夢旅3
さて、その晩、キーチャンはモーヤンのうちに泊まらしてもらうことなりました。久しぶりにモーヤンのうちに行くとモーヤンのおかあはんが出て来て、いやあ、キーチャン大きなったなぁ、あんじょうしてるか。うちの子はこんなんやろ、大学生なってもグズグズしててなぁ、キーチャンみたいにもうちょいしっかりしてほしんやけどなぁ、きょうは泊まるんか? ええよ、ええよ。たまには遊びおいでぇや。ちっちゃい頃に遊びに来たときとおんなしようなこと言われてます。キーチャンは頭掻きながら、えらいご無沙汰してます。おばちゃんも全然変わりまへんなぁとか言いながら、スタスタ2階上がってくモーヤンについて行きます。その後から、よう言うわ、キーチャン。おばちゃんもえらい歳とったがな、いややわぁ、ハハハっちゅう声だけが聞こえます。
キーチャン「しかし、おまえとこのおかあはんも、ほんま全然変わらんなぁ」
それまで、むっつり黙り込んでたモーヤンが2階の部屋入って、電気点けて、鍵閉めたかと思うと、いきなりヘナヘナなって。
モーヤン 「キーチャン、やっぱりあかんて。どないやって、ふたりで瞬間移動すんねん? 大体やで、なんでサッチンなんか呼んだんよ」
キーチャン「まあ、おまえが誰にも言うなっちゅうて、おれがサッチン呼んだんは、ちょっとは悪いと思うけど、最初はおまえやぞ。あんな気色悪いこと、おれだけに言うからや」
モーヤン 「あ〜ぁ、言うんやなかったなぁ」
キーチャン「もう、遅い」
モーヤン 「せやけど、どないやって、ふたりで瞬間移動するつもりやねん?」
キーチャン「ふたり、くっついとったら、いけるんちゃうか」
モーヤン 「く、くっつくて、どないすんねん?」
キーチャン「アホか、おまえ、なに考えとんねん。手ぇ繋ぐとか、そういうことや」
モーヤン 「キーチャンと手ぇ繋いで寝るんか?」
キーチャン「そういうこっちゃ。おれの写真はサッチンとこにもある。これは間違いない」
モーヤン 「おれがサッチンのこと考えながら、キーチャンと手ぇ繋いで寝るっちゅうんか?」
キーチャン「せや」
モーヤン 「無理や、無理。大体やで、手ぇ繋いで寝ても、すぐ離してしまうがな」
キーチャン「タオルかなんかで、ちゃんと結わえとったら、ええやんけ」
モーヤン 「キーチャンとタオルで手ぇ離れんように結わえて、サッチンのこと考えて寝るの?」
キーチャン「せや」
モーヤン 「なんや、気色悪いなぁ」
キーチャン「おれかて、気色悪いわ!」
モーヤン 「それで、うまいこといくと思うか?」
キーチャン「わからんけど、やってみな、わからんがな」
モーヤン 「どないなっても、知らんで」
キーチャン「どないかなるんやさかい、心配すな。はよ寝よか」
モーヤン 「さき、風呂入らへんの?」
キーチャン「風呂?」
モーヤン 「バイトで、えらい汗かいたし」
キーチャン「せやな」
モーヤン 「ほな、風呂入ろか」
キーチャン「おまえ、さき入って来いよ」
モーヤン 「一緒に入ったらええやん。ふたりくらいやったら、入れるで。うち」
キーチャン「気色悪いこと言うな。一緒に風呂入ったあと、手ぇ繋いで寝なあかんねんぞ」
モーヤン 「なに考えてんねんなぁ、キィ〜チャン」
キーチャン「なんも考えてるかぁ、アホ。甘ったるい声出すな!」
モーヤン 「そない言うたかて、間違いが起こらんとも限らんでぇ」
キーチャン「起こるわけないやろ! ボケ!」
モーヤン 「冗談やがな、キーチャン。ヒヒヒっ、ほな、どっちさき入る?」
キーチャン「どっちでもええがな。おまえさき浴びて来いよ」
モーヤン 「うん。ほな、おさき」
キーチャン「アホか、おまえのうちや。遠慮すな」
そんなことで、さきに風呂浴びに行ったモーヤンですが、小1時間もしてから、やっと2階に上がって来ました。
キーチャン「おまえ、風呂ながいなぁ。ずっと入ってたんか?」
モーヤン 「そうや」
キーチャン「どこ、そない洗うとこあんねん」
