戻れない道
僕達はクタナツを出てもうすぐ一ヶ月、クタナツから最寄りの街『ホユミチカ』……の南にある寂れた村に滞在していた。この村は闇ギルドや暗殺ギルド御用達の身分ロンダリングに長けた村だったりする。
特に用はないのだが、僕達だって王都で知られたニコニコ商会。今後用に顔を繋いでおくのは悪くないと判断したわけだ。
それに僕達のような者が身を潜めるにも都合がいいことだし。
「そろそろだな。クタナツへ舞い戻るとしようか。」
「へい。あいつらきっちりハマってますかね」
「シンさんの契約魔法だからな。きっとズブズブだぜ。」
「へへ、違ぇねぇや」
この村からホユミチカまでは北に一日。ホユミチカからクタナツまでは北東に三日ぐらいかかる。馬車の旅は怠い。
さあて、再びクタナツに到着だ。もう宿を取る必要もない。『菊花楼蘭』を拠点にしたからな。
さっそくクズ楼主から報告を聞くとしよう。
「首尾はどうだ?」
「はい、シンバリー様の思惑通り進んでおります。まずサミュエルですが、二日と空けずに来ております。バランタウンへの出張時に連れて行きたいと頼まれましたが、仰せの通り断っております」
「うむ、それでいい。薬もしっかり使ってるな?」
「はい、毎回自ら薬を使いたがっております」
クックック。お役人様はだらしがないねぇ。
「バンキッシュはどうだ?」
「はい、奴はほぼ毎日来ております。無料分がなくなったらどこからか金を工面したようです。ただそれでも後半は苦しくなったようでツケでと頼まれました。もちろんご指示通りそれで受けました」
「よし! よくやった! では次の段階にうつる。今夜はどっちか来そうか?」
「どちらも来るかと。先にバンキッシュ、その一時間後にサミュエル。バンキッシュは泊まりでしょうな」
「よぉし、ならサミュエルから型に嵌めるとするか。今夜は特に激しくするようアンジェラに伝えておけよ。」
「はい、かしこまりました」
クククク、もうすぐだ。もうすぐ……
よし、お楽しみは終わったようだな。さて、行くか。
「邪魔するよ。」
「なっ! 何だ!? き、貴様シンバリー!? 何の用だ!?」
「金貸しの用事が取り立て以外にあるとでも?」
「と、取り立てだと!? 催促はしないんじゃ!?」
「まあ色々と事情が変わってな。アンタに今すぐ全額返して貰わんといけなくなってな。アンジェラと楽しんだ代金が金貨十六枚、アンジェラと楽しむのに使ったお薬の代金が金貨八十三枚。最後に金貨五十枚を一日一割の複利で三十日で金貨八百七十二枚と銀貨四枚と銅貨七十枚。合計で金貨千枚だな。今すぐ払え。」
「なっ! 何をデタラメを! ここの費用は無料だろ!」
「無料なのは部屋代だ。一律銀貨一枚だけな。アンジェラ自身の代金は一晩金貨一枚だからな。」
「くっ! じゃあ金貨五十枚とは何だ! あれは楼主の借金だろう!」
「いーや残念。その楼主が逃げたんでな。全部アンタに被ってもらうぜ。」
「なっ! そんなバカな! それに期限だって!」
「おいおーい、知ってるくせに。とぼけんなよ? 期限を決めない借金はいつ返済を請求されても応じる義務があるんだぜ? それに、ちゃーんと書いてあるぜ? 裏面にな!」
「バ、バカなバカな! そうだアンジェラ! アンジェラだって……」
「うーん、アンジェラは署名してないから無関係だなぁ? さあ今すぐ払え。それとも代官府に行くか? お代官様にお願いして払ってもらおうか?」
「な、ななな! そんなことをしたら! 私は破滅だ! 頼む! 待ってくれ!」
そうだろうなぁ。あの代官は清廉潔白、杓子定規。女と薬に溺れて借金作ったなんて知れたら……クックック。
「私からもお願いしますシンバリーさん! サミュエル様を助けてあげてください! 私、サミュエル様がいなくなるなんて嫌です……」
さすがアンジェラ、ナイスアシストだ。
「アンジェラ……私もお前なしには、もう……」
「ふう、仕方ない。僕の負けだ。あなた達のお互いを想う気持ちに免じて猶予を与えるとしよう。」
「シンバリー……」
「シンバリーさん……」
さあて、サミュエルさんよ。男気を見せてもらうぜ?
「ではこちらに署名してください。一日に金貨一枚を支払ってるうちは利息が止まる書類です。本来なら利息だけで一日に金貨百枚。それがたった一枚で済みますよ?」
「こ、これにか……」
クックック。もうお前に後戻りはできないんだよ。
「アンジェラとの関係継続も認めますよ? 今やこの娼館の楼主は僕だからね。」
「分かった……書く……」
クックック。落ちた!
「グガォアアァァ!」
魔力特盛絶対服従契約魔法さ。痺れたろ? これでこいつは僕の操り人形だ。
「ではサミュエルさん。明日から毎日金貨一枚を持ってきてくださいね。そうすればアンジェラとも会えますよ。」
「あ、ああ……」
よし! 残りはバンキッシュのみ!
やってやる。




