昼の嵐
俺と涼が昼飯を食べにあっちゃんの教室へ行くとあっちゃんの他に龍も居た。うっす、と二人に声をかけるとうぃっす、と返された。どこの体育会系だよ。
向かい合ってるあっちゃんと龍の対角線になるように俺と涼が対面になって座る。あっちゃんは既にご飯をむしゃむしゃと食べているが、一応龍は待っていてくれたらしい。
「古倉は?」
「カズくんは購買に行ってるよー」
俺が尋ねるとあっちゃんがご飯を食べながら答えてくれた。教えてくれたのはありがたいけど食べてからにしてくれ。
カズくんというのは俺たちの友人、古倉和春のことだ。中学の同級生で今でも仲が良い。というか、俺もあっちゃんもこの双子も全員同じ中学である。別に俺達は高校の友達が居ないとかそういうわけではない(龍は除く。あいつは良い奴だけど無愛想すぎる)。ただ、一番気が合って楽なのがこのメンツっていうだけの話だ。だからこうやって集まることも多い。
話を古倉に戻そう。古倉は一言で言うと『無気力』。基本的にやる気というものが欠如している。俺やキングオブテキトーの涼よりも無い。そんな面倒くさがりの古倉は口を動かすことも面倒なのかあまり喋らない。たまに喋ったと思ったら毒を吐くこともしばしばある。まぁ基本的には人畜無害なんだが。
ただし、やる気が出た時の古倉の行動力は異常である。通常からは考えられないほどの俊敏さと積極性を発揮する。要するにやらないからできない奴なのだ。
「じゃあ、南雲は?」
今度は涼が訊くとあっちゃんは首を振った。
「今日は学校にも来てないみたい」
「宇宙人と交信してるんだろ」
ぼそりと龍が言ったが、あながち否定できない。
今話題に出た南雲というのは例に漏れず中学からの友人なのだが、古倉と違う点がある。それは女子だということだ。女子と聞いて夢を見る人もいるだろうが俺自身は南雲を女子とは認識していない。別に言動がおっさんとか体格がゴリラなわけではない。むしろ超がつくほどの美人であるし、スタイルも抜群に良い。じゃあ何が問題なのかと言われると、何と言えばいいのか。奇想天外の変人と言えばいいのだろうか。言ってることとやってることが俺の理解の遥か彼方なので説明が難しい。彼女に関しては同じ女で仲が良いあっちゃんが説明するのが良いだろう。俺じゃ無理。
不在の人数を確認したところで、さて弁当を食べるかと蓋を開けたとき、急にあっちゃんが歓声を上げた。
「うわー! 二人の弁当美味しそう! これもロンちゃんがつくってるの?」
あっちゃんの目線の先には双子の弁当箱があった。かなり美味しそうであっちゃんが声を上げるのも分かる。以前、食べさせてもらったことがあったが見た目と違わず美味しかった。
「まあな。ていうか、ロンちゃんて呼ぶな」
「えーいいじゃん。今更でしょ」
あっちゃんは友達を渾名で呼びたがる。カズくんというのもそうだし、涼のこともすずやんと呼ぶ。龍のことはロンちゃんと呼ぶが、龍自体は嫌がっている。しかし、嫌がっていようともお構いなしに呼び続けるのがあっちゃんである。
「家族全員の朝食も作って、自分たちの弁当も作ってるんだろ? 尊敬するわー」
「俺一人じゃなくてばあちゃんと作ってるからな。何とかなってる」
「ちなみに俺は何もしてませーん」
イェーイとピースする涼の足を龍が蹴った。双子なのになぜこうも違うのか。
「家族全員って……八重樫家めっちゃ兄弟居たよね? 何人?」
「俺ら二人の下に七人かな」
「マジか」
大家族すぎる。テレビに出演できそうだ。八重樫家の話は二人からチラホラと聞いている。兄弟が多いこと、住んでいるところが小高い丘であること、叔父さんが社畜でおばあさんが怖くて弟妹は天使であること。両親は居ないらしい。俺は家族全員には会ったことはないが、話だけでもどれだけ賑やかなのかは想像がつく。
「そういえばお前も弟居たよな」
龍が思い出したようにあっちゃんに言うと、あっちゃんは嬉しそうに反応した。
「そーなのそーなの!! 今年中一になったんだけどね!? ほんっとうにかわいくってさー! もう世界で一番かわいいと思う!!」
デレデレした表情で語るあっちゃんを龍が鼻で笑った。
「世界で一番はない。俺の弟たちの方がかわいい」
「はぁ!? 絶対ウチだし!」
「それはちょっとないかなー」
涼までもが参戦してきた。ここにはブラコンシスコンしか居ないのか。俺は三人の醜い争いを横目に卵焼きを食べた。美味い。