モーヤン 「ゆっくり漬かってたんや」
キーチャン「オンナみたいなやっちゃな、ほなちょっと浴びて来るわ」
モーヤン 「タオルとか、洗面所のとこ置いたあるから。パンツとかも、おれのんやけど、出しといたから」
キーチャン「えらい、おおきに」
キーチャンはと言いますと、これがまた烏の行水みたいなもんで10分もしたか思たら、もう2階に上がって来よりました。
モーヤン 「えらい、はやいな。キーチャン。ちゃんと洗てきたんか?」
キーチャン「ちゃんと洗たわ。おまえみたいに、今日はしんどかったなとか、明日も頑張ろとか、ゆっくり湯船漬かって今日1日の反省するよな人間ちゃうからな、おれは。これ、下のおかあはんが、風呂上がりに飲み言うて」
モーヤン 「ビールかいな。ちょっと飲むか?」
キーチャン「せっかくやからな。うまいかもあるしな」
モーヤン 「うまいかって、ほんま、うまいよな。なんでやろな、こんなもん。たぶんちっちゃい頃におやつで覚えさせられたからやな。よう考えたら、たいしたことないで。こんなもん」
キーチャン「せやけど、うまいんやなぁ、これが。メチャメチャうまいっちゅうんやないけど、なんでか好きやねんなぁ。ちっちゃい頃はおやつやったけど、今はおつまみになってしもたなぁ。これがまたビールに」
モーヤン 「キーチャン、どっち側寝る? 右側? 左側?」
キーチャン「なんやねん、いきなり」
モーヤン 「そろそろ、ふとん敷いとこかな思て」
キーチャン「どっちでもええやんけ、右でも左でも。」
モーヤン 「一応、確認しとこかな思て」
キーチャン「どっちか選べ言われたら、右側かな」
モーヤン 「ふ〜ん」
キーチャン「なんやねん、その、ふ〜んは?」
モーヤン 「別に」
さて、お客さん用のふとんも並べて2組敷いた上でしばらくうまいかをつまみながらビールを飲んでおったモーヤンとキーチャンですが、そろそろ寝よかっちゅうことになりました。なんやアホらいしなと思いながらも、キーチャンが左手でモーヤンの右手を握りますと、肩にかけてた風呂上がりのタオルで縛り始めました。
モーヤン 「せやけど、こんなんで、うまいこといくんかな?」
キーチャン「おまえも手伝え。片手ふさがってんねんから、うまいこと結ばれへんがな、ひとりで」
モーヤン 「すまん。これでええか」
キーチャン「よっしゃ、これで、ほどけへんやろ。ちょっと、いごかしてみ」
モーヤン 「大丈夫やな。カチカチや」
キーチャン「ほな、はよ、寝よか」
モーヤン 「うん、おやすみ」
キーチャン「おい、モーヤン。電気消せよ」
モーヤン 「ほんまや、忘れとった。ちょぉ、キーチャンも立ってぇや。くっついてんねんから」
キーチャン「なんや、めんどくさいな」
モーヤン 「おやすみ」
キーチャン「おやすみ」
モーヤン 「寝れるか? キーチャン」
キーチャン「今、おやすみ言うたとこやないか」
モーヤン 「なあ、思い出せへん? 小学校んとき、林間学校で六甲山にキャンプ行ったやん。こんな感じで一緒に寝たな。テントから顔だけ出して星見ながら、ずうーっと喋っとったら、先生に怒られてなぁ」
キーチャン「黙ってぇ、寝れるもんも寝られへんがな。おまえはサッチンのこと考えとかなあかんねんぞ」
モーヤン 「ひさびさに会うたけど、べっぴんさんなった思えへん? サッチン」
キーチャン「知るかぁ!」
ちょうどその頃、サッチンはと言いますと、ほんまに男っちゅうのはいつまで経っても幼稚やなぁ。特にあのモーヤンとキーチャンは小学校の頃から全然変わってへんやん。ほんまもんのアホやな、あの子らとか思てますんで、ぐっすり眠っております。 そのサッチンの部屋の本棚からシュッと出て来たのが、モーヤンに手を引かれるようについて来たキーチャンですわ。うまいこといきよったんですな。ふたりちゃんと手ぇ繋いでおります。ふたりとも普段着で高校生くらいの年頃でしょうか、今よりは若う見えます。
