真打登場シンバリー
アンジェラの報告によると行き先は連れ込み宿。娼館を出たばかりだったであろうにサミュエルは三回戦ほど交えたようだ。
アンジェラは「もうすっかり私に夢中ね」なんて自信満々だ。
確かに思いの外うまくいった。アンジェラの演技力が研修以上だということもあるだろう。やはり使い捨てにするには惜しいか……
それから十日。アンジェラとサミュエルは猿のように盛っていた。この財務課長は忙しいんじゃなかったのか?
朝、出勤前に一戦、夜、帰宅前に一戦。アンジェラ用に馬車を用意してやったのが功を奏し、いつでもどこでも馬車内で盛ってやがる。いいハマり具合だ。アンジェラに持たせた薬も徐々に効いているだろう。そろそろ次の段階だな。
「サミュエル様……申し訳ございません……娼館の馬車を勝手に使っていたのが、楼主様にバレてしまいました……」
「そうか……それは困ったな。」
「馬車の無断使用と無断欠勤で罰金を払わなくてはならなくて……しばらくお休みも取れそうにないんです……」
「何とかならないのかい? 私はアンジェラに会えないと思うと……耐えられないよ。」
「サミュエル様! 私もです! 私もサミュエル様に会えない日々が続くだなんて! おかしくなりそうです! どんな嫌な客だって、サミュエル様に抱いていただけることを思えば我慢できます。それだけを支えに私は……」
「アンジェラ……分かった。私が楼主に話をつけよう。どうなるかは分からないが、やれるだけやってみるさ。」
「あぁ、サミュエル様……お慕いしております……私は、私の身体は……もうあなた様無しでは……」
「アンジェラ……私もだ。」
アンジェラの報告によると、今夜サミュエルが『菊花楼蘭』にやって来る。ククク、踊れ踊れ。僕の掌の上でな。
僕は楼主ボードセンが対応する部屋の隣で待機している。出番までもう少しだ。
「ムリス様、ご多忙の折、ようこそお越しくださいました。当館楼主のボードセンでございます。」
「サミュエル・ド・ムリスだ。この度は私のわがままで迷惑をかけてしまったようだ。すまなかったな。」
「ええ、正直なところ大損害です。と言いますのが、当館の賓客をお迎えにあがるのに馬車がない。担当する予定のアンジェラもいない。私も従業員も右往左往するばかり。結局、止ん事無きお方を怒らせてしまいまして……当館の命脈は風前の灯です……」
クックック、こんな三流娼館に来る上級貴族なんかいるかよ。
「済まない……言ってくれ。何ならその方にこちらで話をつけてもいい。」
「いえ、さすがにそこまでしていただくわけには参りません。何せ草原の街の開拓に関わるお方、そこへ下手にムリス様が接触してしまいますと、計画の頓挫……ということもあるかも知れません。それにムリス様は未来あるお方、どうぞお立場を大事にされてください。」
「そうだな……その通りだ。」
「私どもで何とか金を借りてでも凌ぐつもりではあります。もちろんアンジェラもですが。」
「楼主様……ごめんなさい……」
「アンジェラ、ワシとお前は一連托生、辛い生活になるが、ここを立て直すためだ。すまないが堪えてくれ……」
「楼主様……分かりました……勝手してごめんなさい。」
ククク、さあサミュエルさんよぉ。どうするんだい? 知らぬハンベルを決め込むつもりかぁ?
「待て、私にも責任はある。遠慮なく言ってくれ。」
「おお、さすがはムリス様。ノヅチのような大きな器をお持ちで……」
「サミュエル様……嬉しいです。私どこまでもサミュエル様と居たいです……」
クックック……笑いを堪えるのが大変だ。
「ではムリス様……もうすぐ金貸しがやって参ります。どのように話が転がるかは分かりませんが……お力添えをお願いいたします。」
さて、そろそろ出番だ。行くか。
「失礼します。おや、お客様でしたか。出直した方がいいですかな?」
「いや、こちらの方も同席してくださる。話を進めてもらおう。」
「そうでしたか。では改めてまして私、金貸し業を営んでおりますシンバリーと申します。どうぞよろしく。」
「ワシはここの楼主ボードセン、こちらのお方はサミュエル・ド・ムリス卿であらせられる。」
「おお、お噂はかねがね。何でもかなりの切れ者だとお聞きしております。どうぞお手柔らかにお願いいたします。」
「ああ、ムリスだ。よろしく頼む。」
「さて、ボードセンさん。ご希望は金貨五十枚でしたね。私どもの利息は一日一割、よろしいですね?」
「何!? 一日一割だと!? それはあまりに……」
おやおや、僕はボードセンに話しかけたんだがな。
「もちろん無理にとは申しません。聞けば当座をしのぐ資金が必要とか。十日ぐらいで返済していただければそこまで大きな金額にはなりませんよ。返済の当てがあるんですよね?」
「あぁ、もちろんだ。それにワシの後ろにはムリス卿がおられる。踏み倒したりなどするものか。」
「なんと! そのような間柄で! 分かりました。ならば私も譲歩しましょう。ここの期限を記入する欄、ここを空白にしておきます。つまり催促はいたしません。返せる時に返してくだされば結構です。」
「おお、なんと。ムリス卿の名前にそこまでの譲歩を! ありがとう。それでお願いするとしよう。ムリス様、よろしいですか?」
「あ、ああ……」
クックック、ここまで持ち上げられておいて嫌だなんて言えるかよ。貴族は大変だねぇ。
「ではこちら、金貨五十枚です。ボードセンさんとムリス様はこちらに署名をお願いします。」
「サミュエル様……私なんかの為に……ありがとうございます。私、そこまで想われていたなんて……幸せです……」
「アンジェラ、お前のためなら当然だ。」
書いた! 署名したぞ! 本来の予定とは前後したがまずは一人! ククク、財務課長と言うから契約書にはうるさいかと思えば、所詮は貴族。甘いねぇ。
「では私はこれで。取り立てには参りませんので、返済の当てができましたらご連絡ください。」
「ああ、待っておれ。」
部屋を出た僕はそのまま隣の部屋へと入る。
さあて、どうなることか。
「ムリス様! お力添えありがとうございます! これで私もアンジェラも救われます!」
「サミュエル様! ありがとうございます! これで……ずっと一緒にいれるんですね!」
「二人とも頭を上げてくれ。私にできることをしたまでだ。」
「ムリス様、お礼にとても足りませんが、いつでもいらしてください。いつでも部屋代無料でアンジェラを付けますので。」
「サミュエル様……他の客がいる間もサミュエル様のことだけを考えて我慢します……だから私を、捨てないで……ください……」
「アンジェラ、私がお前を捨てたりするものか。」
「サミュエル様……」
「アンジェラ……」
いつの間にやら席を外した楼主ボードセン。こんな応接室で盛る二人、いやサミュエルだけか。アンジェラめ、この短期間で怖い女になったものだ。いや、元々素質があったんだろうな。
何にしてもいよいよ大詰め。金庫番の騎士、バンキッシュを落とせば僕の仕事も終わり。ようやく王都に帰れる。
そのついでに荒稼ぎもしないとな。何せ出費がかさんだからな……ウチは経費で落とすなんてヌルいことしてくれないもんな……
知らぬハンベルと知らぬ半兵衛は関係ありません。