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夜の続く世界

作者: 森野夏樹

夜を舞台にした不思議な話です。

夜の学校、そこにはあるはずのないものが潜んでいる。

月明かりが照らす血しぶき、闇夜をつんざく悲鳴。

ぜひお楽しみください

 昇りたての太陽はその白い日差しを確かに私たちに届けた。それは意味のあることだった。今まで生きてきた中で最も意味のあることだった。白い日差しに染められて景色は明るくなってゆく。

 行こう。

 章雄が言った。この言葉が出るのを待っていたのと同時に、いつまでも言わないでくれとも思っていた。そこには、この小さな世界で、太陽の昇らない世界でなんとか生きのびた私たちの思いがあった。早くここから離れたい。けれど、あの日私たちの間に確かに生まれたケミストリーがここを離れると失われてしまいそうで怖い。二つの交錯する思いがせめぎ合っていた。けれど、結局ここを離れないわけにはいかないのだ。全ては終わったことなのだ。章雄のこの言葉は正しい方向へ向かっていく私たちへの号令なのだ。

 そして、私と章雄は手をつなぎ、元の世界へと足を踏み入れた。そして、こうして本当に長かった夜の世界とお別れをしたのだ。

   

 朝なんか来なければいいのに。それが私の正直な思いだった。朝が来れば次の日が始まってしまう。次の日が始まると学校に行かなければならない。そして、学校に行けばいじめられる。だったらずっと夜のままがいい。二度と朝日など見たくない。私は夜中の二時過ぎに一人ベットの上で膝を抱えていた。学校など行きたくない。けれど、引かれたレールの上を外れるのは怖い。ここを抜け出したい。ここを抜け出してどこかに一時的に避難したい。

 神様が本当にこの世にいるのか私にはわからない。けれど、いるのだとしたらきっと私の願いを聞き届けてくれたのだろう。家の外から物音がした。

 私は自分の二階の窓から道路を見下ろした。そこには月が浮かんでいた。正確に言うと小さな満月だ。人の頭くらいの大きさの月が路上にぽっかりと浮かんでいた。私はあまりのことに開いた口を閉じることができなかった。私はしばらくその月を見つめていた。すると月はゆっくりと動き始めた。まっすぐ平行に動くのではなく、上下に揺れながら動いた。そして、それで私はやっと気がついた。その月は本当に頭なのだ。月の下には黒いスーツを着た人間の体がついている。外が暗いのでそのことに今まで気がつかなかったのだ。私は「あ!」と声を上げてしまった。

 月人間が顔を上げた。私は動くことができずに月と目が合う形になる。とは言っても月に目はなかったのだが。

 月人間は私に気がつくと、少し小首を傾げそのままの姿勢で固まっていた。そして、私に向かって手招きをした。

 不思議なのだが、その頃になると私は魔法にでもかかったみたいに恐怖を感じなかった。そして、胸の中で好奇心だけが渦巻いていた。私は一階に降りると靴を履いてそっと玄関を開けた。玄関の前に月人間は立っていた。

 そして、おそらくはゆっくりと歩き始めた。私は彼の後についてゆく。私は自分を制御することができなかった。好奇心に支配され、外を出歩いては危険だとか、知らない人について行ってはダメだとか考える余裕がなかった。私は立ち止まろうと何度も思ったが、月人間が歩き続けるので後を追わないわけにいかなかった。

 私の家の近所をしばらく歩き、私は気がついた。この道は通学路だ。私の高校へと続く通学路をこの月人間は歩いている。

 私は通学路が嫌いだが、夜の通学路は昼間の通学路とはまるで違う場所に見えた。皆寝静まっており、音がない。騒々しい喧騒や朝の挨拶なんかがない。そんなものがない通学路は私に友好的に感じられた。月人間の頭を見つめながら私は夜の友好的な通学路を歩いた。月人間の頭はボコボコしていてクレーターなんかもちゃんとある。本当にミニチュアの月なのだ。そのことで私は妙にリアリティーを感じた。程のいい夢との境目がそのリアルなクレーターにあるように思われた。これは夢ではない。月人間の頭は光っていた。日光を反射して光っているのだろうか?けれどそんなはずはない。ここには太陽がないのだから。けれど、内側から光っているようにも見えない。どういう仕組みなのだろう?

