夢旅6
つぎの日の夕方モーヤン、キーチャン、ほんでサッチンの3人が串カツを囲んで賑やかに剣菱を飲んでおります。
サッチン 「せやけど、ほんまにおもろいよな、瞬間移動。なんや変な感じやったわ。頭ん中は今のまんまやのに、カラダが高校ん時のんやったもんな。あの水着には参ったけどな。グビ、グビ、グビッ」
キーチャン「ほんまやで。まさかおれも海パンで出て来るとは思えへんかったからな。グビ、グビ、グビッ」
モーヤン 「タケサン、遅いな。まじで腰抜かしとったからなぁ。大丈夫かなぁ」
キーチャン「心配すな、絶対来よる。今頃、京阪電車ん中で挙動不審なっとるで。いきなりおいら出て来るんちゃうか思て、キョロキョロしとるわ。クククっ、目ぇ真っ赤に腫らしてな」
サッチン 「あっ、来た、来た。タケサンや」
ガラガラと串カツ屋の戸が開いたんで3人がそっちのほうを見ますと、案の定目ぇ真っ赤に腫らしてくたびれた様子のタケサンが入ってまいりました。ほんで、その後ろからついて来たんが、やはり幼なじみでちっちゃい時からボンサン、ボンサンて呼ばれてた住職のせがれですわ。
モーヤン 「ボ、ボンサン」
キーチャン「あ〜ぁ、みな口軽いやっちゃなあ」
サッチン 「誰にも言うたらあかんて言うたのになぁ」
モーヤン 「なんで、こんな事なったんやろ」
キーチャン「さぁな」
タケサン 「よ、よぉ」
キーチャン「タケサン、そない怖がらんでもええがな。ほんで、なんでボンサン連れて来てん?」
ボンサン 「なんやねん、きみら。おれが来たらあかんのか。えらいおもろい話があるから絶対来いて、こいつに言われたんや」
サッチン 「まあまあ、ふたりとも座りぃや」
キーチャン「タケサンが呼んだんやったら、しゃあない。なあ、モーヤン」
モーヤン 「トホホやで、ほんま。グビ、グビ、グビッ」
サッチン 「せやけど、ボンサンもひさしぶりやなぁ。あんた仏教系の大学行ったんやったっけ?」
タケサン 「ちゃうちゃう。ボ、ボンサン、ぶ、物理とか量子力学とか、べ、勉強しとんねん。な、な。せやから呼んだんや」
キーチャン「タケサン、落ち着け、落ち着け。まあ、とりあえず乾杯しょ、乾杯。おねえちゃん、剣菱追加や」
モーヤン 「なにが乾杯やねんな、ほんま」
サッチン 「ほれ、モーヤン。はい、カンパァ~イ!」
キーチャン「で、なんでリョーシリキガクとか勉強してんねん?」
ボンサン 「天文とか宇宙とかておもろそうやったから、そっち行こう思てたら、知らん間に量子力学になっとったんや」
サッチン 「ふぅ~ん、なんでまた宇宙とかの勉強すんの? あんた坊さん(ぼんさん)なるん決まってるんやろ」
ボンサン 「そうや、坊さんなるよ。なんで宇宙とかがおもろいと思たんかっちゅうとやな、仏教が言うてる輪廻転生とか無常とか、まあ、ほかの宗教もおんなしようなこと言うてるんやけど、こんなもん、おいらが居てる宇宙の仕組みと一緒やねん、きみら。星にも一生があってやな、最後はチリになるんや。ほんでそのチリがまた集まってまったくちゃう星が生まれるんや。おいらかて、星のチリでできてんねん。星のまわりはだだっぴろい、さみしい空間や。星かて、きみらかて、ひとりぼっちや。これからの宗教もやな、今の時代に合うた科学的で」
キーチャン「わかった、わかった。よう、わかった。ボンサン」
モーヤン 「おれは、ようわからへんけど、なんかええ坊さんなりそうやな。ボンサン」
ボンサン 「えらい、おおきに。グビ、グビ、グビッ。で、おもろい話て、なんやねん?」
タケサン 「瞬間移動て知ってるやろ、ボンサン」
キーチャン「言うとくけど10円玉が右手から左手行くやつちゃうで」
