どんどん行きましょう! 私もいただきますよ! マスターおかわり!」
「あいよ!」
クックック……堅物と言っても所詮は遊び方を知らなかっただけの愚物。一度この味を覚えたら、もう普通の酒では満足できまい。
音速天国など一つまみで金貨一枚だからな。今夜の勘定は酒だけですでに金貨十枚を超えている。しかし、夜はまだこれからよ。
「いやぁバンキッシュ様、クタナツの守護神という噂は本当でしたね! お見それしました!」
「ふふ、私より強い者などいくらでもいる。ここはクタナツだからな。」
「いやいや、民を守ろうとするその心こそがバンキッシュ様を守護神たらしめているのですよ。強ければいいなんて時代遅れってもんですよ!」
「ふむ、それもそうか。騎士たる者、民を守ることが大義だからな。」
そこに口を挟む部下達。
「バンキッシュ様! お願いがあります! 若を助けていただけませんか!」
「私からもお願いします! 臆病な若に勇気を与えてやってください!」
さあて、いよいよ大詰めだ。
「勇気を? 何事だ?」
「お、おい、お前達……」
「言わせていただきます! 若はこの歳で童貞なのです! それも女性が怖いという情けない理由で!」
「そうなのです! もう二十代も中盤だというのに! バンキッシュ様ほどの方と一緒ならば、若だって勇気が出るというものです!」
ちなみに僕は現在二十五歳。スラムに捨てられたため誕生日も年齢も分からない。だからボスに初めて会った日を十歳の誕生日と決めた。キリがいいから十歳にしたのだが、本当はもっと下だったのかも知れない。よく歳下に見られるからな。まあどうでもいいことだ。
「娼館でも行くのか? 入口までなら付いて行くのも構わんぞ。」
「さあ若! バンキッシュ様がこうおっしゃってますよ!」
「若! 男を見せるんですよ!」
「くっ、行けばいいんだろ! 別に女なんか怖くないし! バンキッシュ様! 行きましょう!」
「ふっ、行きたい店でもあるのか?」
「もちろん調べてあります!」
「菊花楼蘭が若にはオススメです!」
「どこだっていいさ! どこにだって行ってやるよ!」
さぁて、いよいよ仕上げだな。これなら上手くいきそうか……