1 しかしMPがたりない!
「あぁ、無様だねぇ。かの『傲慢のルキフェール』といえど、このミカエル様の手に掛かればこんなものか」
目の前では無駄に綺麗な顔の男が、前髪をかき上げながら自分に酔ったように何やら喋っている。
「黙れナルシスト」と罵倒してやりたいが、全身を杭で貫かれ磔にされた状態ではまともに声も出せそうになかった。
「我が主を裏切り堕天した者の末路……皆、よく見ておきたまえ!」
まるで演劇のように芝居がかった仕草で、ミカエルは大きく両手を広げる。
すると、奴の取り巻きの天使たちは口々に「やだこわーい」とか棒読みでほざきだした。
「さぁ、皆で反逆の堕天使に捧げる鎮魂歌を……!」
「ららら、美しすぎるミカエル様の手によって~」
「るらら、裏切りの堕天使に裁きの鉄槌を~」
あぁ、なんて無駄に壮大で美味いのが腹立つコーラスだろう……!
むかむかして血圧が上がった気がする。
あ、やばい。全身に杭が刺さってて危ない状況なんだった。
あー、これはそろそろ死ぬな……。
我が死んだら皆はどう思うだろうか。
「ルキフェールがやられたようだな……」
「大天使ごときにやられるとは七大魔公のツラ汚しよ……」
とか言われるだろうか、言われるだろうな……。
ちょっと考えてブルーになってしまう。
「最後に懺悔の言葉を聞こうか。あ、私の美しさを褒め称える言葉でもいいよ」
その辺を飛び回ってポーズを決めていたミカエルが、にやにやしながらそう告げた。
懺悔の言葉か……。でも、懺悔したいことなんて特にないんだよな。
ミカエルは主に対する反逆の罪とかで我を処刑するつもりらしいが、我としては別に反逆を企てたつもりは毛頭ない。
堕天したこと自体が反逆と言われれば反逆なのかもしれないが、別に魔族を率いて神族を攻め滅ぼそうとか、そんなことは全く考えてなかったし。
堕天した理由はただ一つ。
魔術を使いたかったから。
魔術という存在に焦がれて、我は主の元を離れ堕天した。
残念ながら天使の身では種族制限で魔術が使えない。
だから堕天して、ひたすら魔術を極めまくって、いつのまにか「七大魔公」の一人になってて、今では「最強の堕天使」とか呼ばれているらしい。
しかし徹夜で研究に明け暮れてぶっ倒れたらミカエルの急襲を喰らってこのざまだ。
あぁ、万全の状態ならこんなナルシスト天使なんて片手で捻ってやれたものを……!
なーんか、理不尽だよなー。
確かに魔術を極める途中で山吹っ飛ばしたり海を蒸発させたりしちゃったこともあるけどさ……。
「……もういいのかい? 何もないなら私の美しすぎる処刑技で君を送ってあげようか」
「…………好きにするがいい」
……心残りが、ないわけじゃないけど。
「さらばだ傲慢なる堕天使よ!
“レリジャス・ジャッジメント!!”」
無数の光の槍が飛来するのを眺めながら、思うのはただ愛しの魔術のことだけだった。
もうちょっとで、“メテオレイン”の上位魔法が編み出せたんだけどなー。
星を降らせる魔法って、
やっぱりロマンがあ――――
◇◇◇
「あーーーーー!!!」
いきなり叫んで立ち上がった私に、広場に集まっていた人たちはびくっと肩をすくませ奇異の目を向けてきた。
でも、叫ばずにはいられない。
だって、前世の記憶(とあとできれば思い出したくない死に様)を一気に思い出しちゃったんだから!!
「ど、どうしたのルチアちゃん! そんなに魔法にびっくりしたの!?」
お姉ちゃんに声を掛けられ、はっと我に返る。
目の前では、旅の魔術師がいきなり奇声を上げて立ち上がった私にぽかんとした表情を浮かべていた。
その手のひらの上では魔術で作り出した炎が揺らめいている。
そうだ、魔法、愛しの魔術……!