サッチン 「ひとがシュッて、瞬間移動するやつ」
ボンサン 「あれか、スタートレックみたいに」
キーチャン「せや、転送するやっちゃ。せやけど、その話は終わってんねん。頭ええから、もうわかるやろ。瞬間移動」
タケサン 「ボンサン、すごいぞ。モーヤンな、その瞬間移動できんねん」
モーヤン 「やっぱし、始まるんや。もうええわ、どうでもええわ、ほんま。おれも宇宙のチリになって」
ボンサン 「なんの話しとんねん? きみら」
もう、おわかりやと思いますが。こんどはタケサンがボンサンにモーヤンの瞬間移動の話をするわけですが、これがどえらいSF超大作のような話になっとるんですな。まだモーヤンがちっちゃいときや。夜寝てからや。ギューンいうて、瞬間移動したか思たら、シュッと出て来て、バァーン登場や。なんやギューンとかバァーンばっかしでようわかりまへんのやけど、まあ、言いたいことはなんとのうわかります。ほんで話は進んで瞬間移動がなんで夢やなかったかっちゅう話になったとき、サッチンがその話はせんといてっちゅうのもかまわんと、タケサン喋りまくっておるんですが、それがまた、ちょっとした恋愛もんのストーリー仕立てになっております。モーヤン、好いとったんや、サッチンのこと。せやけど、かなわぬ恋や。悲しいかな、モーヤン。せめて、いっぺんだけでも口づけをと。穏やかな寝顔のサッチンにやな、ソォーっと。ブチュ。これがモーヤンのチュー事件や。
もう、そん時はサッチンもモーヤンも、やめてぇー言うて耳ふさいでます。キーチャンだけはおもろそうにそういう話し方もあるかと感心しとります。目ぇに涙ためて腹抱えながら、剣菱かたむけながらですわ。ところがボンサンは開いた口がふさがらんわってな具合。
タケサン 「おれかて信じられるかいな、そんなもん。せやけど、これがほんまやったんや。ゆうべ、ここで飲んで帰った晩や。うちで寝とったら、いきなりガラガラガッシャンや。なに? うちが汚すぎる? そんなんどうでもええねん、おれかて誰かうち来るっちゅう時はちゃんと掃除するがな。え、まさか、ほんまに来るぅ思えへんがな。いつもあないとはちゃうわい。なんやったっけ? せや、ガラガラガッシャンのあと、こいつらがおったんや。それがやで、みな水着着とんねん。せやから言うたがな、写真のカッコで出て来るて。そや、腰抜かしたがな、ガクガクやで、ほんま」
ボンサン 「非論理的やな」
タケサン 「おっ、ミスター・スポックの名台詞。それがや、非論理的かも知れんけど、現実に起こったんや」
ボンサン 「それが、ほんまやったら、ノーベル物理学賞もんやぞ」
サッチン 「さすがボンサンや、かしこいな。物理学賞って、こまかい部門まで出て来たで」
ボンサン 「あんな、きみら。瞬間移動、瞬間移動言うけど、テレポーテーションっちゅうてやな。きみらが言うてるんは基本的にSFとかの話や。ただ量子テレポーテーションっちゅうて、量子のもつれ関係にあるイー・ピー・アール・ペアっちゅう粒子のあいだでやな」
キーチャン「わかった、わかった。みなまで言うな。ボンサン。今晩見したる」
ボンサン 「なんも、わかってへんやろ、きみら」
タケサン 「おれも連れてってくれるよな」
キーチャン「かまへん、かまへん」
サッチン 「当たり前だのクラッカーやん」
モーヤン 「あ〜ぁ、どえらいことなってきたで、ほんま」
ボンサン 「なに、なに、きみら、テレポーテーションしてうち来るつもりなん? 『小柴先生のニュートリノ』もぶっ飛ぶがな、ハハハッ」
キーチャン「なんやねん、その『小芝居せんでもニュートラル』て?」
