第一話 出会い
ひらひらと、薄い桜色やら濃い薔薇色やら、様々なピンクのそれが舞っていた。
星のようにも、ハートのようにも、花びらのように見えるそれに導かれながら
オリバーは暗闇の中を歩いた。
それは不思議な光景だった。
一人の子供がうずくまっていた。
その横に、一頭の犬が、寄り添っていた。
それは草原だったのかもしれない。
暗い海のそこだったのかもしれない。
あるいは雪に埋もれた山の中だったかもしれない。
一人と一匹は、長い長い時間、微動だにしなかった。
オリバーは、界を渡る最中に、一人と一頭の声をきいた。
だから、こんな、得体のしれない所に降りたのだ。
うずくまっていた子供に声をかける。
かがんで、横に並んで声をかける。
ねぇ、きみ。
僕の弟子になりませんか。
子供のまつげが少し震えた。
ねぇ、きみ。
僕の子供になりませんか。
子供のまぶたが少し震えた。
ねぇ、きみ。
世界を見に行きませんか?
子供のくちびるが少し震えた。
オリバーは子供をしみじみとよく見た。
髪の色はカラスのような色だった。
震えるまつげも同じ色。
小さな知り合いはいないから、年のころは分からない。
小さなつむじ、ちいさなくびすじ、小さな肩。
守り育てるものが必要な小さな生き物。
少し尖った耳。
カラスのような輝く黒の翼。
そのすべてが。
ずいぶんと背の高いオリバーと並ぶと、まるで子猫のように小さかった。
『…も。』
どれくらいたったのか、
小さな声が、耳に届いた。
『らっしーも、一緒なら。』
子供の瞳は朝焼けのような色だった。
シッキムと同じ色。
天空を彩る風の色。
風の一族の色。
『もちろん。』
オリバーは、同じ色の瞳で、子供の瞳をのぞきこんだ。
『アスラン、きみと、らっしーを迎えに来たんだ。』
子供の瞳に驚きが広がる。
『ぼくの、なまえ。』
『腕のよい魔法使いは、真の名を見つけるのがうまいんだよ』
『まほう、つかい。』
『そうだよ。きみも、そうだろう?』
よくみれば、子供の顔には、痛々しい傷の跡があった。
オリバーは、ほっぺたに手を当てると、そっと癒しの魔法をかけた。
『生きていくのをやめてしまうほど辛いことなど、忘れてしまっていいんだよ。』
オリバーが手を離すと、ふっくらとしたほっぺたに涙がこぼれた。
『ぼく、なんにも…覚えてない。らっしーの名前しかわからない。』
『きみが記憶していくことは、この先にたくさんあるよ。』
長い長い間、誰の目にも触れないように、隠されていた。
小さな指先に、オリバーはそっと手を添えた。
ふわりとした暖かさに、アスランはまた、涙をこぼした。
『…いいの?』
オリバーはそっと、アスランを抱き寄せた。
『おいで。』
長い長い間、アスランの時をとめ、守り続けた風の結界は、その役割を終え、静かに消えた。