8 元堕天使、ママになる
「うわー、ほんとにゴブリンだ!」
『しかもあんなにいっぱい……結界があるからやすやすと侵入はできないはずなのにおかしいですぅ!』
「…………」
……もしかして、私の“ディスペル”の効果で私たちが入ってきたところだけじゃなく他の結界まで破れちゃったのかな?
ごめんね、フェアリーちゃん。
軽い気持ちで解除したけど、こんなことになるとは思ってなかったんだよ!
いや大丈夫。ここでゴブリンどもを殲滅すればチャラになるはず!!
「行くよ、アーラ!」
『まったく調子のいい……』
私たちに気づいたゴブリンどもは、ギャアギャアと奇声を上げて突進してきた!
「<ギフト>……“電光石火”」
アーラに身のこなしが素早くなる<ギフト>をかけておく。
翼をはためかせ空に舞い上がり、アーラは空中からその鋭い爪で目にもとまらぬ速さで数匹のゴブリンへ襲い掛かる。
ゴブリンの悲鳴と、飛び散る血。
……まぁ、ゴブリンごときにてこずったりしないよね!
『わぁ~すごいんですぅ~!!』
怖がるかと思いきや、妖精たちはキャーキャーと黄色い声を上げていた。
……意外と肝が据わっているなぁ、この妖精たち。
「おっしゃあ!……“ファイアボール!”」
私も負けてられないね!
ゴブリンに向かって軽い火魔法を放つと、ちょうど背を向けていたゴブリンの尻に命中した。
尻に火がついたゴブリンは悲鳴を上げて走り回っている。
『あー! 火気は厳禁ですぅ! 火事になったら大変なんですぅ!!』
「うわっ、ごめんごめん! “アクアボール!”」
とりあえず火のついたゴブリンの尻に向かって水球を放つよ。
しかし私の攻撃は外れてしまった!
「“アクアボール!”“アクアボール!!”」
くそっ、このゴブリン意外とすばしっこい……!
“アクアボール”は自分の手元に水球を作り出し、それをぶつけて攻撃する魔法だ。
しかし、思ったよりも投げつける速さが出ないね。
うわー、魔力不足のせいかこの魔法もやっぱり弱体化してるなぁ……。
やけくそのように何度も水球を投げていると、やっと一発ゴブリンの尻に命中した。
尻に衝撃を受けたことでダメージを負ったのか、ゴブリンはぱたりと倒れて動かなくなる。
……念のため弁解しておくと、最初にたまたま尻に命中しただけで、別に私が尻ばかり狙うような趣向があるわけじゃないからね!
「結構魔法使っちゃったけど……」
あとどのくらいMP残ってるんだろう。
よしよし<魔力顕現>っと……
MP12/55
うわー、結構減ってる!
まだゴブリンは結構残ってるのに! これはまずい!!
『人間さんどうしたんですか!?』
「魔力切れそう! なんかない!?」
『ま、魔力切れですか!? こういう時は……これを飲んでくださいですぅ』
そう言うと、フェアリーちゃんは本当に小さな小瓶を取り出した。
よくわからないけど、これを飲めばいいのか!?
『妖精の秘薬ですぅ。飲めば一時的に強くなれるすぐれものですぅ!』
「マジか!!」
小瓶の蓋を開け、逆さにして一気に中身をあおる。
ほんの数滴しかなかったけど、呑み込んだとたんすごい力が湧いてきた気がする!
「うおぉぉぉ! みなぎってきたああぁぁぁ!!」
よし、<魔力顕現!>
MP122/165
おぉ、MPが増えてる!!
よっしゃあ! これならいける!!
「アーラ、当たらないように気を付けてね!
……“エアリアルブラスト!”」
ふはははは! これでゴブリンどもを切り裂いてやる!!
“エアリアルブラスト”は風の刃を巻き起こし敵を切り裂く広範囲の風魔法だ。
これなら火事の心配はないよね!
発生した無数の風の刃は、狙い通りバシュバシュとゴブリンたちを切り裂いていく!
『うぉっ!? まったく、我の羽まで千切れたぞ!?』
「あはは、ごめんって」
アーラはぷんぷんと怒っていたけど、結果良ければそれでよし!
魔力さえあれば広範囲であろうと魔法のコントロールは簡単だ。
風の刃が静まった時、もう立っているゴブリンはいなかった。
「あはは、余裕余裕!」
『あれー、魔力切れであせってませんでした?』
「まあいいじゃん!」
結果良ければそれでよしってことで!
