第二話 遠いどこかで
アスランは、ここではないどこかに、昔居たことを、少しだけ覚えている。
痛いことがあったような気がした。
悲しいことがあったような気がした。
寒かったことがあったような気がした。
熱かったことがあったような気がした。
誰かに優しくされたこともあったような気がした。
誰かに辛くされたこともあったような気がした。
いつからだかは分からないけれど
らっしーがいつも側にいてくれたことは
たしかなことだと思った。
『いいお天気だねぇー。』
『にゃあーん』
くさっぱらで、布をしいて、らっしーと日向ぼっこをしていたら
突然二つの影がさした。
『よいしょ』
『うにゃ』
クリーム色の髪の毛のこの人は、たぶん仲間だとアスランは思った。
『あのねぇ。』
アスランはシッキムの膝に手を置いた。
『じーじは羽、もってる?』
シッキムはアスランの瞳をのぞきこんだ。
『もってるよ。ほら。』
さらさらさらさら…
シッキムの背中に、大きな大きなクリーム色の羽が広がった。
ぐぐっと伸びをしたウィンディーをみて
シッキムも腕と翼をグーっと伸ばした。
『はあ、気持ちいい。アスランも、ストレッチしてみたら?』
アスランは、シッキムに比べればささやかな、真っ黒な翼をグーっと伸ばした。
その背中をシッキムがなでる。
『いい色だねぇ。』
『ほんと?』
アスランは、むかし、黒い翼はよくないと、
言われたことがあるような気がした。
『つやつやしてる。それにほら。』
シッキムは自分の羽をそっと寄せた。
『秘技、朧月夜‼』
黒い羽とクリーム色の羽の重なりは
まさに、満月の光をふわりと隠す夜の空のようだった。
『おおー‼』
アスランは目を見開いた。
くっついてるシッキムとアスランの間に
らっしーがぐりぐりと鼻面を突っ込み
尻尾を二人の翼に打ち付けた。
『朧月夜とすすきと…月見団子?』
いつのまにか、らっしーの背中にウィンディーがのっていた。
ちょっとうらやましそうな声は、オリバーだ。
『よいしょ』
オリバーはシッキムとは反対側のアスランの横に腰をおろすと、大きなバスケットを開いた。
『おまたせ。クーがはりきって、あれもこれも持たすから、遅くなってしまったよ。』
さらさらさら…
風が三人と一匹の間を通り抜けていった。
『つばさに、ふれてもかまいませんか?』
オリバーは、了承を得てから、二人の翼に手を置いた。
『はぁ、癒される…』
ふわっとして暖かかった。
『らっしーも、背中触っていいですか?』
なでなでなでなで…
『ウィンディーもお腹を…』
もふもふもふもふ…
『素晴らしい…』
オリバーはうっとりと微笑んだ。
アスランは、できるだけ、ここでのことを覚えていたいと思ってる。
暖かさに包まれて
大切にされて
大切にしたいと思う。