金庫番の騎士 バンキッシュ・ギンコール
僕が二位の女の試験を終えた頃、クズ楼主が一位の女を連れて現れた。クズにしてはいいタイミングだ。
「待たせたな……一位のアンジェラだ。」
「どうもぉ。アンジェラです。あら、かわいい坊やねぇ。」
ほう、こいつは驚いた。こんなド田舎にこのレベルの女がいるとは。王都の娼館、それも一流店で働けるレベルだ。
なるほど、この女がいるから三流店でも中堅の娼館として評価されてるってわけか。二位から五位の女を見る限りとてもそのレベルとは思えない店だったからな。
「聞こう。自由と金は欲しいか?」
「別にぃ? ここを出ても行くとこないしぃー。他に能もないしぃー。」
「能はいらない。一生働かずに暮らせる金は要らないのかと聞いている。」
「えぇー? それっていくらぁ?」
「金貨二百枚。当然それなりの仕事はしてもらうがな。」
「ふーん。面白そうだからやってもいいかなぁ。ただし、出来なくても知らないよ?」
「構わん。その時は報酬が減るだけだ。では試験だ。いつも通りのサービスを僕にやってみせろ。本気でなくていい、いつも通りのだ。」
「いいわよぉ? ではお客様、こちらへどうぞ。」
前言撤回だ。この女、アンジェラは王都の一流店でも上位に食い込める逸材だ。ふうむ、今回の計画で使い潰すのが惜しくなってきた。まあいい。その時次第だな。
さあて駒が揃ったぞ。このアンジェラなら僕の計画通りに事が運べる。くっくっく、まさかここまで早く動けるとはな。バカな偽勇者ごときには決してできまい。
そして僕は改めてアンジェラと二位の女に契約魔法をかけた。二位の女などは今回の計画が成功すれば何もしなくても金貨百枚だ。まあこの女はただの予備だからな。アンジェラにはしっかり働いてもらうことになる。もっとも奴にとっては通常業務とほぼ変わらないことだろうがな。
ちなみに契約魔法は相手の魔力が高ければ破られることもあるが、今まで僕の契約魔法が破られたことはない。セグノさんにだって無理だったんだ。屈強な男が集うクタナツではどうだろうか。もちろん油断する気などない。慎重に事を運ぼう。
そして三日目。ここからはかなり時間を要することだろう。
ターゲットは金庫番の騎士バンキッシュ。こいつを嵌めないことには話が進まない。しかし堅物のこいつは月に一度しか飲みに出ないし、娼館にも行かないバカだ。その店は偽勇者からの情報にあったので判明しているが、次に来るのは十日後。とても待っていられるものか。ならば順番を変えて財務課長から落とすか? いや、ダメだ。順番こそが大事なのだ。必ず金庫番から落とさねばならない。
かと言って不自然に接触をして怪しまれても困る。慌てず慎重に事を運ばなければな……
結局僕達は十日間を情報収集と挨拶回りに費やした。挨拶回りと言っても商人として細々と店舗を回っただけだ。王都での流行りを教えたり、クタナツの特産品を教えてもらったり。しかし冒険同業者協同組合、いわゆるギルドには近付いていない。冒険者の中には暗殺ギルドに足付けていた者もいれば、鼻が利く奴もいる。万が一にも僕達の正体がバレたらまずいからな。
そしてついに金庫番、バンキッシュが飲みに出る日がやって来た。奴の行きつけは二番街の静かな居酒屋。髭ぼうぼうの不潔な店主がやっている店だ。そのくせ酒の仕入れには拘っているとか。
奴が来るのはだいたい午後七時。僕は二人の部下と三人で六時半には店に入った。奴が普段座る席の二つ隣に僕が座る。そしてハイペースで飲み始めた。
僕も部下達も過酷な闇稼業を生き残った身、それなりに魔力は高い。魔力が高いと言うことは毒物が効かないと言うこと。つまり少々の酒で酔うことなどないのだ。