とはいえ、そんな風に兄弟のことが好きなのは羨ましいと思う。俺だって姉が居たら嬉しかったし、妹や弟が居たらこいつらに負けず劣らずかわいがっていただろう。
「いいよなぁ……俺なんて」
一人ぼそっと呟いたところで「ただいま」と後ろから声が聞こえた。振り向くと古倉が立っていた。
「遅くなった」
「カズくーん! おかえんなさーい!」
あっちゃんが言い合いを止めて笑顔で迎える。古倉はいつも通りのやる気なさそうな顔でパンを頬張っていた。食べながら来たのかよ。
「遅かったね。混んでた?」
涼の問いに「いや……」と歯切れ悪そうに答える。その様子を珍しく思っていると、俺の首に強烈な衝撃が来た。
「ぐえっ!?」
突然の出来事に変な声が出る。後ろから、何かに、首を、絞められている。周りがどよめいているのが気配でわかる。一体何が起きているのか。
苦しさと驚きで混乱していると、耳元で無駄にハイテンションな声が聞こえた。
「ヤッホー! お前ら久しぶりー!」
その声を聞いた瞬間、俺の心の温度が氷点下まで下がる。
ああ、頼む、幻聴であってくれ。お願いします。
「みんなの期待の声に呼ばれてー! 飛鳥くんやって来ましたー!」
最ッ悪だ。俺の予想は当たってしまったらしい。俺が首を絞める相手を強く睨みつけると、そいつはニィッと楽しそうに笑った。
「おお、怖い怖い。そんな睨むなって」
「……離せ。さっさと失せろ……!」
俺が憎悪を込めて言うとそいつはパッと手を離した。げほげほと俺は咳き込んだが、そんなことはお構いなしにそいつはペラペラとしゃべりだした。
「おー双子ちゃん! 中学以来じゃね? 元気してる?」
「帰れ」
片方は殺気を放ちながら、もう片方はにこやかな表情で息ピッタリに言い放った。こういうところは流石双子だ。
「イェーイ! 飛鳥くん久しぶりー!」
あっちゃんは嬉しそうにそいつとハイタッチをしている。この場にいる人間で奴の登場を喜んでいるのはあっちゃんしか居ない。
「どうしたどうした! この俺の登場だってのに! 元気無いぞー! ――特に我が弟よ!」
「触んじゃねぇよ」
俺の肩に触ろうとした奴の手を思いっきり払って舌打ちした。
そう、今しがた迷惑な登場をしたこのクソ野郎は俺の兄だ。認めたくはないが正真正銘、血は繋がっている。
ボサボサの髪にイラつく眼鏡、人を馬鹿にするような笑い方。全てが俺の一つ上の兄の特徴に当てはまっていて、つまりはこいつが俺の兄であることを証明している。何故一年の教室に居やがる。
「何だー反抗期かー?」
ケタケタとクソ野郎は笑っている。俺はたまらず顔を手で覆った。
「こんな奴が兄なんて……」
「心中察するぞ」
人の心の機微に疎い龍に慰めの言葉をかけられた。よっぽどである。この双子もクソ野郎には散々な思い出しかないから俺に同情せざるを得ないのだろう。
「そっかー、古倉はこの人に絡まれていたのか」
涼の言葉に古倉は頷くと、何事もなかったかのようにまたパンを食べ始めた。ああ、まだ残ってたもんな。
何が楽しいのか知らないがクソ野郎はいまだニヤニヤと笑っている。死ね。
「どうだ、お前らもう学校には慣れたか?」
「うん、楽しいよー!」
クソ野郎に元気よくあっちゃんは返事をする。あっちゃんは小学生の時からこいつと面識があるし、かわいがってもらっているから悪い印象が無い。仲良くしてくれるお兄さん感覚なのだろう。慣れって恐ろしい。人の神経を麻痺させてしまうんだな。
「そっかーあっちゃんは良い子だなー。それに比べこっちのあっちゃんは……」
「キッメぇ。消えろ。頭吹き飛べ。あっちゃんて呼ぶな」
「こっちのあっちゃん口悪いな」
間髪入れずに暴言を繰り出す。語彙が小学生レベルだと自分でも思うが、こいつを見たらとにかく暴言を言わずにはいられない。何故なら俺はこのクソ野郎が大嫌いだからだ。
「おうおう吠えるねぇ。まぁ、お前らの顔も見れたことだし行きますか! またなー!」
「二度と来んな」
あっはっはと笑いながら奴は教室を出て行った。二度と会いたくもないし会話もしたくない。だが、家に帰れば強制的に会うことになる。マジで鬱。
「……相変わらずだなぁ、あの人。つか、何しに来たんだよ」
「清々しいまでに変人だな」
「あっくん大丈夫ー?」
あっちゃんが机に突っ伏した俺を指でツンツンとつつく。が、俺にはもう反応する気力が無い。
「……ライフゲージが尽きている……」
「返事がない。ただのしかばねのようだ」
涼の茶化す言葉にうっせ、と小さく言い返すので限界だった。