夢旅4
つぎの日の夕方、バイト帰りのモーヤンとキーチャンがいつもの串カツ屋に向かって歩いております。
モーヤン 「サッチン、来てるかな?」
キーチャン「絶対来てるな。たぶん目ぇ真っ赤に腫らして待っとるで。クククっ」
モーヤン 「せやろか?」
キーチャン「当たり前だのクラッカーやろ」
モーヤン 「サッチン、全然信じてへんかったけど、ビビったやろな。おいら消えたとき」
キーチャン「誰かて、腰抜かすわ。あんなもん見たら」
その頃串カツ屋ではサッチンが入口にいちばん近いテーブル席にひとりポツンと座っております。注文したウーロン茶には口も付けんと、じぃっと入口の戸が開くの見てるんですな。案の定目ぇ真っ赤に腫らしております。そこへ威勢よう入って来たんが、モーヤンとキーチャンですわ。
キーチャン「よう、サッチンやないか。えらいはよ来たんやな、待たしたか? すまん、すまん。バイト先の主任に頼まれて、ちょっと遅なったんや。なんやえらい頼りにされてるからな、おいら。なあ、モーヤン。ほかの奴らより仕事できるやろ、ほんでいろいろ頼まれんねん。おい、サッチン。なんや具合悪そうやないか。目ぇかて真っ赤やぞ。ゆうべちゃんと寝たんか? ちゃんと寝とかなあかんで、お肌に悪いがな。クククっ」
サッチン 「あんたら」
キーチャン「なんですぅ? クククっ」
サッチン 「あんたら」
モーヤン 「あんな、サッチン」
サッチン 「あんたら。あんたら、ゆうべ、うっとこ来たよな?」
キーチャン「そうや。覚えてるやろ? クククっ」
モーヤン 「あんな、サッチン」
サッチン 「あんたら、うっとこ来て、ほんで、帰ったよな?」
キーチャン「シュッとな。おねえちゃん、剣菱な」
サッチン 「うちも剣菱ちょうだい」
モーヤン 「あと、串カツもな」
サッチン 「やっぱり、ほんまなんや」
キーチャン「なにがですぅ? クククっ」
サッチン 「あんたら、ほんまに瞬間移動でうっとこのアルバムの写真からシュッて出て来て、シュッて帰ったんや」
モーヤン 「あんな、サッチン。そういうことやねん」
サッチン 「飲まな、やってられへん。グビ、グビ、グビッ」
モーヤン 「あかん、あかん。そない一気に飲んだら、サッチン。あっ、あれ、タケサン!」
ちょうど、そん時串カツ屋の戸が開いて入って来たんが、やはり近所の幼なじみで中学まで一緒やったタケサンっちゅうオタクっぽい奴です。
サッチン 「タケサン、はよ、おいで。ここ座りぃ」
キーチャン「もしかして、おまえ、呼んだんか? タケサン」
モーヤン 「わっちゃぁ。サッチン、誰にも言うたらあかんて言うたのに」
サッチン 「タケサンやったら、大丈夫やん」
モーヤン 「あかん。おれ、もう絶対、おしまいや」
タケサン 「おしまいて、なんや、今来たとこやないか。おしまいやなんて言うなよ。ひさびさやなぁ、みな元気しとった?」
キーチャン「モーヤンは、そうでもなさそやな。見てみぃ」
タケサン 「なにガックリしてんねんな? モーヤン」
サッチン 「タケサン、瞬間移動て知ってるやろ」
キーチャン「あ〜ぁ、さっそく言うてもうたで、モーヤン。あんだけ誰にも言うな言うたのにな」
モーヤン 「よう言うわ」
タケサン 「なんやねん、おまえら、いきなり。おれも剣菱もらおかな。おねえちゃん、ここ剣菱な。瞬間移動て、あれか。右手に握った10円玉がシュッと左手ぇ行くやつか?」
キーチャン「おまえ、ほんませこいな。きょうび、じゃり相手の手品でも100円玉か500円玉やろ」
サッチン 「キーチャン、黙っとき。ちゃうちゃう、人間が瞬間移動するやつやん」
タケサン 「なんや、それ。スタートレックの転送みたいなやつか?」
サッチン 「そうや! それやん」
モーヤン 「もう泣きそぉなってきたで、ほんま。サッチン、そのへんにしとこ」
サッチン 「誰にも言うたらあかんで、タケサン。この子な、モーヤン、瞬間移動できんねん」
モーヤン 「あ〜ぁ」
タケサン 「んなアホな」
キーチャン「そんなアホなことがあんねん」
タケサン 「あれはSFの世界の話やがな。テレポーテーションちゅうて、人間とか10円玉を機械でなんや分子レベルとかで分解したやつを転送ビームとかでどっか好きなとこ送って、そこでまたもとどおりにするっちゅうやっちゃ。そんなもんできるわけないがな。そんなもん発明したら、ノーベル賞もんやで。グビ、グビ、グビッ」
サッチン 「さすがSF大好きのタケサンやな。せやけど、そんなもん発明せんでもええねん。機械とかいらんねん。モーヤンができるねん。瞬間移動」
キーチャン「タケサン、そやねん。モーヤン、できんねん。瞬間移動。グビ、グビ、グビッ」
タケサン 「おまえらアホか。モーヤン、こいつら、どないなっとんねん?」
モーヤン 「どないかなっとんねん、こいつら。グビ、グビ、グビッ」
サッチン 「そや、キーチャン。あんた、モーヤンとどないやって一緒にうち来たん?」
