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ヒナゲシ  作者: やまぐち光緒
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ある日のお出かけ

「ねーねー、あっくんいつまでそこに立ってるの?」


 私が呆れてもあっくんはその場から動こうとしない。目の前のマネキンに目が釘付けになってしまっている。お店の中で何やってるんだか。私は三回目の溜息をついた。


「おーい! あっくんやーい」

「だってさー! このパーカー欲しいんだよー!」


 たかがパーカーの一着にこの必死そうな顔。あっくんは自他共に認めるパーカー愛好者である。根っからのパーカー党であり、パーカー教信者であり、パーカー愛好会名誉会員である。本当にどんだけ好きなんだってくらいあっくんはパーカーを持ってるし着ている。毎日学校に行くのにも着ていくし、三六五日中三六〇日は着てる。一部ちょっと誇張したけど、それくらいパーカーが大好きなのだ。


「あーあーあー見ろこの赤色! 自然と目が吸い寄せられる鮮やかさ! フォルムも完璧だしロゴも超かっこいい! ヤバい! 興奮してきた!」

「ねえちょっとほんとにキモいから。それお高いんでしょう? 値札見なよ」


 あっくんが値札を見て奇声を上げた。私も覗き見て、思わず笑っちゃう。こんなものを買ったら余裕で一ヶ月分のお小遣いは消し飛んでしまう。


「道理でいいはずだよなあ……。やっぱいいものにはそれなりの値段がするんだよ……。あーどうしよ! 人生は一期一会だぞ! あーあーあー!」

「あっくん! 今日の目的を思い出せっ!」


 頭を抱えて真剣に悩むあっくんの背中を思い切りぶっ叩く。また彼は奇声を発したけど、ここでこんなお高いものを買われたら困るのだ!


「私達は今日限定スイーツを食べにきたんでしょ!? いいの!? これ買ったら今日のご飯代どころか帰りの電車代もなくなるよ! それでいいの!?」

「ウ……ウゥ……ヨクナイ……ソレハ、ヨクナイ……」

「そもそもそんなお金は持ってないでしょ! 前からあの店のスイーツ楽しみにしてたじゃん! また来て買えばいいじゃない! ね!?」

「………………うん」


 長い沈黙の末にあっくんは頷いた。天を仰いだその顔はまるで憑き物が落ちたかのよう。全てを悟りきったかのような彼の頬に一滴の涙が流れる。


「偉い、偉いよあっくん。君は苦難を乗り越えてまた一つ大人になったよ」

「ああ……人生は別れと出会いの連続さ……。縁があったら、また、会えるよな」


 私達は静かにマネキンの前から姿を消した。いつか、きっと、必ず。二人は巡り合うだろうから……。






「おっ前、それこそ絶対に要らねえわ! 早く行くぞ!」

「ヤダヤダヤダ! ほーしーいー!」


 今度は私がダダを捏ねる番だった。ショーウィンドウの前から離れない私を引きずってでも連れて行かん、とあっくんは力を込めて私の腕を引っ張っている。それに負けじと私も両足がに股で踏ん張る。最早体裁など取り繕わぬ!


「だってそれドレスだぞ!? 何のために着るの!? ここど田舎だから! 着ていくところが無いだろ! 公民館でお披露目か!? なあ!?」

「これ、ちょーちょーかわいいんだもん! ピンクだしーフワフワだしーキラキラだしー」

「小学生じゃあるまいし……」

「ほら、あれだよ。ちょっとしたパーティーに着てくの」

「出たよ、『ちょっとした』。日本人の好きな言葉だよなあ。ちょっとしたお出かけ、ちょっとしたイベント。何だそれちゃんと具体的に言え!」


 ドレスの前から梃子でも動かない私にしびれを切らしてついにあっくんが怒鳴った。でも、私は足に限界がくる最後の時まで抵抗を試みるのだ!


「私、ハリウッド女優目指してるからドレスの一つや二つ着こなせないと駄目なの!」

「惨殺される日本人役ですか?」

「違いますー!」


 惨殺て! せめてもう少しマシな役を言ってほしかった! 準主役級とか!


 結局、あっくんの数分に渡る説得によって私は渋々ドレスを諦めた。というか、あっくんと同じで私も金を持っていなかった。買う以前の問題だね、うっかりうっかり。


 予定していた時間よりも遅れて本日のお目当ての喫茶店に辿り着いた。ここまで来るのになんと険しく辛い道のりであったか。ドアを開ければカランコロンとベルが鳴って、店員さんがいらっしゃいませーと声をかけてくる。二名様ご案内、と連れていかれたのは窓際の席だった。日差しが入ってきて明るいし程よく暖かいので文句もなく座る。


「……見事に周りは女子ばっかだな」

「大丈夫、あっくんは女の子みたいなもんだから」

「それは聞き捨てならねえな。どこでそんな判断されたの、俺」


 軽口を言い合いながらメニューに目を通す。私は季節限定苺グロテスク盛りパフェを。あっくんも季節限定の苺のグラマラスワッフルを頼んだ。


「グラマラスワッフルて何? 頭おかしいんじゃないの? 字面ヤバいよ?」

「そっちのグロテスク盛りこそなんだよ。R指定かかるんじゃないの」


 などとお互いの注文にケチをつけあっていたけれど、運ばれてきたものはどちらも普通に美味しそうだった。苺がふんだんに使われているし、見た目もかわいい。勿論、味の方も最高だった。二人とも無言で一心不乱に食べてしまった。


「ん~~! 美味しかった~! はー幸せ」

「うん、美味かった」

「グラマラスだった?」

「いやデリシャスでした」


 何かあっくんがクソみたいなこと言ったけど、幸せ効果であはははは~と笑ってしまう。人間って幸せだと些細なことがどうでもよくなるね! 


「あっくん、また来ようね」

「いいけど何か死亡フラグっぽいぞ、それ」

「はっはっは! まあ惨殺されるかもしれないからね!」


 根に持ってるのかよ、とあっくんが呆れ顔で言った。当たり前でしょ、バーカ。



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