多分二卵性
放課後、駅前にできた新しい店にパフェを食べに行くため俺とあっちゃんが意気揚々と生徒玄関へ行くと、前方によく知っている姿が二つあった。
俺は隣にいたあっちゃんと顔を見合わせてニヤリと笑う。流石長年一緒に遊んできただけあって考えてることは同じらしい。お互いにコクリと頷くとそれぞれ目標を定めて一気に駆け出し、その背中に強烈なタックルを仕掛けた。
「ヤッホーー!!」
「どーーん」
「がはっ!?」
俺たちにタックルされた二人は似たような潰れた声を上げ、揃って無様に倒れた。奇襲成功。俺とあっちゃんがいえーいとハイタッチしていると、下から恨めしそうな声が聞こえてきた。
「マジでふざけんなよ、お前ら……」
人の一人や二人殺してそうな目でこっちを睨みつけてくるのはあっちゃんがぶつかった方だ。しかし、そんなもので怯む俺たちではない。というか、こいつはいつも目つきが悪いので睨まれたところで今更どうということはない。
「きゃー、龍ちゃんこわーい」
「どーしよー殺されちゃうー」
「ざっけんな! 背骨折れたかと思ったわ!」
今、俺だちに向かって凄い形相で吠えているのは八重樫龍という。なんか凄い怖そうな名前だが、実際こいつは目つきも悪いしかなり無愛想だ。
「いや、今の結構痛かったよ?」
そう言いながらムクッと起き上がったのは俺がタックルした方で、してやられた、とでも言いたげな顔をしている。こいつのフルネームは八重樫涼という。
お分かりの人もいると思うが、こいつらは同じ苗字、ついでにいえば二人とも俺たちと同じ学年。そう、双子である。
しかしこの二人、双子といえども外見も中身もあまり似ていない。
龍はさっきも言った通り目つきが悪く無愛想で非情に話しかけづらい雰囲気があるが、涼の方は明るく社交的だ。こう言うと龍が不良のように見えるがそんなことはない。実は真面目なのは龍の方で涼はビックリするくらいテキトーな男だったりする。涼は俺たちと悪ノリすることが多いが、龍は貴重なツッコミ役である。
「いや、でも今のリアクション二人ともそっくりだったね! さっすが双子!」
「ほんと? ありがと」
「お前は何でお礼言ってんだ!」
あっちゃんの言葉に楽しそうに返答する涼にすかさず龍がツッコんだ。今日もキレキレですね。
「でもさー龍に体当たりしたのはあっちゃんだぞ? 別に倒れるほどの衝撃でもないだろ」
「このチビ全力でぶつかってきやがった。手加減ってのを知らないんだよ」
「誰がチビだ!」
禁句ワードを言われてあっちゃんが怒った。彼女に身長のことを言ってはいけない。あっちゃんは猫が毛を逆立てるように龍を威嚇し始めたが、その小ささでは悲しいかな、これっぽっちも怖くない。
威嚇されてる龍は面倒くさい、という表情を隠そうともしていなかった。
「あーチビなの気にしてましたねーすんませんねー」
「何その態度ムカつく! 自分だってそこまで高くないくせに!」
「あ? ああ、すまん、そこに居たのか見えなかった」
「うっわ、この人私の足踏んできた! さいってー!」
「二人は今からどっか行く予定?」
あっちゃんと龍は無視して涼が俺に訊いてきた。こいつは案外こういうドライなところがある。
「駅前に新しい店できたじゃん。それ」
「ああ、なんかパフェが美味しいって聞いた。評判良いらしいね」
「うっげぇ、ほんとに、甘党、だよな、お前ら」
龍が顔を顰めながら言った。というか、何でお前とあっちゃんは取っ組み合いを始めてんだ。今にも殴りかかろうとしているあっちゃんと、それを必死で食い止めている龍の姿が目に入って心の中でツッコミを入れる。
龍は両手を使ってあっちゃんの腕を押さえているので体に力が入り、言葉が途切れ途切れになってしまっている。龍はこんな怖そうな見た目をしておきながら意外とひ弱で力がない。そんな見た目詐欺の龍をぶん殴ろうと全力であっちゃんはもがいているが、いくら相手が非力な男子だろうとやはり男女の力の差があってそうそう簡単には振りほどけないようだ。
「いいでしょー! 連れてってほしいって言ったって連れてかないからねー!」
「誰も、頼んで、ねぇよ!」
「あ、すずやんはいいよー! こんな意地悪な奴放っておいて一緒に行こうよ!」
あっちゃんは龍を睨んでいたぶっさいくな顔とは逆に明るく朗らかな顔を涼に向けた。すずやん、というのは涼のことだ。あっちゃんだけが使っている呼び方である。
「や、せっかくだけど今日はいいよ。二人で行きな。俺は龍と用事があるからさ。そろそろ許してやってよ」
涼があっちゃんに言うと、あっちゃんは龍に向かってべーっと舌を出して一応暴れるのを止めた。
「フン、すずやんに免じて許してやるから! 感謝しろよ!」
「そもそもお前がぶつかってきたのが悪いんだろうが!」
あっちゃんが大人しくなったので龍も手を放す。あっちゃんの腕にはくっきりと赤い手の跡がついているし、龍はゼーゼーと息が切れていた。あともう少しで龍の体力は限界だっただろう。
俺があっちゃんに行くぞ、と呼びかければ彼女はすぐにこちらへ来た。
「何をお前らは全力でやってんだ」
「いやあ、つい」
てへ、と笑うあっちゃんの頭を軽く叩くと、後ろで龍が焦った声を出した。
「うっわ、もうこんな時間かよ。涼、早く行くぞ」
「だからお前らが遊んでたんだろ。こっちのセリフなんだけど」
「え、何、急ぎ? 何かあんの?」
「今日は特売日だろ」
いや、さも当然のように言われても俺ら知らないんで。スーパーの特売日に急いで下校する男子高校生二人というのも珍しい。こいつらは家庭が家庭なので、特売日を見逃すわけにはいかないのだろう。これからおばさん達の闘争に身を投じるであろう二人の姿を思い浮かべると合掌したくなる。
頑張れよー生きて帰ってこいよー、と声をかけると靴を履き替えた二人はひらひら手を振って、そのまま走って自転車小屋へと向かった。
小さくなっていく二つの後ろ姿を見ながらあっちゃんがポツリと言った。
「あの二人、走り方は似てるよね」
それ俺も思った。