地獄のクタナツ行
僕達のような闇ギルドの人間は王都から出るだけで少し苦労する。三重の城壁に囲まれた王都なのだが、僕達『ニコニコ商会』の本拠地は一番外側の城壁の内側にある。
つまりたった一つの城門さえクリアすればいいわけだ。ちなみに今の季節は春。飢えた子供時代は凍死する危険が減って安堵していた季節だ。
ボスの話によると、本日この時間なら買収済みの騎士が城門を担当しているらしい。大丈夫だろうな? 闇ギルドの人間が騎士に見つかると、その時点で奴隷落ちだからな……
さて、順番が回ってきた。
「次!」
「お務めご苦労様です。こちらを。」
僕と部下達はセグノさんから渡された身分証を門番の騎士に渡す。
「おい、何か足りないモンがあるんじゃないか? おぉ?」
まさか、セグノさんが用意した身分証に不備など……
そこに部下が何かを騎士に渡している……そういうことか……
買収されてるクセに、さらに金を寄越せってわけか……どこまでも腐ってやがる。
「通ってよし。次!」
「ありがとうございます。」
ともあれ、僕達は無事に王都を出ることができた。ここからは街道に沿ってド田舎のクタナツまで移動するだけだ。のんびり馬車の旅と洒落込むか……
くそ、馬車の旅、それも強行軍がこれほどキツいとは……
クタナツは王都から遥か北東にある。しかも間にムリーマ山脈がそびえ立っているため直線で向かうには厳しい。ひとまず王都からほぼ真東に位置する『城塞都市ラフォート』に到着した。ここまで一週間、ハードな旅だったがどうにか順調だった。
セグノさんに用意してもらった身分証はここでも問題なく通用した。僕達は久しぶりに宿で休むことができた。しかし、夕暮れギリギリに到着した上に、明日も早朝から出発しなければならない。それでもクタナツまではギリギリだろう。残り一週間しかない……
城塞都市ラフォートからクタナツまでの旅は過酷だった。あのような辺境に向かう定期便などない。途中まで馬車をチャーターするしかなく、途中からはどこかで馬車を買い取るか歩くしかない。盗んでもいいのだがその程度の事で万が一にも足がついたらヤバいからな。
結局クタナツがあるフランティア領の入口まではチャーターの馬車で行けたが、そこからは別の馬車を買い取って進むことになった。ギリギリ間に合うか……
着いた……
魔物の群れや盗賊に邪魔されながらも僕達はどうにかローランド王国の最果ての街『クタナツ』へと到着した。この街には南北に一つずつ城門があるのだが、僕達は南の城門で手続きをする。
「次!」
「お勤めご苦労様でございます。こちらでございます。」
「どれどれ。ほう、王都から来たのか。 ふむ、いつまで滞在する予定だ?」
「仕入れが済むまでですので二、三日の予定です。まだまだ延びるかも知れませんが。」
「ふむ。通ってよし。」
王国一の強さを誇るクタナツ騎士団だとて頭の中身まで王国一とはいくまい。僕達はまんまとクタナツに入り込むことができた。後は適当に宿を取り連絡を待つだけだ。宿の窓にはニコニコ商会の関係者にだけ分かるように手拭いを吊るしておく。はてさて、どんな任務になることやら。
それにしても依頼人の名前が『ムラサキ・イチロー』とは……ボスが言うようにバカ丸出しだ。ムラサキ・イチローとは今から三百年ぐらい前に魔王を倒し、この国を統一した勇者の名前だ。つまり現在の国王の祖先でもある。そんな名を名乗るとは、明らかにまともではない。しかしボスの命令は絶対だ。僕が指名されたと言うことは、契約魔法の出番なのだろう。腕がなる……
そして約束の日の昼間。そいつは現れた。全身ド紫の服に身を包んだ大柄な男だった。
「よくこんな所まで来てくれたな。俺が勇者ムラサキ・イチローだ。」
「ニコニコ商会、鴉金のシンバリーだ。」
こいつ……本当にバカか……自分のことを勇者だなんて言ってやがる。しかも紫の礼服は王族にのみ許された色だぞ。まあこいつのは礼服じゃないから問題ないのか……? ボスは一体なぜこんなバカの依頼などを……
「依頼は簡単だ。とある男を嵌めて欲しい。借金か何かでガチガチにな。」
「詳しく聞かせてもらおう。書類をキッチリ作る必要があるからな。」
僕の契約魔法なら書類に書いてあることに双方が同意すれば必ず守らせることができる。これほど金貸しに向いた魔法はない。僕の二つ名『鴉金』なのだが、僕が貸す金はカラスがカァと鳴いたら利息が付く、一日一割であることから付いた異名だ。このような超高利にも関わらず、切羽詰まったバカ共は僕から金を借りていく。一日一割がどのような意味を持つのかすら知らずに。
まあ、そんな計算すらできないバカだから僕から金を借りるほどに落ちぶれたのだろうがな。
「ターゲットは二人。一人は『サミュエル・ド・ムリス』、クタナツ代官府で財務課長をしている男だ。もう一人は同じく代官府の金庫番『バンキッシュ・ギンコール』だ。」
「分かった。その二人の行動パターンや家族構成など、詳しい情報が揃い次第行動に移るとしよう。」
「それなら用意してある。期限の指定は特にない、が……半年もかけられては困るぞ?」
「ふむ、まあこれだけ情報が揃っているならそこまでの期間は必要ないだろう。では確認だ。僕の仕事はこの二人に借金を背負わせるかどうにかして、アンタの下僕にでもなるようにしたらいいんだな? 絶対服従するように?」
「そうだ。あの二人が俺の意のままに操れるようになればいい。」
「いいだろう。契約成立だ。ではこれにサインしてもらおうか。」
こいつ、書面にまで『ムラサキ・イチロー』と書いてやがる……しかしそれでも契約魔法はキッチリ掛かった。たまたま本名? まさかな……本気で自分を勇者だと思ってるんだろう。思い込みとは怖いものだ。
ふん、こんな頭のイカれた男の依頼なんか受けたくもないがな。ボスに話が通ってるから拒否などできない。
ちっ、財務系の役人に金庫番だ? 何がしたいのか見え見えだな。まあいいさ、クタナツくんだりまで来たんだ。ついでだ、せいぜい荒稼ぎさせてもらうとするさ。