 やがて、月人間は案の定私の高校に到着した。いつも夜には閉まっているはずの門が開いていて、私たちは夜の校庭に入っていった。静かな校庭。朝礼台にも校庭にも誰の姿も見えない。本当に別の場所みたいだ。そして少しわくわくする。

 月人間は、校庭の真ん中に立つと私の方に向き直った。

「ここまでついてきて、どう思った?もっと先まで行きたいか?」

その声はくぐもった男の声だった。私の答えは決まっていた。

「行きたい。どこまででも逃げたい。」

月人間はゆっくりと頷いた。

「逃避。そのためにあちらの世界に行きたがる者は多い。だがしかし、逃げ出しても物事は解決しない。いいか?そのことだけは忘れるな。術になる。生き残るための術になるからな。」

そう言って、月人間は言い聞かせるように指を一本立てた。「逃げ出すことでは解決しない。」

私は頷いた。よく聞く説教だと思いながら。

「では、行こう。」

月人間は朝礼台に手をかざした。すると、そこに黒い靄が生まれた。私たちは朝礼台に近づく。

 月人間は、朝礼台に登って行った。そして、私を一度振り返ってその黒い靄の中に足を踏み入れた。私も彼の後に続く。こうして、私は本当に陽の光を捨て、夜の続く世界へと足を踏み入れたのだ。

   知らない場所 よく知る暗闇

 私たちは、建物の内部にいた。ガラスで囲まれた建物だ。細長い廊下。ガラスの外には草が茂っている。ここも夜だ。月人間は私に振り返ると言った。

「幸運を祈る。私は行かねばならない。」

私は彼にもっと質問をしたかったが、次の瞬間彼は飛んで行ってしまった。彼は一度軽くその場で飛ぶと、ヒュンっとガラスを通り越し、そのまま宙に浮かび本物の月になった。けれど、本当だろうか?私の幻覚ではないだろうか?私がそのことを確かめるためにガラス越しにじっと月を見上げていると、足音が聞こえてきた。それは急ぎ足でこちらに走る音だった。私の体は自然と緊張する。