ボンサン 「ほんまもんのアホやろ、きみら」
キーチャン「ボンサン、偉そうに言うてられんのも、今だけじゃ。おいらが写ってる写真、枕元置いておやすみ」
ボンサン 「夢見悪いわ」
それからですが。タケサンがまたもともとSF好きなもんですから、いろいろ宇宙のことボンサンにたんね始めたんですが、中途半端なSFの知識でっさかいピントがズレております。それにボンサンが丁寧に答えてありがたい宇宙の講話をしてくれておるんですが、モーヤンにキーチャン、サッチンはと言いますと星とか宇宙とか全然興味あらしまへんので、串カツ食いながらアホな話してます。あんな、ようしつけたある犬の目の前に御馳走置いといて「よし」っちゅうて、犬が食べようとしたら「待て」って止める。ほんで、また「よし」っちゅうて「待て」で止める。これ何回くらいやったら、犬怒るぅ思う? せやなぁ、30回はもてへんよなぁ。ようしつけたあるんやろ、もうちょい我慢しよるで。あかん、あかん、絶対無理や。10回くらいで、われ、なめとんか! いつまでもおとなしぃしてへんど! どないせぇっちゅうねん! おいどから手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしたろか!ってぶちぎれるで。せやろか? ほな、20センチくらいのクジラおったらどないする? かいらしなぁ、そんなちっちゃいクジラおったら欲しぃわぁ。どないすんねん? 一緒にお風呂とか入ったら、ええやん。ピューってときどき潮吹くねんで。それやったら湯船、海水張らなあかんがな。せやな、子供用のビニールプールにしょうか。なついたりするんかな? 頭ええんやろ、クジラ。ほんまアホな話ばっかりですわ。
キーチャン「そろそろ帰ろか」
ボンサン 「もぉ、こんな時間かいな、帰ろ、帰ろ」
キーチャン「ほな、今晩おじゃましますよってに、ボンサン」
ボンサン 「まだ、そんなこと言うてんのか、きみら」
さて、モーヤンのうちですが。やはりモーヤンのおかあはんがいてはります。あれ、あれ、あれ。今晩もかいな。タケサンもやないの。いや、おばちゃんとこはええよ。かめへんよ、みな泊まっても。なんや、みながちっちゃいとき思い出すなぁ。よう遊び来てたもんなぁ。タケサンなんか宇宙船のプラモデル持って来て、おはちゃんの目の前でギュ〜〜〜ン、ピュッ、ピュッ、バァーーーン言うて遊んでたん覚えてるか? せやけど、うまいか、もうあんまりなかったんちゃうかなぁ。サッチン、用意しといたげるから、あんたいちばん入り、お風呂。すぐ沸くさかい、な。気持ちええで、誰も入ってへんから、な。そうしぃ。
タケサン 「しかし、かなんなぁ。モーヤンのおかあはんには。ギュ~~~ン、ピュッ、ピュッ、バァーーーンて、もう子供やないっちゅうねん」
キーチャン「おまえ、さっきかて言うてたがな。ギュ~~~ン、ピュッ、ピュッ、バァーーーンて」
タケサン 「嘘や」
サッチン 「嘘ちゃうで。ああ、せやど、また、あれ着なあかんのか。もう笑わんといてや」
ところが、サッチンの風呂上がり、やっぱし大笑いなりました。ゆうべのんとはちゃうんですが、おんなしような毛玉だらけの紫色のスウェットの寝間着着てたんですな。しかも、ちょうど胸んところに英語でゴージャスとか書いたあります。
キーチャン「あかん、腹痛い!」
タケサン 「なにが、ゴージャスやねん!」
モーヤン 「ご、ごめんな、サッチン。ヒヒヒっ」
キーチャン「タケサン、ほんでやで、サッチン、誰のパンツ履いてる思う? あかん、ほんま腹痛い」
サッチン 「モーヤンのおかあはんのでっかいパンツや。それがどないしてん! すけべぇ!」
