3 故郷を出発します
「ほぉ、お嬢ちゃんは魔術に興味があるのかい」
「うん! いっぱい教えて欲しいな!!」
魔術師といえば偏屈な奴が多い。思い返せば前世の私も結構な性格だった気がするよ。
でも、今この町に滞在している魔術師はそれなりに友好的でコミュ力もある人だった。これは珍しい!
門前払いされたらどうしよっかなー、とか考えてたけど、私が魔法に興味があると伝えると彼は嬉しそうにいろいろなことを教えてくれた。
ふふ、ちょろいちょろい!
「意識を集中させて、頭の中で炎をイメージするんだ」
「うん」
前世では特に考えなくてもぱぱっとできたので、意識すると意外と難しいなぁ。
炎、炎……昔、氷竜と戦った時はあたり一帯を火の海にしてやったっけ。
「イメージ出来たら……呪文を唱え一気に魔力を注ぎ込み炎を作り出す!
“ファイア!”」
そう言った途端、魔術師の手の中に揺らめく炎が現れた。
炎は形を変え、輪になったりドラゴンのような形を取ったりしている。
おぉ、中々の技巧派だね!
「……とまぁ、言葉で説明するより感覚を掴むって言うのが大事だからね。ほら、やってごらん」
「はいっ!」
頭の中で炎をイメージする。
大地を焼き尽くす、灼熱の炎……
「……“ファイア!!”」
そう唱えると、私の手のひらにこぶし大ほどの小さな炎が現れた。
自分が作り出した炎なので、人間の脆弱な皮膚も焼けない安心設計だね。
……でも、ちょっとしょぼい。
「すごいじゃないか、ばっちりだよ!!」
魔術師は嬉しそうにしていたけど、私はちょっとがっかりだよ。
やっぱり、前世の魔法には遠く及ばないか……。
でも落ち込んでなんていられない。もっともっと精進しなきゃね!
「次、お願いします!」
結局その魔術師が町に滞在した数日間、私は毎日彼の所に通いました。
「この子がこんなに一生懸命になるところなんて初めて見ました……」
「彼女には才能が有ります。いっそ、王都の魔術学院への入学も考えてみてはどうですか? お母さん」
「王都の魔術学院……」
一緒に見に来ていたお母さんに、魔術師はそんな話を薦めている。
よしよし、いい感じだね。どうせ、いずれはもっと魔力を得るためにこの町を出ようと思っていたんだし。
早いなら早いに越したことはないよね!
「お母さん、私行ってみたい!」
「でもねぇ、大丈夫かしら……」
それでもお母さんは心配そうにしていた。
これはいかん、あと少し、押せば行けそうなのに……!
「そうだ、一度この杖を使ってみるかい?」
魔術師はにこにこ笑いながら私に杖を手渡した。
上質な木でできた、先端に魔石の埋め込まれたよくありそうな杖だね。
でも、その杖を手にした途端魔力の流れが変わった気がしたんだよ。
……よし、こういう時は<魔力顕現>だ!
MP68/76
おぉ、杖の補助効果かMPがすごい増えてる!
なるほど、アイテムに頼るっていうのもありか。
しかしMPが68もあれば一発ばばっと大きな魔法も使えるかもしれない。
私がすごい魔法を使ってみせれば、お母さんも説得できるかもしれないしね!
よーし、こういう時は……お母さんを説得しなきゃだめだし、あんまり危ない感じの魔法はやめておいた方がいいよね。
…………そうだ!
「“アルカンシエル!”」
大空に向かって呪文を唱える。
その途端、杖先から大きな光が溢れ、空へと伸びていく。
光はやがて……大きな虹の橋になる。
「これはっ……!」
魔術師もお母さんも驚いた様子でその虹を見ていた。
ふふん、大成功!
この“アルカンシエル”は見た通り虹を作り出す幻惑魔法の一種なんだ。戦闘ではあんまり役に立たないんだけど、見た目のインパクトは大なのだ!
確か消費MPは50くらいだっけ……。今まで教えてもらった魔法に比べたら、桁違いに高度な魔法なのは間違いないね。
そう、私は魔力さえあればこんな難しい魔法でもすいすい使いこなせるのだ!
