夢旅2
さて、さんざん酒も飲んだあと、ご丁寧に立ち食いのきつねうどんまで食うたモーヤンとキーチャンがそれぞれうちに帰って床に入りましたが、それぞれのわけあってなかなか眠れまへん。モーヤンはキーチャンに秘密を告白したうえに、今晩キーチャンのうち行く言うたもんですから、なんや妙に緊張してます。あっち向いたりこっち向いたり寝返りばっかりで全然眠れまへん。そのうち、キーチャンにあんなこと言うたけど、ほんまに瞬間移動できるんかな、やっぱり夢やったんちゃうかなと自分でもちょっと自信のうなってくる始末ですわ。キーチャンのほうはと言いますと、これがまたモーヤンの話なんか信じられるかい、あいつが来るまで寝えへんぞ、どっからどないやって入ってくるか見といたるってな感じですわ。わざと窓の錠を外してみたり、掛け直してみたり。ときどきちょっとだけ窓開けて外のようすを見たりしてます。せやけど毎日の重労働と飲み過ぎた酒のせぇもあって、ふたりともさすがにうとうとし始めます。もう、かれこれ2時になろかっちゅう時間ですわ。
しばらくしますとキーチャンはぐっすり寝ておりますが、キーチャンの部屋の本棚にある高校の卒業アルバムのページの間から、ペラペラの紙みたいなちっちゃいモーヤンが頭からペロンって出てきよりました。頭から肩、胸、腰っちゅう具合に。卒業アルバムに写ってるそのまんまの恰好で。今よりはちょっと若うて詰め襟の制服着ております。それがだんだん大きなって等身大なったか思うと、ゆっくりプーッて膨れてきよったんですわ。ほんなら高校んときのモーヤンそのまんまがキーチャンの部屋に立ってますねん。そのモーヤンが自分の身なり見て、ポンポンと制服の肩なんか叩きながらキョロキョロしてキーチャンの部屋に来たこと確かめてるんですな。
モーヤン 「キーチャン、キーチャン」
キーチャン「ん〜」
モーヤン 「キーチャン、起きてぇや」
キーチャン「ん〜、もうクタクタやねん。ん〜」
モーヤン 「キーチャン、寝ぼけんといてや。おれや、モーヤンや」
キーチャン「ん、モーヤン? う、うわぁ! ひぇ〜! オバケや、オバケ!」
モーヤン 「しーっ」
キーチャン「か、堪忍してくれ。こ、こっちくんな、なんも悪いことしてへん!」
モーヤン 「しーっ。静かにせな下のおとうはんとおかあはん起きるがな。おれやて、モーヤンや」
キーチャン「あわわわわっ、お、お、お、おまえ、おまえ、モーヤン?」
モーヤン 「せや、瞬間移動して来たんや。モーヤンや」
キーチャン「う、嘘つけ! な、なんで学生服なんか着とんねん!」
モーヤン 「ああ、これか。言うの忘れとったけど、写真に写ってるおれがそのまんまで出てくるんや」
キーチャン「ほ、ほんまにモーヤンか? どっから入って来てん?」
モーヤン 「せやから、写真から出てきたんや」
キーチャン「もうええ、帰れ。はよ帰ってくれ。気色悪い」
モーヤン 「なんや、せっかく、このくそ暑い詰め襟着て出て来たのに」
キーチャン「はよ帰れ」
モーヤン 「わかった、わかった。今から帰るけど、またビビらんといてや。卒業アルバムに吸い込まれるみたいにシュッて消えるよってに」
キーチャン「わかったから、はよ、いね」
モーヤン 「ほな、ほんまに帰るで。また、あしたな。もう、きょうか。ほなな」
キーチャン「う、うわぁ! ひぇ〜! 消えた。ほんまに吸い込まれるように消えよった。どないなっとんねん。夢や、夢や。あ、あかん、夢とちゃう。夢とちゃうやないか。ああ、気色悪う〜。あいつ、なんやねん」
その朝モーヤンもキーチャンもバイトに出て来ております。ところがキーチャンはというと、どえらいもん見てもたんでほとんど寝られへんかったせぇか目ぇ真っ赤に腫らしております。ちょっと脅かし過ぎたかなと思てるモーヤンが近寄って来ると、慌てて逃げ出す始末ですわ。荷物の仕分けしながらでも心配そうなモーヤンとときどき目ぇが合うんですが、なんやすぐ目ぇ反らすし。昼休みかて、いつもやったら一緒の食堂に飯食いに行くのに、他のバイト仲間とさっさと行ってしまいます。これはキーチャンよっぽど怖がらせてしもたなあと思てたんですが、夕方仕事が終わったあとキーチャンがモーヤンとこ来て、おい、いつもの串カツ屋来いよっちゅうて行ってしもたんですわ。