「あ!」

そこにやってきたのは、高校生くらいの男の子だった。髪は黒く短い。背は175センチくらいで、痩せ気味だ。彼の顔はアライグマを連想させる。

「ねえ、ここに月がいなかった?」

「いた。」

私は答え、ガラス越しに月を見上げた。

「あ!」

彼は再び声を上げた。

「戻ってる・・・。あいつ。」

その声には怒りがこもっていた。握りこぶしを作って、歯をギチギチ言わせている。

「どうしたの?」

私は聞いてみた。

「あいつは、月人間は、俺たちをここに閉じ込めて殺しているんだ。一人ずつ。ちょっとずつ。怯えさせながら楽しんで、殺しているんだ。」

私はそのことを聞いても心一つ動かなかった。

 私は彼の後について廊下を歩いた。両面ガラス張りの廊下からは外の様子が伺えた。霜に濡れる植物。幻想的な月光。鈴虫の鳴き声。ここは全体的に青い。夜の青さだ。

「電気は点かないの?」

私は聞いてみた。

「点かないんだ。ここではみんなこの青の中で生きている。そして死んでいく。」

「あなたの名前は?」

「祐介。君は?」

「私は、まい。」

「まい。ここに来たのが運の尽きだね。そのうち君も僕も死ぬんだ。」

「死ぬのは運の悪いこと?」

彼はうんざりした様子で振り返った。

「当たり前じゃないか。」

しばらく歩くと、広場に出た。そこにはテーブルが並んでいて、人が3人座っていた。皆高校生くらいに見える。けれど知り合いは一人もいなかった。

「ええと、新しく入ってきたまいちゃんだよ。」

祐介は言った。

「右に座ってるのが輝男。真ん中がゆみ。左が章雄。」

「よろしく。」

輝男は大柄な男だった。ラグビー部だろうか?鼻がずっしりとしていて、眼光もするどい。

「女子でよかった。」

ゆみは、線の細い背の低い女だった。けれど、私は緊張した。私をいじめるタイプに見えるからだ。

章雄は何も言わずに外を眺めていた。すごく素っ気ない。けれど、なぜか私は章雄に一番安心感を覚えた。

「じゃあ、まい。ここの説明をしておかなくちゃね。」

祐介は、私に椅子を進めると、紙コップで紅茶を作って持ってきてくれた。

「クリームと砂糖は?」

「いらない。」

私は紅茶を一口飲んでほっとした。

「いいかい?僕らは君と同じように月人間にさらわれてきた。そして、ここで元の世界に帰れないかと模索している。ここまではいい?」

私は眉根に皺を寄せた。

「何か引っかかる?」

ゆみに聞かれて私は思い切って言った。

「私はさらわれたというより、自分から来た。」

「自分から!?」

ゆみが大声を出したので私は怯えた。

「なんでこんなとこに自分から来るわけ?」

私は俯き、じっとしていた。そうしているとゆみの怒りはますます大きくなるようだった。

「気持ちわるっ!自分からあんな男について来るとかマジおかしいよね。」

私は涙を流してしまった。これでは逃げ出してきた外の世界と同じじゃないか。

「うわっ!」

ゆみは泣き始めた私に引いていた。

クラクラする思考の中で、私の中にイメージが流れてきた。月人間が指を一本立てている。「逃げ出すことは解決にならない。」そう言っている。私は覚悟を決めて顔を上げた。

「悪い?私は現実世界が地獄だったのよ!あんたみたいなのにいじめられたせいでね!!」

そこまでをゆみを睨みつけて一息に言ってしまった。

「なっ!あたしそんな悪いことしたか?」

ゆみは敵意がないことを示すように両手を前に出して言った。

「まあまあ、とにかく。話戻すけど、僕らはさらわれてきた、君は自分から来た。多少の差こそあれ僕らはここで動けないでいる。この建物から出られず、太陽も昇らない。」

「太陽も昇らない?」

私は顔をしかめて祐介を見た。

「冗談よね?」

「冗談ならいいんだけどな。」

大柄の輝男は鼻の脇をかきなが言った。

「実際に昇らないんだよ。長い長い夜なんだ。」

「ここの植物は枯れないの?太陽がないのに?」

ここに来る途中のガラス越しの廊下の外の植物は皆生き生きしていた。

「あ?ああ。あれは確かに不思議だよな。」

「ねえ、章雄。あんたもなんとか言えば。」

ゆみに促されて章雄は一言言った。

「そうだな。」

それに続く言葉を待っていたが章雄はそれ以上何も言わなかった。まるで私たち相手に言葉を発することがエネルギーの無駄だとでも言わんばかりに。媚びない性格は私を安心させる。

私は紅茶を飲み終わると立ち上がった。

「あのさ。探検してきていいかな?」

「ああ、気をつけろよ。次死ぬのはお前かもしれねえぞ。」

「私はあんたの言うこと信じてないから。」

私はそう言って笑いかけた。

 薄暗く、全体的に青っぽい廊下をまっすぐ進み、トイレの横を通る。ここはまるで学校だ。教室のない学校。それか、病院。病室のない病院だ。ここはいろいろなものが欠けている。太陽もその一つだ。

 しばらく進むと、耳障りな音が聞こえてきた。刃物をこすりあわせるような音。ここには他にも誰かがいるのだろうか?私は音の方へ近づいていった。音は最初前から聞こえていたのだが、急に後ろから聞こえ出した。どうなっているのだろう?

 とにかく音のした方を振り向くと、二つの出刃包丁を持った目のない男がゆっくりと歩いていた。なぜ目がないのだろう?私は静かに彼を観察した。彼に目はなく、目のあるはずの場所からは緑色の蒸気が出ていた。蒸気じゃなければそれは霧だ。その霧は私に迫り、ついに私はその霧を吸い込んだ。死ぬのだろうかと思ったがその霧は無害なようで何も起こらない。そしてその目のない男は私の横をゆっくりと通り越して行った。こいつはどうやら無害なようだ。私は彼の後をついていこうかとも思ったが思い直してやめた。とりあえず元の広場に戻ってみんなにさっきの男のことを聞いてみようと思った。

 元の広場に戻ると、そこにいる四人は顔を突き合わせて何かを話していた。あの章雄までもが会話に参加していた。どこか怪しい。

「ねえ、何の話をしていたの?」

私は尋ねた。

「なんでもないよ。大したことじゃない。」

祐介はなんでもなさそうにそう言った。そう言われると本当になんでもないような気もしてくる。私の考えすぎだろうか?

