テスト勉強
「絶対におかしい」
「……」
「何で数学ってこんなに難しいの?」
「……」
「いいねーロンちゃんは。数学できて」
「何でもいいから自分の教室に戻れ」
「冷たいこと言わずに教えてよー!」
「じゃあ最初からそう言え! いきなりこっち来られて愚痴られても困るんだよ!」
ごもっともだ。私がすいません、と小さくなって謝ると、ロンちゃんはフンと鼻を鳴らして腕を組んだ。
現在の時刻は五時半を少し過ぎたころ。放課後の教室で私たちが何をやっているかというとテスト勉強だ。真面目か。
もう既にテスト期間に入っているのでどこの部活も活動していない。校庭から運動部の声が聞こえていないのはちょっと寂しい。
ロンちゃんはいつもなら真っ直ぐ家に帰るけど、家だと弟たちがうるさくて集中できないとのことで学校に居残っている。なので私はロンちゃんの頭脳にあやかろうとして同じように居残ったのというわけだ。
……そう、真面目に勉強しようというわけなんだけれど。
十分後。
「……帰っていいか?」
「ダメダメ! 行かないでくださいお願いします」
帰る用意をし始めるロンちゃんに必死で縋りつく私の姿があった。ここで見捨てられたら本当に赤点取っちゃう!
私の熱意が伝わったのか、ロンちゃんは呆れながらも一応着席した。彼は何だかんだで私に甘いところがある。
「わざわざ教えてんのに。お前のやる気が見えない」
「あるよあるんだよあるはずなんだよやる気……」
「お前中学のときも同じこと言ってたからな」
私とロンちゃんは中学校三年間ずっと同じクラスだった。わからない、とテストになるたびに泣きつく私に、彼はいつも懇切丁寧に教えてくれていた。
そんな時代もあったなあ、と思い出していると頭をチョップされた。
「痛い!」
「現実に戻ってこい」
今ので絶対脳細胞死んだ! と頬を膨らませても、元から死んでるようなものだろ、と返された。悲しいことに否定できない。私はせめてもの反抗に歯ぎしりするしかないのだ! うぅ!
なんてことをしていたら、ちょうど教室を通りかかった先生に声を掛けられた。
「おー勉強か。感心感心」
「あ、先生こんにちは」
「ほら、あいつに教えてもらえよ」
「いやあの先生体育だから」
小声でロンちゃんと話しているうちに先生は教室に入ってきた。机の上に乗っているノートやら教科書やらをふんふん、と頷きながら眺めている。
「数学か。野路、大丈夫なのか?」
「先生、私の脳みその何を知ってるっていうんですか」
体育の先生にまで心配されてる。入学してまだ二、三か月なのに、私の頭のお粗末さがもう知れ渡っているというのか。
「はッはッは。でも自分から学ぼうとするその姿勢は良いぞ! 八重樫が教えてやってるのか」
「まあ……中学のときからずっとなんでいい加減にしてほしいですけど」
「ふっふっふ。あのとき私の隣になったことを恨むんだな!」
腰に手を当ててふふん、と笑えばロンちゃんが脛を蹴ってきた。やめてよ、か弱い乙女に! 暴力反対! と声を上げたけど華麗に無視を決め込まれた。
先生はそんな私達を見て、仲が良いんだなー頑張れよー、と励ましの言葉を残して行ってしまった。
「あれ、体育の先生だったんだな」
「マジで知らなかったの? 相変わらず記憶力悪いんだね」
「うっせ。はやくやれよ」
ギロリと睨まれて慌ててシャーペンを取る。私は再び目の前の問題と睨み合いを始めた。
ああ、数字たちが私の脳内をぐるぐると回っている。彼らはチクチクと私の脳みそを攻撃して戦意喪失させるのだ。私は数学とお友達になろうと歩み寄っているのに! 私が数学を嫌いなんじゃなくて、数学が私のことを嫌ってるんだ!
「はあ……英語は得意なんだけどなー」
「お前の唯一の得意教科」
「ブッブー!! 体育もです!」
「…………」
「あ、そんな目で見ないで」
悲しくなっちゃう、ってまた計算間違えた。筆算してるのに間違えるとか、筆算する意味。
「というか、俺そろそろ本当に帰りたいんだよ。夕飯の準備があるから。あとはワタリにでも教えてもらえ」
「あっくんにぃ? …………あーダメダメ」
「あいつ別に数学苦手じゃなかったろ」
「そーじゃなくて。私、あっくんと勝負してるから敵に塩を送られたくないというか……あと、あの人教えるの下手だもん」
「お前そういうこと言える立場じゃなくないか?」
いや、そうなんですけどぉ。彼は勉強の仕方というかぁ、独自理解が独特すぎてぇ、教えてもらってもこっちが理解できないんですよぉ。
「その喋り方ムカつくからやめろ」
「ごめん。つまりは自分に分かるようにしか勉強してないんですよ。ノート見れば納得すると思うけど」
「教える能力は無いってことか」
「そゆことー。ちなみにふぅちゃんもそれに当てはまる」
ふぅちゃんはノートなんてそもそも取らないから。たまに何か書いてあると思って見てみれば解読不能の言語が書いてあるし。最近彼女の非人間説が私たちの間で有力になってきている。
「だから、頭良くって教えるのも上手なロンちゃんに頼ってるんだよ」
「俺は理系に行くつもりだから歴史とかは教えられなくなるぞ」
「……そこはすずやんに頼みます」
「お前、俺たちを良いように使い分けすぎだからな」
私が誤魔化すように口笛を吹けば溜息を吐かれる。それと同時に六時のチャイムが鳴った。
「帰る」
「あっ、じゃあ私も帰る! ロンちゃんありがとう! これで絶対に今回はあっくんに勝てる!」
「勝てなかったら罰金一万な」
「ロンちゃんが珍しく馬鹿っぽいこと言った……」
私が驚いて言えば思いっきりブーイングされた。