財務課長 サミュエル・ド・ムリス
待ち時間が一ヶ月というのはさすがに長過ぎる。どうにか予定を変更して財務課長までも落としにかかるしかないか。
財務課長サミュエル・ド・ムリス。『ド』の称号が示す通り下級貴族だ。家族は妻一人、娘一人、息子二人の五人家族だ。妻が上級貴族出身のためクタナツに赴任したことで家庭不和を招いている。贅沢好きの妻にうんざりしている割に子供は三人か。
こいつはこいつで飲みに出ることが少ない。代わりに残業、出張のオンパレードだ。
それと言うのも、現在のクタナツの状況のためだ。
クタナツの街はローランド王国の最果てに位置する。ならばこのクタナツの先には何があるのか……
そこは魔境と呼ばれている。僕のような都会の人間からすればクタナツですら人外魔境なのだがな。
魔境とは、そのまんまだ。人間が立ち入るには死を覚悟する他ない、魔物だらけの地獄だ。そんな真っ只中にクタナツが作られて既に百年。ここから先の開発は遅々として進んでいない。その理由は……どうでもいいことだ。
ところが、現在!
百年進まなかった開発が動き出しているのだ。つまりは好景気。ウチや魔蠍以外の闇ギルドだってきっと動いている。奴らは金の動きに敏感だからな。
そのためムリスは連日忙しく働いているという訳だ。これはチャンス。まさか百年に一度の機会に巡り会えるとは、やはり僕は上に行くべき存在なのだろう。
クタナツから北へ二百キロル。現在そこへ街を作ろうという動きがある。それもクタナツ並みの大きな街だ。そのため、そことクタナツの中間辺りに補給基地的な小さな街もできている。バランタウンと呼ばれるその街へムリスはよく出張している。財務の人間、それも課長クラスが現場をウロチョロして何になるのやら。行くしかないのか……魔境の出城、バランタウンへ。
無理だな。
僕達の腕なら恐らく戦える。きっと無事に帰ることもできるだろう。しかし、僕達は商人としてここに来ている。そんな僕達が自分達だけでバランタウンなんかへ無傷で往復したらきっと目立つ。ましてや冒険者を護衛に雇うのも論外だ。そうなると……
「こんにちは。先日はどうも。仕事を頼みたいんだが。」
僕は魔蠍の針に来ている。郷に入っては郷に従えと言うからな。素直に頼むのが一番だ。これだから挨拶は欠かせない。
「何だ? もちろん報酬次第だな。」
「あなた方なら簡単だろうよ。クタナツ代官府、財務課長サミュエル・ド・ムリスのバランタウンでの動向を知りたい。ついでにクタナツにいる間で自宅、居酒屋、代官府以外で立ち寄った場所があるならそこもだ。」
「いいだろう。前金で金貨五枚。情報を確認後、もう五枚だ。」
「では契約成立だ。どのぐらいかかる?」
「奴は現在バランタウンにいる。二、三日は泊まるだろう。従って五日もあればいい。」
「さすがだ。その頃また顔を出す。よろしく頼む。」
クックック、ド田舎は闇ギルドまで相場が安いのか。ありがたいことで。
それよりも初めからサミュエルの情報に当たりを付けてやがったな。偽勇者と魔蠍、ボスの言う通り関係ありか。
さてと……五日ほど暇になってしまったな。たまにはのんびり過ごすか。カモフラージュに用意した王都製のウエストコートにトラウザーズの商売は部下に任せておけばいい。しかし、こんなド田舎民に王都のファッションセンスが理解できるものかね。
中にはガキのくせに白いシャツに黒のウエストコートとトラウザーズを合わせている奴もいたが。悪くないセンスだったな。
のんびり過ごそうとも思ったのだが、この間にアンジェラと二位の女を仕込んでおかなければならない。アンジェラはほぼ満点だが、ターゲットを骨抜きにするためにやり過ぎということはない。ベッドでのテクニックはもちろん、最中のセリフ、事後のピロートーク。やれることはいくらでもある。
特にサミュエルのように上級貴族出身の女を妻に持つと夜はさぞかし苦労していることだろうさ。
上級貴族の女は総じて魔力が高い。そんな奴らは多情多淫なのが定番だからな。サミュエルごときでお相手をしきれるものやら。たまには女を征服する喜びでも味わいたいのではないか?
そこを踏まえた研修を五日間みっちり行った。
さて、問題はどうやってサミュエルに接触するか、だが……
よし! 魔蠍の針で情報を聞いてからだな。いいネタがあればいいんだが。