「あっちにへんな人がいたよ。」

私は言った。

「へえ、どんな?」

ゆみは好奇心をそそられたようにそう尋ねた。

「目がなくて、出刃包丁を両手に持った人。」

「ああ、あの人ね。小園さんっていうのよ。」

「小園さん?」

私はにやけながら尋ねた。面白いことを言う。

「ええ。小園さん。いつもああやって見回りをしているの。」

「何を見回っているのかな?」

私は尋ねた。

「さあ、見当もつかないわ。」

「紅茶、お代わりいるでしょう?」

ゆみは紅茶を作りに立ってくれた。

「ゆみ、・・・ありがとう。」

私はそう言ってゆみに微笑みかけた。

 その日の夜。といってもずっと夜なのだが、眠くなったので、私は広場に敷いてある布団で眠った。広場には全部で6枚布団が敷いてあった。私たちの人数より一枚多い。

「この布団は誰のもの?」

私は一枚残っている布団を指差した。

「ああ、これはこの前死んだ人のだよ。気のいいおばさんだったな。」

「ふうん。」

私はそれ以上は何も考えずに眠った。

「ぎゃあああああ!!!」

私は悲鳴で目が覚めた。何が起きたのだろう?私は一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。薄暗い広場にいること自体がまだ夢の中のようだ。とにかく私は飛び起きて、悲鳴のした方へと駆けて行った。

 輝男、章雄、祐介も一緒に走る。悲鳴の声はどうやらゆみもののようだった。ガラスの廊下を走り、凄まじい血の匂いで私は立ち止まった。廊下を曲がると、無残に切り刻まれたゆみの死体がそこにあった。みじん切りだろうか?すごく細かい。けれど、顔だけは切り刻まれていなかった。私たちに誰なのかを教えるためのようだ。その顔は恐怖に歪んでいた。

「ひどい!」

私は叫ぶ。昨日紅茶を淹れてくれたゆみ。確かにえらそうなところはあったけれど、私も強く言い返して、もしかしたら友達になれていたかもしれないのに。私は顔を抑えて震えた。

「と、とにかく戻ろう。ここは危険だ。」

祐介はそう言って、私に手を貸してくれた。

私はよろけながら広場に戻ると、涙で濡れる顔をハンカチで拭った。章雄までもが青い顔をしている。

「月人間のせいだ。あいつが殺したんだ!」

輝男は怒りに任せてマグカップを壁に投げつけた。マグカップは粉々に砕けたが、ガラスにはひび一つ入らない。

「なんで出られねえんだ!」

「ゆみはいい奴だった。」

祐介は言った。

「そうよね。」

私は同意する。

「きっといい子だったわ。」

私たちは、出口がないのかもう一度調べてみようと言って、二人ずつに分かれて再び建物内を調べた。私と章雄。祐介と輝男に分かれて歩いた。

「ねえ。」

私は果てしなく続くガラスの廊下を歩きながら章雄に言った。

「なんだ?」

「ゆみって、どんな子だった?」

「・・・。」

章雄は何も言わなかった。やはりこの人は喋るのが嫌いなんだ。

「俺は、あんまり好きじゃなかったな。」

私は章雄を見上げた。彼と目が合う。この人は何を言っているのだ?