モーヤン 「うまいこといったな、キーチャン。こんなうまいこといくとは思えへんかったな」
キーチャン「な、なんやこれ、ほんまにサッチンとこ来たんか?」
モーヤン 「せや、うまいこといったんや。ふたり一緒にサッチンとこ来たんや」
キーチャン「まさか、ほんまにおれも瞬間移動できるとはな。せやけど、なんで、こんなカッコしてんねん?」
モーヤン 「たぶん、これ、高校ん時やった中学の同窓会ん時の写真から出て来たんちゃうかな」
キーチャン「暗いな、よう見えへんな、そこサッチン寝てんのか?」
モーヤン 「うん。どうする? 起こす?」
キーチャン「おう、起こそ。なんや、おもろなって来たな」
モーヤン 「サッチン、サッチン」
サッチン 「ん?」
モーヤン 「サッチン、おれや、モーヤンや」
サッチン 「なに?」
モーヤン 「モーヤンとキーチャンや」
サッチン 「ひ、ひぇ〜」
キーチャン「口ふさげ!」
サッチン 「ううう」
キーチャン「おい、サッチン。おれや、わかるか?」
サッチン 「ううう」
キーチャン「手ぇどけるけど、声出すなよ。ええな」
サッチン 「うう」
キーチャン「モーヤン、もうええぞ。手ぇどけたれ」
モーヤン 「よっしゃ」
サッチン 「ひ、ひぇっ」
キーチャン「あかん、おさえろ!」
モーヤン 「サッチン、でかい声出したらあかん。モーヤンとキーチャンや、わかるか?」
サッチン 「うう」
モーヤン 「ほんまか?」
サッチン 「うう」
キーチャン「ほんまに、ほんまか? 命賭けるか?」
サッチン 「うう」
モーヤン 「手ぇどけるで、ええか。でかい声出さんといてや」
サッチン 「うう」
モーヤン 「ほな、どけるで」
サッチン 「あんたらっ」
キーチャン「しっ、声でかい」
モーヤン 「下の曾根崎警察に聞こえるがな」
サッチン 「あんたら、どないやって入って来たん?」
キーチャン「瞬間移動に決まってるやろ」
サッチン 「なに言うてんねんな。どっから入って来たんや言うてんねん」
キーチャン「せやから瞬間移動や言うてるやないか、クククっ」
モーヤン 「あこの本棚にあるアルバムから出てきたんや。ほんでこんなカッコしてんねん。これ、たぶん高校ん時やった同窓会やな」
サッチン 「ええ加減にしいや。ほんま、おとうちゃんに見つかったら、うちまでボコボコにされるがな」
キーチャン「心配すな。じきにシュッて消えるさかい」
サッチン 「はよ、帰り。窓開けたるわ。どないやって入って来たんか知らんけど、あんたらやったら、飛び降りても大丈夫やろ」
キーチャン「窓なんか、開けんでええねん。シュッて消えるさかい」
サッチン 「なにアホなこと言うてんねんな、そこどき。こんなん見つかったら、ほんまヤバいがな、うち」
キーチャン「わかった、わかった。帰るから、落ち着け。そこ座っとけ」
モーヤン 「ほんなら、おいら、今からほんまに帰るけど、腰抜かしたらあかんで」
キーチャン「あこの本棚のアルバムん中に吸い込まれるよってに。クククっ」
サッチン 「アホなこと言いな」
キーチャン「ほな、よう見とけ。モーヤン、そろそろおいとましまひょか」
モーヤン 「そうですな。そろそろおいとましまひょか。ほな、またな、サッチン」
キーチャン「明日、あの串カツ屋でお待ちしてまっさかいに。ご機嫌よろしゅう、ほなな、サッチン」
モーヤンがキーチャンの手ぇつかんだか思たら、サッチンの目の前であっちゅう間に本棚のアルバムん中にシュッと吸い込まれて、消えてしまいよりました。それ見たサッチンがのどの奥から絞り出すような声で叫びよりました。
サッチン 「ぎえ〜〜〜っ!」
さあ、1階の電気がついたか思たら、ドンドンドンと階段を駆け上がってくる音が聞こえます。サッチンの部屋の戸がバァーンて蹴破られた思うと、曾根崎警察が、サッチンのおとうはんですわな。それがゴルフクラブ持って、どないしたんや!と仁王立ちなっております。
サッチン 「ゆ、夢や。悪い夢や」