*038 過去と覚悟
*038 過去と覚悟
俺だけでなく、他のその場にいた人達の動きが固まる。それもそのはずだ。なにせ、人間だと思っていた可愛いお姫様が耳を生やした魔人だったのだから。
「おい、この国のお姫様は魔人、なのか?」
俺は隣にいるローラにおそるおそる聞く。ローラは手を顔に当てて上を見上げる。その姿はやってしまったという感じの雰囲気をだしている。
「ああ、この国の姫、リア様は猫型の獣人だ......」
俺は魔人について「人間より身体強化した人達」程度しか分からなかったのだが、聞くと魔人は普通イガリアで生まれるのだがたまに例外はあるらしい。魔素の適性が高い人間の間にも低確率ではあるが魔人が生まれるらしい。
ちなみに人間と魔人の間の子供だと確率は半々、魔人同士だと確実で何かしらの種族の魔人になるようだ。
この国のお姫様はその例外の一つで、魔人として生まれたらしい。
「巧君、この国はやけに差別が少ない理由は聞きましたか?」
「ああ、『魔剣』とかいうくそ強い魔人が尊敬レベルに達しているからって......」
「確かにそれもあるが、一番は姫の存在もある」
どういう事だ? と思ったがローラさんの態度や今見た周囲の人の静まりから察した。
「もしかして坂本さんが魔人と仲良くて連れてきてるのってお姫が暮らしていけるようにするため、なのか?」
俺の考察を聞くと、ローラさんが静かにこくりと頷いた。
「だから魔人に知り合いが多いのか......」
パ―ティーで見かけただけでも結構な人数がいたからびっくりしたが、なんとなく納得した。もしかしたらこのパ―ティーで人と魔人の親交を深くする目的もあったのかもしれないな。
(あ!?)
俺がそう考えているとアイリからの念話が聞こえた。だがこちらに話しかけた感じではない。独り言のように呟いたように聞こえた。
俺は中で何かが起きたと察して中を見る。見るとお姫様が人質の所からリーダー格の男がいる中央に移動していた。
(アイリ、今どうなってる!?)
(それが、お姫様が魔人と分かった途端、相手の目つきが変わって......あ!)
アイリの念話が途中で切れた理由は分かる。いきなりリーダー格の男が手加減なしの勢いで頬をぶったのだ。
「くそ、イシュト教徒め......」
俺と同じく中を見るローラさんが憎たらしげに呟く。
「イシュト教ってのはなんだ?」
一国の姫を相手なのに容赦など微塵も感じられない。手つきやこの手回りの良さを見てもやばい集団だと感じられる。
「レイン王国で布教されている宗教だよ、あの宗教は何かと人間こそ頂点、みたいな感じで魔人排斥運動など活発に行うイかれた宗教団体さ......くそ!」
何もできないこの状況が悔しいのか言葉に怒りの感情が混じってるように聞こえる。俺はそれを聞きながら、目の前の状況を見つめた。
中ではお姫様の周りにリーダ格の男の他にも3人ほどが逃がさないように囲んでいた。俺は何かできる事はないか考えるとふとこの光景をどこかで見たような気がした。
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「......んなことをした! そんなことすれば猫がどうなるか分からなかったのか!」
「うるせ、ムカついたからやったんだよ。 なんかいいてえことあんのか?」
俺の目の前には半年前の忘れたくても忘れる事のできない、あの光景が広がっていた。
そうだ......今起きてる事ってあの時と似た状況だったな。
「そんなことでお前は猫を殺したんだぞ! わかってるのか!」
「うるさいぞお前! 殴られたいのか?」
俺の放った言葉にヤンキーにこの言葉を返された時、俺の心は黒い感情が瞬く間に広がっていったのを今でも覚えている。
だが俺は結局何も、猫を助ける事も、あのヤンキー達に自分達のやった事の重さを気ずかせることもできなかった。そして俺の学校生活は終わった。あの時の俺はヤンキー達や他の生徒、先生や親と周囲の人間に苛立ちや失望などの黒い感情を心の中でぶつけていた。
だが、今は違う。こう思うのだ。あの時、俺に何があればすべて解決したのだろうと。
もし猫を抱えて探す場所を探していたら、もしあいつらを見かけていた段階で話しかけていればと。そして俺の学校生活や家庭なども変えれたのではないだろうか。学校の先生が使えないのなら、警察や教育委員会など外部の力を借りればよかったのではないが、家庭を出て、独り立ちでもしてしまえばよかったのではないか、と。
それは終わってしまった事であり、今さら考えても仕方のない事ではあると分かっているが。
もしあの時こうしていれば......とifを考えた時、どれも考えついたとしても俺は実行しなかっただろう、という事に気がつく。そして俺は、ああと理解してしまった。
俺は怖かったんだ。猫の雨宿り場所が見つからなかった時、話したことない人に話しかける時、問題を密告する時、一人になる時......どの場面でも俺は怖さが先行して何もできなかっただろう。そして、俺に足りないものを自覚する。俺に足りなかった物は......
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俺は過去の逃避を止め、目の前の状況を解決する事に集中する。
俺はローラさんに話しかけ、俺の作戦ができるか否か確認を取った。
俺の質問を聞いてローラさんがパチクリと目を開け閉じして俺を見つめる。
「そんな事、きけ......」
「できるできないならどっちなんです?」
俺はローラさんの言葉を遮って質問の答えを要求する。
「それなら人質がまとまってるからできる。だが、それも長く持たない。それに今はリア様は......」
(アイリ)
聞きたい事が聞けたので今度はアイリに念話を送り、同じく確認をとる。
(はい、ですけど攻撃を受けるたびに魔力をどんどん持っていくので長くはもちません)
(ああ、なら合図したらやってくれ)
俺は念話を止め、ローラさんの方を見る。
「俺ならできます。それにどのみちこのまま何もしなければ最悪の結果が訪れるのは時間の問題です」
多分だが、取引の結果関係なくこの場にいる人や魔人を殺すだろう。当たり前だ、なにせここには国の政治に関わるような役職の人間や本来完全武装の騎士が非武装で目の前にいるのだ。彼らも抵抗するだろうが少なからず命を落とすだろう。
おまけにリーダー格の男には即効で光線を放つような魔法を発動できるときたものだ。ここにいる全員がもし完全武装だったとしても被害は甚大なものになるだろう。
そんな事はローラさんも考えてるだろう。だから俺の提案を受け入れるか否かとても悩んでいる。
俺は早く実行しないと本当に被害が出てしまうのでもう一歩後押しする。
「お姫様をあそこから離れさせること、そしてあの男を一瞬でも無力化さえできれば後は会場の騎士がやってくれます。だから決して成功確率が低いわけじゃありません」
ローラさんが頭を上げ、俺を見つめる。
「確かに君の作戦はよく出来ている。成功率も高い。けど言うだけなら簡単だ。言った事を実現する事は極めて困難だ。それを騎士でも兵士でもない君にできるのかい?」
ローラさんは俺に真剣なトーンで聞いてきた。俺の覚悟を確かめるように。
「確かに俺は騎士でも兵士でもない。けど......」
俺は部屋の中央にいるお姫様と黒ずくめ集団を見てローラさんに、いや自分に言い聞かせるように言い放つ。
「一歩踏み出す勇気を持ってる人間だ!」
俺は今までの人生の中で一番自信を持って言い放った。