キーチャン「ん、モーヤンと手ぇ繋いで寝たんや」
サッチン 「手ぇ繋いで寝ただけなん? モーヤン、今晩あんたのうち泊めて。キーチャンも来るやろ。タケサン、あんた今、京都の大学やったっけ? ひとりで部屋借りてんの? そらええわ。はいはい、京都がええのはわかった。知ってます。今晩あんたの部屋、うちら3人で瞬間移動で遊びに行くわ。ほんまやて。京阪電車なんか乗れへんて、瞬間移動なんやから。せや、中学の卒業アルバムとかうちらが写ってる写真あるよな? 京都の部屋に。写真ないとあかんねん」
タケサン 「ちょぉ、待て、待て。おまえらなんの話してんねん」
サッチン 「最初はな、モーヤンも、夢や思てたらしいねんやわ」
モーヤン 「あ〜ぁ、サッチン。そっから話すん?」
キーチャン「タケサン、このお話ちょっと長なりますんで、串カツ盛り合わせでも頼んどきまひょか? おねえちゃん、ここ串カツ盛り合わせな。ほんで剣菱じゃんじゃん持ってきて」
サッチン 「あんな、モーヤンな、ちっちゃい頃から無意識に瞬間移動やっててんて」
さあ、それからですわ。こんどはサッチンがキーチャンに聞かされた話をやりだしたんですな。モーヤンがちっちゃい頃から無意識に瞬間移動してたこと、夜寝てからやないと瞬間移動ができへんこと、行き先にモーヤンの写真がないとあかんこと、端っこでもモーヤンが写ってる写真さえあったら、世界中どこでも行けること、これまたひとりで喋っております。ほんでいよいよ瞬間移動が夢やのうて、ほんまに起こったことやとわかる話にさしかかったときです。サッチンがハッとして隣のモーヤンを見よりました。そのモーヤンはと言いますと、さっきからなんや落ち着かん様子でちいそうなってモジモジしながら横目でサッチンのほうをチラチラのぞき見るようなことしておりましたが、ついに来たかってな具合でガックリ肩落としてます。
サッチン 「モーヤン、あんた、ほんまにうち来て、チューしたんや。うちに。春休み、高校入る前」
モーヤン 「う、うん。まあ、せやな」
サッチン 「最悪!」
キーチャン「せやから、前に言うたがな。おれが」
タケサン 「なんやねん、なんやねん」
キーチャン「サッチンのチュー事件や」
モーヤン 「おれかて、最悪や。死にたいわ、ほんま」
タケサン 「なんや、なんや。全然訳わからんがな、おまえら。なにか、あれか、モーヤンは夜寝る前に誰かのこと考えたら、さっき言うてたサッチンやったら、サッチンとこに瞬間移動できるっちゅうんか?」
サッチン 「うちの話はせんといて! あんた、こういうの詳しいやん。大発見や思えへん?」
タケサン 「んなアホなことあるかい。おれかて、もうSF大好き少年ちゃうぞ。瞬間移動なんかできるわけないやろ。おちょくってんか」
サッチン 「おちょくってへんやん。せやから、今晩、瞬間移動であんたとこ行く言うてるねん」
タケサン 「夜中にいきなり3人来ても、うち泊められへんぞ。狭いからな」
キーチャン「ご心配いりまへん。シュッて行って、シュッて帰りますんで」
モーヤン 「なあ、ほんまに行くの? 今晩」
キーチャン「当たり前だの」
サッチン 「クラッカーや」
タケサン 「なんじゃ、それ」
瞬間移動なんかできるかいな、できるんやっちゅう具合に平行線の話が進んでおりましたが、ひさびさに集まった4人が酒飲んでおりますんで、いつの間にか小学校やら中学校ん時の昔話に花が咲いております。モーヤンが遠足のバスん中でうんこサンちびってから、しばらくうんこサンて呼ばれてた話やら、公園で遊んでたキーチャンが大きな口開けてアクビしたか思たら、そこへハトが見事に糞を落として飛んでった話やら、このふたりの笑える話には事欠きません。近くにおったお客さんまで巻き込んでゲラゲラ笑いながら盛り上がっておりましたが。もうええ時間やし、そろそろ帰ろかっちゅうことになりました。今日はおもろかったなあと居酒屋を出た4人ですが、タケサンだけは京阪電車に乗るんで北へ、モーヤンら3人は連れ立って南の方へ別れます。ほな、今晩遊びに行きますよってにっちゅうキーチャンに、タケサンがほんまに夜中うち来ても寝るとこないからなってなこと言うております。もうこん時にはタケサンも酔うてまして瞬間移動の話もちょっと酔狂なおもろい話くらいにしか思とりませんので、全然本気にしておりませんねんな。
サッチン 「あの子、全然信じてへんな。フフッ」
キーチャン「まあ、普通誰も信じへんわな。こんな話」
モーヤン 「ほんまに行く気なんや。ふたりとも。なんや今日はえらいおもろなった思てたのに、なんか酔い醒めるなぁ」
キーチャン「そうか? おれはますますおもろなって来たで。なあ、サッチン」
サッチン 「うちもなんやドキドキして来たわ。モーヤン、タケサン、ビビらしたろ」
モーヤン 「サッチンまで、調子乗り過ぎやで。そんな子やったっけ」