アンジェラとサミュエル
お待ちかねの情報を手に入れた。さすがに魔蠍の系列、仕事が早い上に細かく揃ってやがる。気持ちよく後金を払って宿に戻る。
そして僕は見つけた。値千金の情報を。
やはり睨んだ通り。下級貴族の分際で上級貴族の女なんかと結婚したもんだから、色々と気苦労が多いようで。出張や残業のついでに女を買っていたってわけだ。それでも頻繁とはいかないのか、悲しいねぇ。下級貴族の収入、上級貴族の浪費。爪に火を灯すように切り詰めて娼館通い、ククク。
中堅の店で銀貨二枚、バランタウンなら銀貨三枚。その程度の金にすら苦労をしているとは。
この国の身分は大きく分けて、上から……
王族、上級貴族、下級貴族、平民、奴隷だ。それぞれの間にはほぼ超えられない壁がそびえ立っている。一つ違えば声もかけられない。二つ違えば見ることもできない。
それを思えば財務課長サミュエルはよくもあんな女を妻にできたものだ。その結果がこれか、分相応に生きるんだぜ? お前達凡人はな。
さて、サミュエルは今回バランタウンから帰ってすぐ娼館に寄った。今回の店は『山水妓楼』中堅以下の店だ。クックック、病気を貰っても知らないぞ? それに外で無駄撃ちなんかしていいのかねぇ?
さーて、思わぬチャンスだな。計画開始と行くか。
『山水妓楼』の外、物陰に僕と部下達、そしてアンジェラはいる。面白い見世物の始まりだ。
「アンジェラ、この香をつけておけ。首と手首に薄っすらとな。」
「あらぁ、いい香りねぇ。何ていうんだい?」
「こいつは『白麝香』と言ってな。男をその気にさせやすくする効果がある。例え一戦終わった後でもな。」
「へぇ、それはそれは。ありがたいんだか迷惑なんだか。」
「お前クラスの女がつけないと意味がない香りだがな。上客の相手をする時のサービスにも使えるだろう。」
「あらぁシンさんったらぁ。その若さで女の扱いが上手いんだからぁ。」
「そろそろだ。お前達も準備はいいな?」
「へい」
「大丈夫です」
「いつでも行けます」
後はサミュエルが出てくるのを待つだけ。
来た。貴族のクセに馬車にも乗らず歩いている。ククク、行き先が行き先だからな、自家の馬車は使えまい。だからって辻馬車も拾わず徒歩とはな。下級貴族は悲しいねぇ。まっ、だからこそ今回の手段が使えるわけだが……
「おいこのネーちゃんマブいぜなぁ!」
「おっ、こいつ知ってるぜぁ! 『菊花楼蘭』のアンテラだろ?」
「そんな名前だったか? まあいいや誰にでも股ぁ開く阿婆擦れだろ? ちっとこっち来いやぁ!」
「私はアンジェラよ! アンタらなんかが触れる女じゃないわ! 舐めないでよ!」
「おおっとぉ? 舐めていいのかぁ?」
「じゃあ耳の裏から舐めてやるぜぇ?」
「俺ぁ足の親指の根元を舐めてやるぁ!」
「くっ、私に触るな酔っ払いども! 誰か、誰か助けてぇー!」
周囲には消音の魔法がかけてある。サミュエルぐらいにしか聞こえてないだろうさ。さーて、奴はアンジェラを助けるのかねぇ。
『風弾』
「ぐあっ! 何しやがる!」
「どこのどいつじゃあ!」
「痛ってーな! 殺すぞコラぁ!」
『風球』
『風球』
『風球』
ふぅん。問答無用で吹っ飛ばしやがったか。役人のくせに少しは腹が座っているか。いや、クタナツではこれが当たり前だったな。
「大丈夫だったかい?」
「ああ、お貴族様! 危ないところをありがとうございます。今の流れるような魔法の発動、さぞかし名のあるお方、なのに無知な平民で申し訳ございません……」
「いやいや、しがない宮仕えの役人だよ。じゃあ気を付けてお帰り。」
「あ、あの、せめてお名前だけでも……」
「サミュエル・ド・ムリス。君の名前は?」
「あなた様があの……はっ、申し訳ございません……私のような汚れた女の名前など、今をときめくムリス様にお聞かせするわけには、参りません……」
「どこがだい? 君はどこからどう見ても美しい。まるで聖女様のようだ。」
「ム、ムリス様。ダメです! そのようなお言葉がもしも、聖女様のお耳に入りでもしたら……」
聖女か……クタナツにはそんな化け物もいるんだったな。ボスからは絶対近寄るなと言われている。何が聖女だ……皆殺しの魔女だろ……
「はっはっは。聖女イザベル様はそんな狭量な方ではない。さあ、それはいいから名を聞かせてくれないか?」
「アンジェラです……『菊花楼蘭』の……女です……お耳汚し、申し訳ございません……」
「アンジェラ、いい名だ。そして『菊花楼蘭」か。行けるものなら行きたいが……」
「あ! あの! 私、もしもムリス様に抱いていただけるならどこにでも出向きます! 睡眠時間を削ってでも! いつでも、どこでも! こんな汚れた……私でよろしければ……」
「ははは、無理をすることはない。大変な仕事だからな。」
「……そうですよね……私みたいな汚い女が……ムリス様を相手に夢なんか見て……ごめんなさい……失礼します!」
迫真の演技だ。ここで顔を逸らし奴から逃げるように立ち去る。
「待ちたまえ。言っただろう? 君は美しい。どこにも汚れなどないさ。」
「ほ、本当ですか……私なんかが……」
「本当だとも。さあ手を出して。」
「ああ、ムリス様……ムリス様が私なんかの手を……」
「しばらくは忙しいが、五日もすれば少しは時間ができる。そうしたらお店にも行くよ。」
「ありがとうございます……でも……来ないでください……私、ムリス様を客としてお相手するなんて嫌です……」
「それはどういう……?」
「一人の女として抱いていただきたいんです! お金なんか要りません!」
「そうか。分かったよアンジェラ。ならどうするのがいいか……」
「今からじゃダメですか……どこにでも付いて行きます……ムリス様……」
「いいとも。行こうか。」
よし。上手くいった。見事な演技だったな。ここから先はアンジェラに任せるしかない。下手に後をつけてバレるわけにはいかないからな。それに先ほどの魔法の腕、あれは侮れない。油断せずにいこう。