*043 散歩と布教
*043 散歩と布教
「あ、リアでいいですよ。巧様」
「あ、はい......っていやいやいや」
ごく自然に話しかけられ、返されたので思わず普通に返事をしてしまった。
いやだって貴族、いやお姫様だからそれより上の王族だ。そんな格上の人にタメ口ってのはどうなんだろ......固い騎士が見たら「無礼者!」とか言って剣向けてこないのか?
「流石にそれはまずいんじゃ......」
「ここにはあなたと私しかいません。なので別にかまいませんよ」
俺の悩みを見抜いたのかお姫様がそう助言してきた。まあ確かに他に誰もいないし、本人がいいならいい......のか?
「分かった。リア、これでいいか? 代わりに俺に様を付けるのもやめてくれ。なんか違和感がすごいから」
「そうですか?じゃあ巧。これでいいですか?」
「ああ、それでいい。ところでなんでこんな朝から起きてるんだ?」
時間的にいえばだいたい朝5時頃。日が昇って少し明るくなってきている夜明け頃だ。俺ならまだ夢の中の時間帯だ。
「私はこの時間、庭を散歩する習慣があって。それで歩いていたら巧が城に入るところを見かけたので」
なるほど、それでか。けどこん朝から散歩とか健康すぎないか?日本でも同じ年代でこの時間帯から毎日散歩してる人ほぼいないと思うんだけど。
「それで......巧はこんな朝早くから何処かに出かけられていたのですか?」
「ああ、ちょっとカーム村に忘れ物と今後の予定を伝えにね」
「なるほど、それで。流石は亮様と同じ日本人ですね」
リアがバイクを見ながら呟く。まあ俺の場合、日本にいた知識をパク......再現してるだけで坂本さんみたいな実力はないんだけどね。
あ、そうだ。
「あのちょっとお願いしたい事があるんだけどいいかな?」
「なんでしょう?」
「この子、疲れて眠っちゃったみたいでさ。ベットまで連れていきたいんだけど男がやるのは外聞的にまずい気がするから......」
「私がこの子をベットまで運んでほしい、ということですか?」
言った後で「あれ? こんな事お姫様に頼むのまずくね?」と気が付いた。
「ああ、別にダメなら「いいですよ」いいんだ、って言いの?」
「はい、その程度ならお安い御用ですよ?」
まじか、お姫様そんな事して大丈夫なのか?本当に誰かが見てたら「姫様に何をさせてる!」とキレられると思うんだけど。
「じゃあ代わりに少しだけ私と付き合っていただけませんか?」
「付き合う?」
「少し町を歩きませんか? と言う事です」
「それなら別にいいよ、俺も王都を歩く予定だったし」
「じゃあ少しそこで待っていてください」
リアが寝ているアイリを起こさないように抱き上げ、ゆっくりと城の中に入って行った。寝ている女の子を運ぶなんて高レベルな事できないので本当に助かった。
可愛い女の子に「付き合って」などと言われて多少ドキッとしたけど分かりきってましたよ?本当に。
「遅いなー」
アイリを連れて行った後から1時間以上が経過し、すでに日が昇っていた。確かに起こさないようにゆっくり歩いて行ったから遅くなるのは分かるけど、そこまで距離あったっけ?
何かしていれば眠気はなんとかなるんだけど、黙っていると流石に眠くなってきた。寝てもいいかな......ふあぁ~
「すみません、おまたせしました」
うとうとしてあくびをしていた俺に待っていた人の声が聞こえた。やっと来たか。
「いや、べつに......」
俺は眠い目を擦りながら声のした方を見て、固まった。
そこには水色のノースリーブのワンピースと白いつばの広い帽子を被ったアイリの格好に似たリアが立っていた。
「すいません、着替えてたら遅く......ってなんで土下座をするんですか!?」
目が一気に覚めた俺は彼女の目の前で土下座をしていた。
「いい物見させてもらいました! ありがとうございます!」
「何が、何があったらそんなセリフを言いながら土下座するんですか!」
あ、やばい。気持ちが高ぶりすぎておかしな行動を無意識でやっていた。
だって相性が抜群すぎなんだよ?ワンピースにつばの広い帽子ってだけでもベタだが最強のコンビなのにリアの整った顔と綺麗な青い髪が......その上で帽子を取れば猫耳だろ?俺は今までこのために生きてきたと言ってもいいレベルだ。
リアに頭を上げろと言われ、しぶしぶ顔を上げてリアを見る。
ポタ、ポタ......
「巧! 血、鼻から血が!」
どうやらリアの可愛さに俺の体が耐え切れなかったみたいだ。
その後、血が止まって落ち着いて話せるようになるまで30分くらいかかった。
「ほんと、すいません」
「いえ、その、私の格好を見てああなってしまったのですし......こちらこそ申し訳ございません」
あの後、「可愛すぎて興奮してしまった」と思っていた事をドストレートに言ってしまい、顔を真っ赤にしたリアにアハハと苦笑いされた後、王都の街を歩いている。
既に日が昇って賑やかになり、かなりの人が行き来していた。あれ?そういえば。
「お姫様なのに街を歩いても大丈夫なのか?」
「はい、一般人には王家に姫がいる事は分かっていますが、体が病弱で部屋にずっといるという事になっているので顔は分からないんですよ」
「だから街を歩いても大丈夫なのか。それってもしかして」
「はい、私の正体をできるだけ隠すためです」
やっぱりか。まあ全員ではないにしても中には魔人が嫌いって人もいるらしいし、仕方ないのか。
「巧は......魔人の事を差別しないのですか?」
突然の質問に俺は思わずリアの顔を見る。その顔は不安そうな顔をしながらも真剣な目で俺を見つめていた。
うーん、なんて言えばいいのかな......