あはは、と軽く笑った時、ふと魔力の流れが変わったのを感じた。
振り返ると、あの花畑の中央の紅い蕾が光っているではないか!
「あれ……開きそう!」
もしかしたらすごい魔力とかが溢れ出てくるかも!
ゴブリンを退治したんだし、そのくらい恩恵にあやかってもいいよね!
慌てて紅い蕾の傍へと移動する。
私の目の前で、ゆっくりと蕾が開花していく。
『あっ、そのままだと――』
フェアリーちゃんが何か言っていたけど、私の耳には入らなかった。
花が開く時を今か今かと待ちわびる。
そして、その花弁の中に見えたのは……
『…………ふみゃあ』
手のひらに乗るくらいに小さな、妖精の女の子だった。
薄桃色の髪の毛に、透き通るような綺麗な羽。すごい、人形みたい……。
そういえば、新しい仲間とかなんとか言ってたっけ。
そうすると、これは新しいブルームフェアリーちゃんの誕生なのかな?
じっと見守っていると、すよすよと寝ていた女の子がごしごしと目をこする。
そして、開かれた瞳と私の視線が、ばっちりあってしまった。
『…………ママ?』
「え?」
『ママ!』
小さな妖精の女の子が羽をぱたぱたさせ蕾の中から飛び出してくる。
しかしうまく羽を動かせなかったのか途中でぽとっと落下し始めてしまった。
「危ない!」
慌てて手のひらで受け止めると、妖精の女の子は起き上がり私の方を向く。
そして、嬉しそうに笑った。
『ママ!!』
「え、いやあのママって……」
『ブルームフェアリーは、生まれて初めて見たものを親だとみなす習性があるんですぅ。その子は人間さんをママだと思ってしまったようですぅ』
ぱたぱたと飛んできた妖精が、したり顔でそう解説を始めた。
「はあぁぁ!!?」
小さな妖精がすりすりと私の手に顔を摺り寄せてくる。
うぅ、かぁいい……。でも、ママっていうのはちょっと待ってよ!
私まだ12歳の女の子なんだけど!!
『仕方ないですぅ。この子は人間さんに育ててもらうですぅ』
「いやいやいや、君たちの仲間でしょ?」
『ママと引き離したらこの子が悲しむですぅ。そんなのかわいそうですぅ』
「あのさぁ……」
文句を言おうとすると、ちょんちょんと手をつつかれた。
視線を下げると、生まれたばかりの妖精ちゃんが不安そうな顔で私の方を見ているではないか。
うぅ、そんな顔しないでよ……。
『まさか育児放棄なんてしないですよね? 人間さぁん?』
『ルチアよ、責任をもって育てるのが親としても責務だぞ』
「親って言ってもねぇ……」
生まれたばかりの妖精ちゃんはうるうるした瞳で私の方を見ている。
あぁ、そんな顔をされると……
「わかったわかった! 育てればいいんでしょ!! でも私は冒険者になるんだからずっとここにはいられないからね!」
『大丈夫ですぅ。その子もいろんな場所に行ければ喜ぶはずですぅ』
小さな妖精ちゃんは不器用に羽をぱたぱたと動かして私の目の前へと飛んできた。
……仕方ない、この子を育てるか。
そっと手を伸ばすと、妖精ちゃんはちょこんとそこに降り立つ。
「よろしくね、フェアリーちゃん」
『……そやつも、お主の従魔にしてやったらどうだ。本人はその気のようだぞ』
「え、そういうもんなの?」
妖精ちゃんは私たちの会話がわかっているのかいないのか、うんうんと大きく頷いた。
まぁ従魔が増えて困ることもないし、本人がいいなら従魔にするべきなのかな。
そうなると、名前をつけなきゃ。
「そうだね、花から生まれた妖精だから……『フルール』。今日からあなたはフルールだよ」
そう言うと、妖精ちゃん――フルールはにっこりと笑った。
『フルル!』
「ちょっと違うけど……まぁいいか」
フルールは嬉しそうに私の頭の上に飛んできた。
ママって呼ばれるのは慣れないけど……かわいいからいっかな!
「よろしくね、フルール!」
『ママ! フルル!』
私の手のひらの上で、フルールはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねていた。