近所の駄菓子屋さんっていいよね
「夏休みだよー! 全員集合ー!」
「もういるけど」
「おばちゃん、ソーダバー六本」
太陽が鬱陶しいくらいに輝く真昼間。高校生六人が駄菓子屋に屯している、というのはどうなんだろうか。
駄菓子屋「ギンコ」。駄菓子、ノート、縄跳び、水風船など何でもある子供たちのためのお店だ。ちなみに休憩スペースもあるという素晴らしさ。そんなお店に何故俺達が居るかというと、この腰に手を当てて仁王立ちしているチビに呼び出されたからだ。
「何でみんなさあ、そんなにテンション低いの? ねえ? 高1の夏だよ? 気張れよ!?」
訳の分からないことを叫ぶあっちゃんに、龍が疲れた視線を向けて言う。
「お前今は夏休みだぞ? 夏に休むと書いて夏休みだ。心身ともに療養の期間なんだよ」
「ちがいますー!! 心ときめくワンダフルなイベントが盛り沢山の期間なの!!」
「で? 何がしたいの?」
俺が尋ねると、よくぞ聞いたとばかりにあっちゃんは目を輝かせた。
「まずは海!!」
「却下」
「即・答!」
龍の間髪入れずの拒否に流石のあっちゃんもショックを受けていた。そうだ、確か龍は運動オンチなので泳げなかったはずだ。そりゃ行きたくないわな。
「何で何で!! 私の水着姿が拝めるんだよ? 行きたいでしょ?」
うふーん、とご丁寧にセルフ効果音を付けてセクシーポーズを取るあっちゃんに対し、双子の返答はどこまでも無慈悲だった。
「ハイ貧乳貧乳、解散」
「誰も幸せにならないよね」
「おばちゃーん!! こいつらからアイス取り上げてーー!!」
あっちゃんが店の奥に向かって叫んだが、返事は返って来ない。多分、おばちゃんテレビに夢中なんだと思う。
しかし、あっちゃんはめげなかった。こほん、と咳払いをして気を取り直す。
「じゃあ祭り! 祭りがあるよ! みんなで行こう!」
「お前とは行きたくない」
「ホワーイ!?」
南雲を除く、男全員一致の答えだった。あっちゃんの叫び声が店の天井を突き破り夏空へ響き渡る。
「だってさ、野路すぐあっちこっち行くし。小っちゃいから見つけにくいし」
「正直疲れる」
「子守だよな」
「もー怒った!! いーよいーよ、じゃあ男4人でむさっ苦しく夏を過ごせば? 彼女の一人もいないくせにー!!」
「あっちゃんブーメランブーメラン」
特大のやつ刺さってっから。
男達からの思わぬバッシングにあっちゃんの心も折れかけている。南雲だけは我関せず、といった顔でシャリシャリと2本目のアイスを食べているが、あっちゃんのことを弁護しないあたり、うん、まあ、そういうことなんだろう。
あっちゃんの味方は誰も居らず、四面楚歌、絶望的状況。まさにそんな時だった。
「すいませーん。アイスくださーい」
店先からよく通る声がした。そこに居たのは、
「すみれに……岸田先輩」
涼の言う通りだった。店先に立っていたのは和泉先輩と岸田紗々子先輩だった。
和泉先輩はいつも通りの美しい微笑みを浮かべている。まさしく夏の女神のごとし。その隣の岸田先輩は後輩の人数の多さに驚いたのか、少しだけ和泉先輩の後ろに隠れるように立っていた。
「みんなここで涼んでたの? 今日暑いものね。紗々子、どれにする?」
「……レモンがいいな」
岸田先輩もまた中学校からの先輩で、大人しくて引っ込み思案なところがあるけれど真面目な努力家だ。
肩くらいまで伸ばした前下がりの髪を触りつつ、小声でちょっと照れながらアイスを選ぶ岸田先輩マジでかわいい。なんて思いながら先輩をガン見していたら足を強く蹴られた。
「いって!! 何だよ」
「別に」
俺が古倉を睨めば視線を逸らされる。そっちがいきなり蹴ってきたのに何だってんだ。
疑問に思いながら足をさすっていると、あっちゃんが和泉先輩に泣きついた。
「先輩―! 聞いてよ、こいつら酷いんだよ!! 私のことをゴミみたいに扱うのー!!」
「ええ? ちょっと涼、龍。何か言ったの?」
「…………」
「こら! 何で無視するのよ!」
和泉先輩が詰め寄ると双子は揃って明後日の方向を向いた。こいつらは和泉先輩に弱い。あと竹若先輩も。
「あーあ! 私、みんなで遊びに行きたいだけなのに! 海に行きたいよー!!」
「じゃあ、一緒に来る?」
「えっ?」
和泉先輩の言葉にあっちゃんが騒ぐのを止めた。見る見るうちに顔に輝きが戻ってくる。
「ちょうど今度海に行く予定だったの。ね、ささ?」
「う、うん」
「ほら、朝高の方の海よ」
朝高は俺たちが通っている高校とはまた別の、海の近くにある高校だ。電車で行く必要があるがそんなに遠くもないので一時間もかからないだろう。
「行きたい行きたーい!! いいんですか!?」
「勿論よ。みんなで行きましょう」
にこっと笑う和泉先輩。こうなると双子は海に行くだろうし、南雲はまあ最初っから嫌がってはないからあっちゃんに誘われれば行くだろう。俺も和泉先輩と岸田先輩が居るなら喜んで行くが、残る古倉はどうだろうか。
俺が古倉を見れば、奴はいつものようにやる気のなさそうな顔をしていた。これは行かないかもしれない。
「あっ……あー、でも……」
急に和泉先輩が困ったような声を上げた。「どうしかしました?」とあっちゃんが声をかければ、先輩が苦笑する。
「今、思い出したんだけど、その、メンバーが……」
「おばちゃんラムネ一つ!!」
和泉先輩の声を遮った声。その場の全員が店の入り口を見る。
「あっ」
「えっ」
「うわっ」
「おえっ」
「…………いやーみなさん! これはこれは!」
最悪の展開だ。これは悪夢だ、覚めろ。しかし、非常にも現実は現実であった。
店の戸口に寄りかかってニヤニヤ気色悪い笑みを浮かべているクソメガネがそこに確かに居た。あと向田先輩も。
そこでハッと気づいた俺は絶望的な気持ちで和泉先輩に問う。
「まさか……他のメンバーって……」
「…………」
沈黙が答えだった。
「マジかよ……コイツ来るんですか……?」
「そもそも立案者なのよ……」
俺の心の天秤がグラつく。先輩方の水着は拝みたい……だが、デメリットが圧倒的すぎる!!
うおおお、と俺が葛藤している間にクソ野郎が話に入って来た。
「よう、あっちゃん何話してたんだー?」
「海の話!」
「あーなるほどね! 理解理解」
「行ってもいい?」
「おー来い来い! 人は多い方が楽しいからな!」
「わーい! ばんざーい!!」
能天気にあっちゃんが喜んでいる。俺にあっちゃんがクソと話をするのを止める権利は無いが、そろそろ話し合いをする必要があるかもしれない。あまりにも有害物質を取り込み過ぎている。
「ねえあっくんも行こうよ! お願い!」
「ううん……」
あっちゃんにこうも言われると断りづらい。俺が曖昧に答えていると虫がしゃしゃり出てきた。
「何だ弟~。お前も来たいか? うん? 別に嫌だったら来なくてもいいぞ。俺はあっちゃんと楽しくやってるから」
「あ? 行くついでにテメェを沈めてやるよ」
よし行こう決定。俺がこいつの悪影響からあっちゃんを守らねば。これ以上、変な影響を与えさせるわけにはいかない……!
「カズくんは? 行く?」
「…………行く」
これは意外だ。てっきり行かないかと思っていた。自他ともに認める面倒くさがりがあっちゃんの誘いとはいえ、真夏の海に行くなんて。あのクソメガネも居るのに。
……でも、よくよく考えたらこいつはそんなにクソ野郎を嫌っていない気がする。クソ野郎も何かと古倉に構いに行ってる印象があるし。にしても、この面倒くさがりが海に行くとは一体どういう心境なのか。
「ふっふっふ~! 楽しくなってきたあ……!」
この場で楽しそうな人間は数少なく。お天道様も入道雲もただ頭上から見守るのみ。
こうして何やら波乱の予感がする夏が開幕した。