「俺はまだ魔人にあった事がほとんどないからなんとも言えないけど、すばらしいと思うぞ?」
「すばらしい? ですか?」
帰ってきた答えが予想してなかった答えだったせいかきょとんとしている。また鼻血が出そうになったが堪えて続きを言う。
「うん、だって獣耳だよ?リアのが初めて見た獣耳だけど凄い可愛らしいと思ったぞ」
マンガやアニメとかでそういうキャラを見たけど「可愛いけどそこまでか?」と思っていた自分を殴り飛ばしてやりたい。実物を見た後じゃそんな事絶対言えない。
「そ、そうなのですか」
ストレートに思った事を言うとリアがまた顔を真っ赤に照れていた。この子、俺を出血死させようとしてるのではないか?と思えてきてしまう。
「......でさ、あそこの門番魔人になってから通行人がぐぐっと減ったんだってさ」
「はは、そりゃあ魔人が怖いからって商人が逃げてるんだろ?迷惑な話だ」
「だよなー、ははは」
俺が鼻をつまみ、耐えているとそんな声が聞こえた。見るとオープンスペースのような場所のテーブルで朝ごはんを食べながら喋っていた2人の男性がいた。どうやら魔人の非難をしているみたいだ。
「......」
リアは先ほどまでのテンションと違って、急激に下がったような感じになっている。同じ魔人の事を馬鹿にされて怒っているのかもしれない。
「あー......。まあ気にするなよ。世の中には色んな事を思う奴がいるんだから仕方ないんだよ」
「......はい、そうですね。分かってはいるんですけど......」
俺がフォローするとリアが笑って大丈夫ですと手を振る。だがその笑みは無理して作っているように俺は見えた。
んー、なんとか元気付ける方法ないかな......
「みんなに魔人の良さを共有できれば......あれ? これ案外いけるんじゃね?」
「巧?」
ちょっと思いついた案が案外なかなかいいアイディアだった。よし、物は試しだ。少し試してみるか。
「なあリア。この辺りに絵がうまい奴はいないか?」
「絵?それならここの通りの似顔絵を描いてくれるお店が......」
「それでいい、案内してくれ」
さーて、うまくいけばいいなー。
「そこのおにーさん達、ちょっといいですか?」
「はい?」
俺は似顔絵を書いてる店に行った後、戻って先ほどのオープンペースで喋っていた2人に話しかけてきた。
「何か用ですか?」
「ああいえ、大したことじゃないんですけどね。先ほど魔人について話していたのを耳に挟んだもので」
「なんだ? なんか文句でもあるのか」
俺が魔人について聞くと片割れが少しイラついた感じで聞いてくる。
「いえいえ、俺にそんな事言う資格ないですよ」
「なら何の用なんだ?」
「じゃあ単刀直入に。あなた達は魔人の猫型の女の人とか見たことありませんか?」
「「はあ?」」
俺の質問に男2人はわけわかんねえよみたいな顔をした。まあ知らない男がそんな事聞いてきたら誰だって謎だろうな。
「見たことねえけど......それがどうかしたのか?」
「そうなのですか、いやー実にもったいないな。あの種族を見ないで魔人について話すとかまだまだですねー」
「? どういう事だ?」
俺の言った事が理解できないのか?が浮かんでいた。
俺は先ほど書いてもらった紙を取り出す。
「彼女達はみんなこんな感じなんだけどなー」
と言いながら紙を渡す。男は素直に受け取り、そこに書かれた絵を見て。
「......」
固まっていた。ぴくりとも動かなくなっていた。やっぱりどんな世界の人にもこれは効くようだな。
「おいどうしたんだよ」
片割れの男が固まった男の挙動を不審に思い聞いていた。
「......かわいい」
「はあ? お前何言ってるんだよ」
「ほんとだって、見てみろよ!」
「はあ?そんなわけ......なんだこの生き物!」
片割れが堕ちたのを信じれず、紙を受け取って内容を見て即堕ちた。
「この魅力に気がついた同士よ、これからは何でも否定せずにちゃんと見て判断しろよ」
俺はそう言って1人待たせたリアの元に戻る。
「あの、いったい何を見せたのですか?」
「ん?ああ、さっきの絵師、じゃない。似顔絵屋にこの絵を模写してもらったんだよ」
俺はポケットからスマホを取り出しリアに画面を見せる。そこには......
「魔人族?」
「ああ、俺のいた日本の本に出てくる似たような種族だ」
そこに表示されているのは俺のスマホに入っていたマンガの獣耳少女だ。絵が綺麗で日本でもかなり人気のキャラだったはずだ。
「これ見せたら2人ともリアの獣耳を否定せず、可愛いっていってたぞ」
リアにそう言うと、彼女の顔がかああと赤くなる。
「人間が魔人を否定するのはちゃんと魔人を見ないからだ。彼らみたいにちゃんと魔人の事を見せればみんな認めてくれるよ」
「そうですね......そうだと嬉しいですね。巧さん、気遣いありがとうございます!」
リアから満面の笑みで感謝の言葉をもらえて、俺は倒れそうになってしまった。
この時、リアを元気つけるための行動だったのだが、この後この絵が原因で王都で魔人の差別が激減し、『獣耳愛好家』と呼ばれる人が現れる事をこの時の巧はまだ知らない。