シンバリー・クロウラー ※
僕の名前はシンバリー・クロウラー。王都に君臨する闇ギルド『ニコニコ商会』の幹部『鴉金のシンバリー』として名を馳せている。
闇ギルドとはいわゆる非合法組織。やたら広い王都に於いて、やはり広いスラム、貧民街を仕切っている組織の総称だ。
ニコニコ商会は数多ある闇ギルドの中でも古い歴史を持つ凶悪な組織として、闇ギルド連合の中でも発言力が強い。
思えば……ここまで辿り着くには並大抵の苦労ではなかった。僕はおそらく赤子の頃に王都のスラムに捨てられた。物心ついた頃にはスリや掻っぱらい、物乞いや残飯漁りで糊口を凌いでいた記憶しかない。
幼少期のある日。いつも通りスラムでターゲットを物色していた僕は、一人の女に目を付けた。そいつは僕より五つぐらい歳上のようだが、スラムを何の警戒もなしに歩いていやがった。どう見てもカモだ。
僕は仲間達と結託してそいつを囲んだ。脅しの言葉なんか口にしない。囲んだら即叩きのめすだけだ。こんな女がスラムを一人で歩くのが悪いんだ。命までとる気はないが、死んでも構わないつもりでブッ叩く。いつもそうしている。なのに……
何が起こった……?
六人いた仲間達はみんな死んでいる……
体を四つに斬られて……
腰辺りで両断……その上、左右にも分断されている……全員が……
武器なんか持ってなかったのに……
「へぇ、あんたも斬ったはずなんだがねぇ。何で生きてるんだぃ?」
「え……僕は……」
ぐあぁっ……また斬られた……
「ふぅん……妙な体質みたいだねぇ。斬っても死なないのかぃ。気に入った。付いて来なぁ。」
僕は確かに斬られた……
それも頭を真っ二つに……
でも、生きている……
死にそうなほど痛かったのに……
「ほらぁ、さっさと来なぃ!」
「は、はい!」
この女の人には逆らってはいけない。そのことが体の芯から理解できた。
スラムを歩くこと数十分。もしかしたら一時間以上だったかも知れない。とある建物に到着した。そこは僕でも知っている……スラムに生きる者が決して近寄ってはいけない場所、とある闇ギルドだった。
「ほらぁ、こっちだよぉ。」
「は、はい!」
ドアを通り抜け中に入る。ここが闇ギルド……
「セグノ!」
女の人がいきなり叫ぶと、また別の女の人が現れた。
「ボス。どうされました?」
「このガキを預ける。仕込んでやれ。死んだら死んだで構わねぇ。」
「はい。分かりました。」
「おいガキぃ、名前を言いなぁ?」
「シンバリー……」
「そうかぃ。お前の身柄このセグノに預ける。せいぜい使える男になりなぁ。」
「う、うん……」
次の瞬間、僕は殴り飛ばされたようだ。
「返事は押忍と言え。分かったな?」
セグノさんと言ったか……痛い……
「は、はい……」
また、殴り飛ばされた……
それから十年。
僕は闇ギルド『ニコニコ商会』の幹部『傀儡のセグノ』の元でしのぎを削った。僕と同じようにセグノさんが面倒を見ていた兄弟分は全員死んだ。セグノさんに殺された者もいれば対立する闇ギルドに殺されたものもいる。僕だって何回も殺されたはずだが、なぜか生きている。
そんなある日。セグノさんから言われたのだ。
「シンバリー。あんた独り立ちしな。」
「え? どういうことですか?」
「そのまんまだよ。ボスが盃をおろしてくださるそうだ。お前もニコニコ商会の直系若衆『直若』になるんだよ。」
僕がニコニコ商会の直系……王都に君臨するニコニコ商会の……
「ありがとうございます! 精一杯励みます!」
苦節十年。
こうして僕は闇ギルド、ニコニコ商会の一員としての立場を手に入れた。
この立場さえあれば……スラムでは怖いものなし、もう飢えることもない。
それからの僕は絶好調だった。
スラムを歩けば誰もが道を譲る。対立組織ですら顔を伏せるぐらいだ。
セグノさんとの十年で様々な魔法も使えるようになった。特に能力を発揮したのが『契約魔法』だ。書類を用意して双方が合意すれば必ず守らせる魔法となるものだ。紙を用意するにも金がかかるし、文字を書き込むにも時間がかかる。それなりに大変な魔法ではあるが。
僕がこの魔法を利用したのは……金貸しだ。
利息、返済期限、返済方法。それらを細かく書類に記入してから契約魔法をかける。すると……海千山千の商人ですら踏み倒すことのできない契約となるのだ。
そんな生活を続けること五年。僕はニコニコ商会の幹部となっていた。この五年間、何度も襲われた。首を切り落とされたこともあれば、体中を焼き尽くされたこともある。丸一日に渡って水中に沈められたこともあった。しかし、なぜか僕は生き残り、ついには幹部の地位を手に入れたのだ。
他者を蹴落とし、命を奪い、財産をことごとく巻き上げた。そうして得た金をボスである『四つ斬りラグナ』に献上することで、ここまでのし上がったのだ。
ボスは恐ろしい女性だ。
酒場で好みの酒がないだけでバーテンを殺す。
『シャンパイン・スペチアーレ』なんて高級酒がそうそうスラムの酒場なんかに置いてあるかよ……
そしてボスはどんな時でも相手を四分割する。首を少し斬ればいいのに、わざわざ体を四分割するんだ。それこそが『四つ斬りラグナ』だと言わんばかりに。
どこでも死体の処理や血痕の掃除が中々大変らしい。それはそうだよな。
閨に連れ込んだ男が期待外れだった時も同様だとか。早い奴や下手な奴には厳しいらしい。ましてや勃たなかった男には……
幸いにして僕にお呼びがかかることはなかった。
そんなある日、ボスから勅命が下った。
「シンバリー。クタナツへ行って来なぁ。」
「へ? クタナツってあのド辺境のクタナツですか?」
「そうだよぉ。詳しくは連絡を待ちなぃ。」
「はぁ。分かりました。いつまでに到着すればいいですか?」
「二週間後だねぇ。そしたら『ムラサキ・イチロー』ってバカからの連絡を待ってなぃ。」
「はぁ!? クタナツまで二週間って無理ですよ!? どうしたらいいんですか!?」
このローランド王国は広い。僕が住む王都から人外魔境のクタナツまで直線距離で八百キロルはある。実際には街道に沿って進むため千二百キロルぐらいか……直線ルートなど不可能だ。よって普通は一ヶ月はかかる。しかしボスの命令は絶対、逆らうことなどできない……強行軍で行くしかないか……
「上手くいったら可愛がってやるさぁ。期待してるよぉ。」
絶対に失敗できない……