しかし徐々に酔っているふりをしなければ。この後の筋書きに必要なことなのだから。
そしてついに待望の金庫番、バンキッシュが現れた。奴は一言で言うなら偉丈夫。何でも斬り裂くボスをしても斬り裂けるか不安になる佇まいだった。
だが、まだだ。まだ始めるには早い。
それから三十分、奴は静かに飲んでいた。飲んでいる酒は『シャンピニオン・スペチアーレ』
……まさか、ボスの好きな酒にこんなド田舎で出会えるとは……仕入れに拘っているというのは本当だったようだ。
さあて、いよいよだ。部下に合図を送る。
「だからさー! アンタ分かってねんだよ!」
「そうだ! その様で先代の跡目を継げると思ってんのかよ!」
「くっ、僕だって一生懸命やってるんだ! 僕の苦労なんか何も知らないくせに! くらえ!」
「そんなひ弱な拳で何ができるんだよ!」
「そうだ! 先代のゲンコツは痛かったぞ!」
「うわっ!」
そして僕は部下に突き飛ばされバンキッシュにぶつかり、奴の酒をこぼすことに成功した。
「うわわっ、き、騎士様! 申し訳ありません!」
「店で騒ぐな。大人しく飲め。」
「はっ、ははあ! 大変申し訳ありません! マスター! こちらの騎士様に同じ物をお出しして!」
「ふむ、酒に罪はない。いただこう。」
「ありがとうございます。え!? まさか騎士様、シャンピニオン・スペチアーレをお飲みになられているのですか!?」
「ほう、分かるか? これはいい酒だ。酒狂貴族スペチアーレ男爵……酒造りの腕だけで貴族になった男の逸品。クタナツでこれが飲めることが……どれほどの贅沢か。」
「おっしゃる通りでございます! 私を拾い上げてくださった方も同じ酒を好まれておりますので、愛着もひとしおというものです。あっ、申し遅れました! 私、二週間ほど前に王都からやって参りました商人見習いのシンバと申します。」
「クタナツ騎士団所属、バンキッシュ・ギンコールだ。」
「なんと! あなた様があのクタナツの守護神バンキッシュ様で!? なんと幸運なことか……あ、握手をお願いしてもよろしいですか!?」
「なんですって!? バンキッシュ様ですって!?」
「私も、私も握手を!」
「静かに飲めと言ったはずだ。握手ぐらいしてやる。」
「し、失礼しました。そしてありがとうございます。こちらは共の者でございます。」
「若がお世話になったようで……」
「未熟な若でお恥ずかしい……」
「未熟な若者ならお前達が支えてやるんだな。聞いたところ、先代には恩があるのだろう?」
「そこまで聞かれておりましたか……私は修行中の身でして……」
「先代への恩を思えばこそ、若にはつい厳しくしてしまいまして……」
「いずれ若にもあのようになっていただきたくて……」
ククク、少しも疑ってないようだ。こちらの話を真摯に聞いていやがる。
「バンキッシュ様、本日のご縁に感謝してここは私が持ちます。ささ、もう一杯どうぞ。」
「おお、すまんな。せっかくだ。ご馳走になろう。」
今夜はここまでだな。初対面にしては上出来だ。
「バンキッシュ様、私どもはもう一ヶ月ほどクタナツに滞在する予定です。その間にまた席を設けさせていただければ幸いです。王都への土産話にもなりますので、お付き合いいただければこの上なく幸せです。」
「私は月に一度ここに来る。ならば来月この日、この時間。また杯を交わそうではないか。」
「おお! そうでございますか! ありがとうございます! これで修行にも身が入るというものです。」
「うむ、精進するがいい。ではまた。」
「はい! ではこれにて、ごめんくださいませ。」
「ありがとうございました。」
「またの機会を心待ちににしております。」
クックック。うまくいったな。
しかし一ヶ月後か……さすがに長いな。どうしよう……




