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ヒナゲシ  作者: やまぐち光緒
6/22

私は元気だから歩くの大好き

 私が遠回りして帰ろう、と言うとあっくんは特に反対せずに頷いた。何か遠回りして帰らなきゃいけないような理由があったわけじゃない。ただ、今日はなんとなーくそうやって帰りたい気分だったのだ。


 今日は学校も早くに終わって、帰宅部である私たちには十分すぎるほどの時間があった。普段ならこういう日はパフェでも食べに行くのだけれど、もう今月は財布に余裕がない。ジャンプして小銭の音が鳴ることも、ましてやお札がひらひらと落ちてくることもない。金銭不足は全国の女子高生の切実な悩みです。


 だから今日は散歩の日にした。散歩はタダでもできるからね。嬉しいことに今日は一日中ポカポカと暖かくて、空は気持ちいいくらいに晴れ渡っていた。大きく空気を吸ってみれば、安心するような春の匂いでいっぱいになる。私は春が一番好きだ。あ、やっぱり夏も好き。いや秋も冬も好き。うん、結局全部好き! みんな違ってみんないい!!




 と、いうわけで今回は登山を試みる。登山といっても全然本格的なやつじゃなくて近所のおばあちゃんが日課として毎朝歩けるくらいの高さの山だけど。


緩やかにうねった山道を二人でのんびり上っていく。斜面に生えた木がちょうど木陰を作ってくれているから日も眩しくない。私たちの住む町は本当に坂が多い。アップダウン激しすぎ。でも、見下ろす町並みとか緑色の田んぼはとてもきれいだからそんなに悪いものでもない、と思う。


「ひゅー絶景かな! ほら見て! あっくん! ヘリコプター!」

「無理眩しいから上見れない」

「この軟弱者が!」


 みたいな感じで景色を楽しみつつ歩いていくと、坂を上り切ったところに蕎麦屋さんがあった。入り口のところで白いのぼり旗が風ではためいている。なにゆえこのようなところにおわすか、と思いながらさり気なく窓ガラス越しの店内を窺うと、カウンター席でおじいさんが蕎麦をすすっているのが見えた。人が食べているものって何であんなに美味しそうなんだろう?

私は思わずあっくんの顔を見たけどあっくんは無言で首を振った。うん、私もお金ないしね。残念、また今度。名残惜しみながら私達は蕎麦屋さんを通り過ぎ、また探索の旅に出る。


 自分が住んでいる町、とはいっても今歩いているこの場所は普段行く機会が無いところだ。来たのなんて限りなくゼロに近いはず。来る用事も無いし。まだ知らない道に入ったり、見慣れない風景を見たりすると何だか別世界を冒険しているようでワクワクしてしまう。というか、テキトーにぶらぶら歩いているからここがどこなのかちょっと分からない。これ、ちゃんと家に帰れるのかな。ちょっと疑問だったけれど、まあなんとかなるかと思い直す。あっくんも居るし。


 蕎麦屋さんから少し行くとトンネルがあった。見つけた途端、私の胸がときめきで高鳴る。だってトンネル! ミステリアスファンタジックロマンスな香りがするから大好き! 

 トンネルの入り口は苔がむして、蔦とかが色々絡まってすごく古ぼけた感じがする。映画とかに出てきそうな雰囲気。横にプレートが付いているけど何て書いてあるのか読み取れない。多分、トンネルの名前なんだろうけど。暗闇のずっとずっと奥の方に出口の光が見える。


「ねえねえ入ろうよ!」

「わかったから引っ張るな。パーカーが伸びる」


 すっかりテンションが上がった私はあっくんの腕をグイグイと引きながらトンネルの中へ入った。中はひんやりとしていて涼しく、私たちの歩いている音がやけに大きく響く。薄暗くのではっきりと見えるわけではないけれど、よくあるスプレーの落書きみたいなものはなかった。人通りが少ないからそんなことする人も居ないのかな。


 たまにぴちょん、とどこかで水滴が落ちる音がする。


「なんか、昔を思い出すなあ」


 私がしみじみと言えば、あっくんが首を傾げた。


「昔?」

「ほら、幽霊トンネル! 私もあっくんもビビっちゃってダッシュで駆け抜けたやつ」

「ああ! 懐かしい! めっちゃ手繋いでな!」

「そうそう! 二人とも泣き叫んでたし!」

「泣くくらいならやめときゃいいのに。俺たち馬鹿だったよなー」

 

 なんて昔話に花を咲かせていたらあっという間に出口に着いてしまった。トンネルを出た先には入る前と同じような道が続いている。

 ちらっと後ろを振り返ってみるが、やっぱり奥の方に光が見えるだけだ。


「なあんだ。トンネルを抜けたら異世界でしたー、とか期待してたのに」

「んなアホな」


 あっくんは呆れた声を出したが、いいじゃないかちょっと夢見てみたって。あり得そうな雰囲気出してたじゃん!