キーチャン「あかん、死ぬぅ!」
さんざん腹抱えて笑たあと、キーチャンはモーヤンと一緒に風呂入って湯船から引っぱり出す役がありますんで、ふたりして先に浴びます。そのあとタケサンが風呂上がりにまたビールとうまいかを持って上がってきました。もう布団も敷いてありまして、うまいかつまみながら、どないやって寝るかっちゅう話になりました。
モーヤン 「もう、両手ふさがってるで。右手がキーチャンで、左手がサッチンや」
キーチャン「まだ、足あるがな」
サッチン 「そうやん、タケサンがモーヤンの足握ってたらええんや」
タケサン 「なに、おれ、モーヤンの足握って寝るん?」
キーチャン「せや、タケサン、手ぇ貸してみ。モーヤン、足、足や」
ちょうどその頃ボンサンはと言いますと、酒飲んで帰って来たっちゅうのに夜遅うまで一生懸命勉強机にむかっております。なんや背中のほうに妙な気配を感じて振り返りますがなんもおまへん、と思いましたが、よう見たら本棚にある中学ん時の卒業アルバムからなんやひとがたのペラペラの紙みたいなんが垂れ下がっております。それがあっちゅう間にシュッと出て来たか思たら、プーッて膨れてきよりました。
キーチャン「うわぁ! びっくりするがな。ボンサン、起きてたんか?」
モーヤン 「えらいな、勉強してたんか?」
サッチン 「中学ん時のセーラー服や。よかったぁ」
タケサン 「わ、わ、わぁ! ほんまや、ほんまにギューンて瞬間移動でけた!」
ボンサン 「き、きみら。きみら、ほんまに来たんか、瞬間移動で」
キーチャン「せや。せやけど、あんましびっくりせぇへんな、ボンサン。もうちょっと、こう、なんか大袈裟にやってもらわんと。なんか拍子抜けやなぁ」
モーヤン 「みな、オバケやとか、ドロボーやとか大騒ぎしてんけどな」
タケサン 「しかし、ムワァーと暑いのぅ、ボンサン。クーラーとかないんか、この部屋。こっちは詰め襟着とんねん」
サッチン 「中学ん時のセーラー服て、かいらし思えへん? なあ」
キーチャン「知るかぁ」
モーヤン 「うん、かいらし思うで、サッチン。よう似おてるわ」
サッチン 「なあ、せやんなぁ」
キーチャン「おまえら、ほんまはお似合いやろ」
ボンサン 「時空がいがんでるんか? ワームホールがほんまにあるっちゅうんか? ちゃう。こいつら中学の卒業アルバムから出て来て、中学ん時のカッコに変わって瞬間移動して来とる。しかも話によるとモーヤンが意識した場所にや。あかん、わからん。そんなんできるわけあらへん」
キーチャン「やっぱし、ちょっとはショックみたいやな。ボンサン、理屈はええねん。ご覧のとおりや。考えてもしゃあない」
ボンサン 「これがどういうこっちゃ、わかってんのか、きみら。ノーベル物理学賞や、ノーベル物理学賞」
モーヤン 「まさか、なんか学会とかで発表しょ思てんちゃうよな? あかんで、いややで、おれ。ボンサン」
ボンサン 「きみら、また瞬間移動でこっから帰れるんやろ。そうか、今日は帰り。もぉっぺん見してくれ。ほんで明日、あっこの串カツ屋で集まろ。ちょっと考えるわ。なにをて? わからんけど、これは考えなあかん。ええから、帰るとこ見してくれ。え、とにかく明日や、明日。発表? せえへん、せえへん。すぐには。わかった、わかった。約束する。指切りげんまんでもなんでもしたる。針千本飲んだる。せやから明日な、明日」
モーヤン 「ほな、帰ろか。ほれ、みなさん手ぇ。ほなな、ボンサン」
あっちゅう間にモーヤンを先頭にみながアルバムに吸い込まれていきよりました。
ボンサン 「おれは見た。見たで。間違いあらへん。あいつらほんまに瞬間移動しやがった」