 そのとき、音が聞こえてきた。刃物の擦れる音が聞こえてきた。小園さんだ。

「ねえ、今私小園さんに会いたくない。行きましょう。」

私は彼を促してそこを離れた。

広場に戻っても、まだ祐介と輝男は戻っていなかった。私と章雄はコーヒーを作って飲む。

「今が朝の時間なのか夜の時間なのかさっぱりわからないわ。」

私は言った。

「あるいは、時間は進んでいないのかもしれない。」

「時間が進まない?」

「だから植物も枯れない。」

「・・・じゃあ、止まった世界で動いている私たちは一体なんなの?」

章雄は真っ直ぐに私の顔を見つめた。真剣な瞳は何かを訴えかけてくる。私に何かを伝えようとする。そのとき足音が聞こえた。

「やっぱり出口はねえよ。」

祐介と輝男が疲れた顔をして戻って来た。椅子に座るとだらんと体の力を抜く。

「どうしてあの子が死ななきゃならなかったんだろう?」

私はそう言った。その言葉は、急に吹雪が入ってきたかのようにその場を凍りつかせた。

「何も悪いことしていないのに。」

刃物のこすれ合う音が近づいてくる。小園さんだ。

「ねえ、なんで死ななくちゃならなかったの?・・・小園さん?」

私は小園さんを振り向いてそう尋ねた。

小園さんは両目のあるはずの場所から緑色の霧を再び放出した。それは、私の鼻から体に入る。けれど無害だ。

 その霧は祐介、輝男、章雄の体にも入る。けれど、彼らが吸い込んだ緑色の霧は、吐き出すときに赤色に変わった。すると、小園さんは、その赤に反応し、出刃包丁を振り回す。輝男が刺し貫かれた。祐介と、章雄は立ち上がり走り出す。私はただじっとその光景を見ていた。

   ゆみの視点

 まいが来たとき、嫌な気がした。彼女は私たちのことがわからないようだったので私たちも初対面のふりをした。私たちがここに連れてこられたのは一体なんのためなのかわからない。ただ、担任の先生が殺されたとき、嫌な予感はしていた。ここに集まったのは、小園さんをいじめた人ばかりなのだ。

 初めて小園さんを見たとき、ぎょっとした。死んだはずの彼女がなぜここにいるのだ?彼女は目を失い、その代わりにそこから霧を発生させて担任を殺した。どうやら小園さんに罪悪感のある人間がその霧を吸うと、赤色にかわるらしく、赤い霧を目当てに彼女は私たちを殺すらしい。私は小園さんに怯えた。

 小園さんに会っても平気だったまいは、やはり彼女をかばっていたせいだろう。そのせいで私たちは次のいじめのターゲットを彼女に決めたわけだが、こうなるならいじめなければよかった。私は今、布団の中で怯えている。小園さんに怯えている。けれど、トイレに行きたい。トイレのそばに小園さんはいるかもしれない。どうしよう、まだ死にたくない。

   最後の闇

 小園さんは、祐介を追いかけた。祐介は何度も謝りながら廊下を逃げる。

私は小園さんのあとについていく。

「小園さん、ごめん。小園さん、ごめん。」

私はいろいろなことを思い出す。いじめのこと、学校のこと、この四人と知り合いのこと。死んだ気のいい中年のおばさんはいじめを見て見ぬ振りした担任だということ。

 そして私は笑う。静かに笑う。そして、激しく笑う。

祐介は廊下の突き当たりで悲鳴を上げて死んだ。

 そして、私と章雄と小園さんが残された。

「ねえ、小園さん。章雄君も何かしたの?」

私は章雄君を探す小園さんに聞いた。

「章雄君は優しいよ。ただ、助けられなかっただけで、いじめを嫌だと思っていたはずだよ。」

小園さんは返事をしない。赤い霧を目当てにすたすた歩く。

「ねえ、小園さんったら!」

小園さんは何も言わない。ただの怪物と化しているのだ。

やがて、章雄が見つかる。彼はガラスの廊下で立ち止まって、外を見ている。月を見上げる。

「殺してくれ。俺が悪かった。」

彼は言う。表情は安らかだ。小園さんは、緑色の霧を放出する。章雄はそれを吸い込む。けれど、今度は赤くならない。緑色になる。

 やがて、小園さんはにっこりと笑う。霧がなくなり、目が戻る。そして言う。

「ありがとう。」

彼女はやがて薄くなり、消えていく。最後の闇は去っていく。

 気がつくと、辺りは少しずつ明るくなり始めている。太陽が昇ろうとしているのだ。

「章雄君。」

私は彼を見る。気持ちはとても穏やかだ。

「忘れよう。」

彼は言う。

「それは、暗い世界で起こった暗い出来事だ。」

私は頷く。やがて、明るい靄がガラスに現れる。向こうの世界が見える。朝礼台と明るい校庭だ。

「行こう。」

章雄が言う。私は頷き、彼と手をつないでそこを後にする。


最後まで読んでくれてありがとう

無事に光の世界に帰れましたか?

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