さて、言われたとおり、モーヤンがいつもの串カツ屋に行きますと、キーチャンがひとりでこれまたいつもの剣菱飲んでます。朝からずうーとひとりでああやないこうやないとない知恵しぼって考えてたんでしょうな。
モーヤン 「キーチャン」
キーチャン「おう、す、座って飲めや」
モーヤン 「キーチャン、びっくりしたんやろ? ごめんな」
キーチャン「お、おまえ、ほんまに瞬間移動できんのか?」
モーヤン 「うん。ゆうべ見たやろ、キーチャン」
キーチャン「見た」
モーヤン 「そういうことやねん」
キーチャン「ほんまに、瞬間移動して、うち来たんか?」
モーヤン 「せや、帰るとき見たやろ。反対に出て来るときもあんな感じで写真からシュッて出てくんねん」
キーチャン「なんで詰め襟の学生服なんか着とってん?」
モーヤン 「これ言うの忘れとってんけど、行きたいとこにある写真のカッコそのまんまで出て来るねん」
キーチャン「写真言うたかて、いろいろあるやんけ」
モーヤン 「うん、たぶんいちばん最近の写真で出るみたいやねん。おれもそのへんようわからんねんけど。キーチャンとこにあったんは高校の卒業アルバムや」
キーチャン「そうか。グビ、グビ、グビッ(酒を飲む)」
モーヤン 「ゆうべは、キーチャンがはよ帰れ言うたから、おれのことよう見てへんと思うけど、キーチャンとこ行ったとき高校んときのおれやってん。せやから、今よりはもうちょい若かってんで」
キーチャン「ほな、行くとこで、むこうにある写真で小学生なったり高校生なったりすんのか?」
モーヤン 「そやねん。いっぺんな、ロンドン行ったときや。その部屋に飾ってあった写真立てから出て来たんやけど、そんときは海パンはいた小学生やったな。冬やったから、めちゃめちゃ寒うてすぐ帰ったけどな。そこに飾ってる写真よう見たら、おれが小3のとき家族で和歌山の白良浜行ったときのや。そんときイギリス人の旅行者おったんやろな。ほんで写真撮ったんやろな。その写真の端に写っとったんや。海パンはいた小3のおれが」
キーチャン「せやけど、ほんま信じられへんなぁ。頭ん中も小3に戻るんか?」
モーヤン 「ちゃうねん。見かけだけや。頭ん中は今のまんまや」
サッチン 「あんたら、ほんま仲良しやなぁ」
さあ、そこへいきなりやって来たサッチンにモーヤンが驚いたのなんの。今まさに串カツを口に入れようとして開いた口のまんまで。
モーヤン 「サ、サッ、サッチン!」
キーチャン「遅いやんけ、なにしとってん!」
サッチン 「うちかて、いろいろ忙しっちゅうねん」
モーヤン 「キ、キーチャン、な、なんでサッチン?」
キーチャン「おれが、呼んでん」
モーヤン 「せやけど」
サッチン 「なんや、呼び出しといて、鬱陶しい言うんやったら帰るで」
キーチャン「誰も、そんなこと言うてへんがな。なに飲む?」
サッチン 「生」
キーチャン「おねえちゃん、ここ、生な。ほんで、剣菱!」
サッチン 「ひさしぶりやなぁ、ふたりとも。なんやモーヤン、顔色悪いで。大丈夫?」
キーチャン「大丈夫や、こいつは。こいつより、おれのほうがおかしなりそうやねん」
モーヤン 「キーチャン、約束やで」
サッチン 「あんたら、ちょっとおかしいで。はい、カンパァ〜イ!」
キーチャン「サッチン、おまえ、サッチンのチュー事件覚えてるか?」
モーヤン 「わっちゃぁ、言うてもた」
サッチン 「いきなりなんやの、そのサッチンのチュー事件て? うち関係あんの?」
キーチャン「まあ、おまえにしてみたら、モーヤンのチュー事件やな。覚えてへんか? 高校入る前の春休みや。モーヤンと夢ん中でチューしたん覚えてへんか?」
モーヤン 「キーチャン、それは約束が」
サッチン 「モーヤンとチュー? 夢ん中でも堪忍してや。それやったら、ほんまに大事件やん」
キーチャン「おまえの部屋にモーヤンが来て、チューした夢なんやけどな。つぎの日、おまえ、モーヤンに偶然あっこの商店街で会うて、あんたにチューされた夢見たて言うたらしいぞ」
