エコロジーというより水道代の問題
俺が古倉に携帯を突きつければ、彼は何とも微妙そうな顔で「うっわあ」と呟いた。
「これが前言ってた女子高生寿司」
「思ってたよりも酷い」
「は? カズくんたらかわいすぎる、の間違いでしょ。ねーふぅちゃーん?」
「ねーあっちゃーん」
俺が携帯で撮った写真に映っている女子高生、その本人たちは楽しそうに楽しそうに机の上で消しゴムを飛ばし合って遊んでいる。やってることが小学生男子レベル。
「いや、この写真シュールすぎて反応に困る」
「何かずっと見てると脳に悪影響ありそうだよな」
「私たちのかわいさはデータ越しでも特別なフェロモンを出して人を魅了してしまうのねー。はー私たちって罪な女。そうだ! この際ユニットとか作っちゃう!? 現役女子高生アイドルユニット『あっちゃん&ふぅちゃん』! 略して『あっふぅ』! 特技はいつでもどこでも寿司になれる!」
「一銭も落とす気になれねえよ」
聞いてるだけでげんなりするアイドルとか初めてだ。俺の冷たいあしらい方にあっちゃんは機嫌を悪くしたようで、勢いよく椅子から立ち上がり俺の机に近づくと中を漁り始めた。
「うわ、おいやめろ」
「やだ。今めっちゃムカついてるもん。テキトーにノート引っ張りだして中身見てやる」
「陰湿アイドルあっちゃん」
別に見られて困るもんも無いんだけどさ。面倒なので放置してると、あっちゃんが「あれっ?」と声を上げた。
「どうかした?」
「いや、何か数学のノート? が二冊ある」
「ああ。昨日新しくした」
「え? でも、これまだ後ろの方あいてるじゃん」
あっちゃんがパラパラと一冊目のノートをめくっては首を傾げている。南雲も同じようにノートを覗き込み「ほんとだ」と呟いた。
「俺ノート最後まで使わない派なんだよね」
「ええ!? 初めて聞いたんだけどそんなノートの使い方流派があるの? え! 普通にもったいな!!」
「何で最後まで使わないの?」
「何で……特に何も考えてないけど。そろそろ終わるなーって時に新しいやつ買ってそのままそっちを使ってるだけ」
「ひええ……ここに来てあっくんの新たな一面を知ってしまった……完全に予想外」
あっちゃんはノートを机の中に戻すと、俺の方に来て真剣な顔でびしっと人指し指を突きつけた。
「あっくん! これはダメだよ! もったいない! ちゃんと最後まで使いなさい!」
「俺のノートを俺がどう使おうと勝手だろ」
「いーやこれは見過ごせない! いい!? こういう小さなもったいないが積み重なって環境問題に発展するの! これからの時代ははもっとエコロジーにならないと! あっくん絶対に歯磨きの時とか水道止めないタイプでしょ!」
「そういうあっちゃんはどうなんだよ」
早速面倒くさい展開になってきた、と内心思いながらもあっちゃんに問いを返す。すると、あっちゃんは得意げな顔で無い胸を張った。
「私はもちろん歯磨きの時も手を石鹸で洗ってときも止めてるよ!」
「へー偉い」
「何てったってCM目指してますから」
「…………はあ」
「歯ブラシとか歯磨き粉のCMに出るにはまずこういうところからかなって! それに水を止めて歯を磨いてるとなんかいい感じに磨けて歯もいい感じになるし! やっぱアイドルは歯が命ですから!」
俺が古倉に助けを求めれば、無言で首を横に振られる。無理無理俺一人で捌くのキツイって! 俺の必死の思いが通じたのか、しょうがないといった感じで古倉が口を開いた。
「……確かにそうかもな。うん。アイドルは歯が白い方がいいと思う」
「でしょでしょ? 流石カズくんは違いの分かる男だね!」
「個人的には白さよりも歯並びの方が気になるけど……」
「そうだカズくんは? 何かエコやってる?」
あっちゃんに尋ねられて古倉はしばらく考えていたようだが、やがてダルそうに言った。
「そもそも電気使わない。点けるの面倒」
「あ、そういう?」
「電気付けるの面倒。テレビのスイッチ入れるの面倒。エアコン入れるの面倒。大体が面倒。何か動作を起こさないといけないなら使わない方がマシ」
「本当に面倒くさがりだなお前は」
怠惰を具現化したような男め。じゃあ南雲はどうなんだろうか?
「ふぅ? 水道はだっばだばだよ」
いつもと同じ表情、テンションで南雲は言う。そんな気はしていた。こいつはエコとか全く考え無さそう。そもそも概念が無さそう。
「ふぅ~ちゃ~ん。だばだばは良くないと思うなあ~。お水さんがかわいそうだよ~」
「別にいいでしょ」
「よくないよくない! 家計にも環境にも優しくない! ふぅちゃんのそういう行動が積み重なって、環境が悪化して、人類が地球に住めなくなったらどうするの?」
「別に……宇宙に住むし……」
「有り得そうだから止めろ」
あっちゃんの言う前提も分けわからんが、南雲の返答も意味不。宇宙に住むからってどんな言い訳だよ。火星に別荘でも置いてんのか。
「でもあっくんは人の事言えないでしょ」
あっちゃんが俺に矛先を向けた。俺は取り繕うこともせず素直に答える。
「俺は環境より快適さを求めるよ。当たり前だろ」
「地球に殺されろ!」
すっげえ言葉だなおい。地球に殺されろ、なんて聞いたことねえわ。
「あっちゃん。人間はいついかなる時も愚かなんだ。過ちに気づくのはいつだって全てが終わった後。でも、それがいいんじゃないか。それが人間なんだから」
「愚かだって分かってるんじゃん! 開き直んな!」
「君、そんなに環境保全に熱い人間だったっけ?」
「どうせテレビに影響されたんだろ」
「あっちゃんテレビっ子だもんね」
「うるさいうるさい!」
図星を指されてあっちゃんは怒ったように地団駄を踏む。この茶番もそろそろ終わりか、と思いきや古倉が俺の方を見て言った。
「分かった分かった。野路、もうワタリの存在そのものを消すのがエコなんじゃ?」
「おい古倉」
面倒だからって俺に全てを擦り付けるな。南雲、無言で頷くな!
「それは……そうだね!」
「目を輝かせて頷くんじゃない。いいか、俺をここで殺してもゴミが増えるだけだぞ。それは逆に地球を汚す行為になる。分かってるのか!? しゃべるゴミがしゃべらないゴミになるだけだ!」
「自分を貶めることで自分を助けるなんて……ちょっと可哀想」
何かごめんね、とあっちゃんが居た堪れなさそうに謝るので何となく虚しくなった。怒られる時より呆れられる方が辛い時ってあるよね。あれに似た感じを味わった。
あっちゃんは南雲の元へ戻り、消しゴム飛ばしを再開する。試合に集中しながらも彼女は俺に優しく語り掛けてきた。
「まあでもね、これからはエコエコやって地球にやさしくしましょうってことですよ」
「はあ……分かった。そんだけ言うならちょっとは意識してみる」
「ワタリ偉すぎ」
「だろ」
「あっ」
「わーい、ふぅの勝ち」
南雲が勝利したらしい。ちょっと嬉しそうな顔でガッツポーズを決めている。あっちゃんはちくしょーと悔しがりながら床にしゃがんで消しゴムを探し始めた。
「……あっれ」
「ん? 無いの?」
「うん。ま、いっか! 明日買うわ!」
「いやいやいやいや待てや!」
その後、先生に下校を促されるまで俺たちはあっちゃんのエコの定義についてお話合いをしたのだった。