「君っ! 今のはどうやったんだい!?」
「え、えーっと……なんか急に頭の中に浮かんできて……」
魔術師は素人の女の子がいきなり不相応な難しい魔法を使ったのに驚いたのか、慌てたように詰問してきたよ。
おぉっとあぶない。
まさか「前世の堕天使時代になんとなく作り出した魔法です」なんて言えないから、適当に誤魔化しておこう。
なんかその方が天才っぽいしね!
「お母さん、彼女は千年に一度の逸材かもしれません……!」
「そ、そうなのかしら!?」
「絶対に王都の魔術学院に行かせるべきです! 彼女は歴史に名を残す偉大な賢者へと成長するかもしれません!」
「……主人と話してみますわ」
やったああぁぁぁ!! 一番の難関、お母さんを攻略できた!
これでまた快適な魔術ライフに一歩近づいた気がするね!
しかしその日は魔術師が旅立つ日でもあったみたい。
去り際に、彼は私にこぶしほどの大きさの魔石をくれたんだ。
「君が偉大な賢者へと成長する日を楽しみにしてるよ」
「うん。ありがとう、魔術師さん!!」
大きく手を振って彼を見送り、私は魔石を持ったまま森へと向かう。
そして、できるだけ綺麗な木の枝を集めるよ。
柊、白樺、イチイ……十分に集まったところで、<クラフト>開始だ!
<クラフト>の能力を使って、たくさんの木の枝を擦りあわせ、一本の大きな棒にする。
色のむらがでないようにひたすらこねこねして、伸ばして……綺麗な棒になったら雰囲気を出すためにくるくるとねじったり、先端を丸めたりする。
そして、上部に貰った魔石を埋め込んで……
「できた! 魔法の杖!!」
私の手にぴったりフィットする、私専用の魔法の杖が出来上がりました!
手に取った感じはあの魔術師に貸してもらった杖には劣るけど、それでも魔力の底上げにはなりそうだね。
そうだ。どうせなら名前をつけよう!
「最初に作った杖だから……『はじまりの杖』だ!!」
もちろん、これで妥協する気はないよ。
もっといい材料があったら、もっと強い杖が作れるはずだもんね!
うきうきな気分で家に戻ると、そこでは家族が待ち構えていた。
「ルチア、本当に行くつもりなのか?」
「うん、お父さん! 私、もっともっと魔法を学びたいの!!」
必死に訴えると、お父さんは根負けしたように笑った。
こうして、私は王都の魔術学院を受験することが許されたのです!
「ただし、不合格だったらすぐに戻ってくるんだぞ」
「ルチアちゃ~ん、お姉ちゃん寂しいよぉ~」
季節は流れ、ついに私が王都に旅立つ時が来た。
うーん、今更魔術学園なんて行っても有益な知識は得られそうにないけど……円満にこの町を旅立てるならそれでよし!
心配だからついていくといったお姉ちゃんを制し、私は一人で生まれ故郷を旅立つことになりました。
前世の記憶を取り戻すまでの私だったら、きっと不安でいっぱいになっていただろうけど、今は期待感しかないんだ。
あぁ、待ってね愛しの魔法たち……。
すぐに魔力を取り戻して、ばばーんとド派手に魔法を使ってやるんだから!
「お嬢ちゃん、一人かい? 偉いねぇ……」
12歳の女の子の一人旅ということで、会う人は皆優しくしてくれたよ。
中には私を罠にかけようとする人もいたけど、そんなのばればれだし。
ちょっと魔法で服の裾を燃やしてやると悲鳴を上げて逃げて行ったよ。
そんな風に、私の旅は順調に進み、王都までの道のりを半分ほど来たところかな……。
とある宿場町で宿を取り、なんとなくぶらぶらしていた時だった。
ふと、不思議な魔力を感じた。
引き寄せられるようにそちらへと進んでいくと、どうやら町の脇の森の中へと続いているみたいだね。
……ちょっと迷ったけど、やっぱり気になる。
もしかしたら、私の魔力を取り戻す手がかりがあるかもしれないしね!
はじまりの杖をぎゅっと握り締め、私は森の中へと足を踏み入れた。