なんで、今まで忘れていたんだろう。
そうだ、こんなド田舎では魔法や魔術師に接する機会なんてなかったからだ!
「ごめんお姉ちゃん! ちょっと出かけてくる!」
「ルチアちゃん!?」
背後からはお姉ちゃんの慌てたような声が聞こえたけど、振り返ることなくひらすら走る。
そして村を抜け人気のない草原にたどり着いた頃……大空に向かって思いっきり叫ぶよ!
「人間に生まれてよかったー!!」
堕天使だったルキフェールは殺された。
そして、生まれ変わったんだ! 人間に!!
これでまた天使とか魔術の使えない種族に転生していたら大変だった。
でも、人間は万能種族。魔法だって使えるんだ……!
「魔術サイッコー! いやっほーい!!」
嬉しすぎてごろごろ草原転がっちゃう!
空にも手を伸ばしちゃう!!
そうだ、思い出したお祝いにぱぱーっと派手な魔法でも使ってやろうかな!!
「“メテオレイン!”」
星よ降りそそげ!……と意識を集中させたけど、いつまでたっても青空はうんともすんとも言わなかった。
…………そうだ。こんなところに星が降り注いだら大変なことになる。
だから無意識のうちに魔術の発動を止めていたんだね。
そうだ、そうに違いない……!
「“デス・クリムゾン!”」
全てを焼き尽くす業炎の刃……も発動しなかった。
この時点で、嫌な可能性に思い当たってしまう。
いやまて、まだ慌てる時間じゃない……!
「“ヘルフレイム!”」
「……“フレアバースト!”」
「…………“インフェルノ!”」
詠唱の声がむなしく草原に消えていく。
え、待って。だってそんなはずは……
「“ファイア!”」
やけくそに放った超初級魔法。
その呪文を唱えた途端、手からぽふっと小さな火が空に向かって飛び出し、すぐに消えてしまう。
……やっぱり、そうなんだ。
「うわあああぁぁぁぁ!!」
私は前世の記憶を思い出した。
大地を焼き尽くす魔法も、洪水を起こす魔法も、幾千もの魔法の知識がこの頭の中にはある。
でも……圧倒的に魔力が足りない!!
少女ルチアは平凡な人間です。
平凡な人間の、それも12歳の少女の魔力なんてたかがしれているんだ!
魔力不足では強力な呪文は発動できない。
さっき試した感じだと、この体で扱える魔法は超初級魔法だけ!!
「そんなのってないよぉぉぉ!!」
せっかく魔法が使える種族に生まれ変わったのに。なんの罰ゲームなのこれ!!
人間は万能種族……といえば聞こえはいいけど、その実器用貧乏種族なんだよね。
だいたいなんでもできるけど、その素質は平凡だ。
そうだ、そんな種族だった人間って!
「あぁー、魔法! もっと魔法使いたい!!」
あんなちっちゃい炎じゃ全然満足できない!
もっと夜空を彩るような炎が、全てを巻き上げるような旋風が足りない!!
やりかたは覚えてるのに! 体がついていかない!!
「……そうだ、魔力の底上げをすれば」
そこで私は天才すぎる閃きを発動してしまった。
何も人の持つ魔力量は生まれつきですべてが決まっているわけじゃない。経験を積んで強くなればそれだけ魔力も増えるし、世の中には魔力の底上げを行う技法もいくつか存在したはずだ。
うーん、なんだっけ……。堕天使だったころは魔力は使いきれないほど十分にあったからそんなの意識したことすらなかった。
でも、方法がないわけじゃないんだ……!
「よし、やれる!!」
こんなところで諦めたりなんかしない。
絶対に、もう一度魔術を極めてやる……!
私を探す姉の声を遠くに聞きながら、生まれ変わった私はそう決意した。