 私は唇を尖らせたけれど、あっくんがさっさと歩きだしてしまったので慌てて追いかけた。




 さっきまでがピークだったのか道は次第に下り坂になっていた。だけど、相変わらずうねうねと曲がりくねっている。坂を登るのと降りるのじゃどっちが辛いんだろう。登るのも大変だけど降りるのも降りるので膝とかに負担かかるし。イーブンですかな。

 心なしか歩調が早めになっている気がする。やっぱり下り坂だから? あっくんは私の歩く速さに合わせて歩いてくれている。でも、何が気になるのかさっきからパーカーの袖でしきりに目を擦っていた。そんなに擦ったら目が赤くなる、と思ったら案の定あっくんの目は真っ赤になっていた。


「あっくん、擦るなって。目薬貸そうか?」

「いい。大丈夫」


 本当に大丈夫なのかなあ。確か花粉症ではなかったはずだけど。

 ちょっとだけ心配しているとあっくんが何かに気づいたようにあ、と小さく声を漏らした。彼の人差し指が真っ直ぐ先へと向けられる。それに従って前を見ると私も思わず言葉を漏らした。


「……あれは、家?」

「……家だろ、多分」


 ゆるやかな下り坂の途中、左手に西洋風の家らしき建物を見つけた。背の高い木に囲まれてよく見えないけれど、レンガっぽいもので出来ているみたいだ。こんな何もない道の途中に? 私とあっくんはお互いに顔を見合わせていたけれど、すぐに好奇心が疼き出した。


「ねえ、もう少し近づいてみようよ」

「よっしゃ、行くぞ」


 私たちは自分の欲望に素直に従う。お陰様でストレスフリーな毎日を送って――なんてどうでもいい、今は謎の家が優先。玄関を探す前に周囲の様子を偵察する。傍から見たら私たちの姿は完全に空き巣だけれど、今はそんなことに気づかないくらい謎の家に興奮していた。

 近くまで行くと中々に大きい家だと分かる。家というよりはお屋敷? なんだろうかこれは。まあとにかく、その家は白い柵で囲まれていた。高い柵なので上からは見れそうにない。別に私の背が低いせいじゃないから。

 それなら、と柵の隙間から覗き見ようとしたらなんか植物がわさわさしているせいで中の様子がよく見えない。失礼しまーす、とそれらをちょっとだけ掻き分けると目に入ったのは、


「あ」


「ポピーだ」

雛罌粟ひなげし


 二人とも同じタイミングで別の単語をしゃべった。私とあっくんは顔を見合わせる。


「え? ポピーでしょ?」

「え、ヒナゲシだろ」

「そんな和風な感じじゃないでしょ、この花」


 柵のすき間から少しだけ見えたのは赤、白、ピンク、と色とりどりに咲く花の群れだった。風にゆらゆらと揺れているのがとってもかわいい。かたち的にポピーに違いないはず。なのにあっくんはヒナゲシだと言い張っている。何、ヒナゲシって。ゲジゲジの仲間?


「いやヒナゲシだろ。昔も似たような話しなかったっけ」

「え~? 記憶にございませんなあ。……にしてもすごいキレイな庭」

「あ、チューリップある」

「パンジーとかも咲いてる。何種類咲いてるんだろ」


 ポピー(絶対ポピーなのでポピーと言っておく)が咲いていたのはその家の広い庭のほんの一角に過ぎなかった。隙間からちらっと見える範囲だけでもかなりの面積があるのがわかる。たくさんの緑でいっぱいになっていて、まるで外国の映画にでも出てきそうな素敵な庭だ。思わず二人で感心するように見入ってしまう。庭を囲んでいる柵のすき間を覗き込んでいるわけだから、今の私たちの姿は超怪しい。人通りのない道で良かったと思う。


「この庭、誰がお手入れしてるのかな? ここの家の人なのかな?」

「家の人、絶対美人だよな」

「いや、それは知らないけど」


 柵から少し離れて全体をしげしげと眺めてみればかなり年季の入ったレンガ造りの家なのが分かる。なんか、こう、地中海辺りにありそうな、ミラノ風? のやつ。由緒正しいお金持ちの家だと言われても納得できる。


「私の予想だと素敵なおじいさんかおばあさん! もうちょっとよく見えたりしないかな? 玄関はどこだろう」

「やめとけ。完全に不審者だし、迷惑になるだろ」


 玄関を見つけようと家の周りをうろちょろするとあっくんに止められた。自分だってさっき怪しさMAXで覗いていたくせに。

 私が不満げに頬を膨らませても無視された。別にいいけど!


「こんなにおっきい家と庭があるんだからお金持ちなんだろうなあ」

「この田舎なら話題になりそうなもんなんだけど……」


 あっくんが不思議そうにしている。いやー住み慣れた町でも知らないことはまだまだあるもんだ。散歩はこういう発見があるから楽しくってやめられない。

 この場所は私の中のおすすめ秘密スポットにさっそく追加された。


 素敵な場所も知れたし、そろそろ帰ろうと歩きだす。今回は蕎麦屋さんと素敵なお屋敷の収穫があったのでとっても良い散歩になった。


 まぁ、でも今一番すっきりはっきりさせたいことは。


「ねえ、絶対絶対ぜぇーーーったいに! ポピーだよ!」

「ヒナゲシだって言ってんだろ!」

「ちーがーうー!!」


 坂を下る間中、二人で暫く口論をしていたけれど、山を下りた途端どこからか匂う焼き魚の匂いで花の名前論争は今日の晩御飯の話題へとあっさり変わってしまった。私たちはやっぱり花より団子らしい。


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