サッチン 「あっ!」
モーヤン 「なんか思い出したん?」
サッチン 「そうや、そう言うたら、変に気色悪い唇の感触とモーヤンの顔が目の前にあった夢見たことあるわ。ほんで、つぎの日。そうや会うたんや、モーヤンに。思い出したわ。せやけどえらい昔の話やで」
キーチャン「せや、高校入る前の春休みや。それな、夢ちゃうねん」
モーヤン 「キーチャン、なに言うねんな」
キーチャン「こんなけったいなこと、おれにはわけわからんし、おまえとふたりだけやったら、なんや気色悪いねん。サッチンはおれとおんなし目撃者やんけ。かまへんやろ、サッチンやったら」
モーヤン 「せやけど、あんときサッチンは寝ぼけてて夢やと思てるんやで。チュ、チューのこと」
サッチン 「あんたら、なんの話してんの?」
キーチャン「あんな、誰にも言うなよ」
モーヤン 「よう言うわ、キーチャン」
キーチャン「あんな、こいつな、瞬間移動できるみたいやねん」
サッチン 「瞬間移動?」
キーチャン「せや、テレポーテーションとも言うけどな」
モーヤン 「あ〜ぁ、ほんまよう言うわ。えらそうに」
サッチン 「瞬間移動て、あのスタートレックの転送みたいに?」
キーチャン「せや。おまえ、ええ勘しとるな。ちょっとちゃうねんけどな」
モーヤン 「あ〜ぁ、おしまいや。おれの人生おしまいや」
それからはキーチャンが、ひとりでサッチンに喋り続けるんですが。モーヤンがちっちゃい頃から意識せんでも、瞬間移動してたこと、変な子やと思われてたこと、夜寝てからやないと瞬間移動ができへんこと、行き先に自分の写真がないとあかんこと、端っこでも自分が写ってる写真さえあったら、世界中どこでも行けること、喋りまくってます。ほんで酒の勢いもあったのか、いつの間にか半信半疑で気色悪がってたキーチャンが、あろうことかロンドンでの失敗談に金髪のかいらし女の子に会うたっちゅう色まで付けて、ほんまに自分のことのように喋ってます。せやけど、その隣に座ってるモーヤンはと言いますと、調子に乗って喋りまくるキーチャンとは逆にどんどんうなだれていきよるんですわ。サッチンはサッチンで、このアホの話をどこまで聞かなあかんのかと、息継ぎもせんと喋ってるキーチャンにあきれております。
キーチャン「ほんでや、おれの部屋から、シュッと消えたんや」
サッチン 「ちょ、ちょぉ、待ってぇや。ほな、あんときモーヤンが瞬間移動してきて、ほんまにうちにチューしたっちゅの?」
モーヤン 「うん、いやぁ、ちゅうか」
キーチャン「当たり前だのクラッカーや」
サッチン 「そんな化石みたいなギャグ引っぱり出してきても笑われへん。信じられるかいな。あんたら、ほんまにアホやな。ひさびさに会うたから、笑わそう思てんのか知らんけど、全然おもろないで」
キーチャン「ほな、今晩、瞬間移動でサッチンのうち、行きまひょか? なあ、モーヤン」
モーヤン 「あかん、あかん。無理やて」
キーチャン「おれも一緒に行くがな」
モーヤン 「どないやって、行くねん?」
キーチャン「おれの写真かて、あるがな。サッチンとこやったら」
モーヤン 「キーチャン、酔うてるやろ?」
キーチャン「おまえにできて、おれにできへんことあるかい!」
モーヤン 「いやぁ、むつかし思うでぇ。キーチャン」
サッチン 「あんたら、今晩ふたりそろて、うっとこに瞬間移動して来る相談してんの? アホらし」
キーチャン「待っとけ、今晩。腰抜かすなよ、サッチン。なあ、モーヤン」
モーヤン 「キーチャン、飲み過ぎやて」
キーチャン「きょうは、おまえとこ泊まりに行くけど、ええやろ。モーヤン」
モーヤン 「別にええけど、ほんまに一緒にサッチンとこ行くつもりなん?」
キーチャン「当たり前だの」
サッチン 「クラッカーなんやろ、しょうもない。言うとくけど、うちのおとうはん知ってるやろ。曾根崎警察の刑事やねんからメッチャこわいで。忍び込んでるとこ見つかって、ボコボコにされても知らんで」
キーチャン「見つかるかいな。ちゃんと戸締まりしとけよ」