エゴイスト(後編)
「もう集計は終わったのかな?」
「さあ」
私があっくんに訊けば淡泊な返しをされた。今、学校玄関に私たちはいる。放課後の生徒がまばらな時間。あっくんは壁に貼り付けられたまだ何も記入されてない投票結果の紙を見てる。珍しく、私にも彼が何を考えてるかがわかんない。だって表情が無に近い。でも良いことじゃないってのはわかる。
「あ、弟くんに野路ちゃんだ」
声を掛けられて振り返れば、そこに居たのは向田先輩と由良先輩だった。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
「二人とも久しぶり。元気してた?」
「はい! 飛鳥くんは大丈夫?」
「あいつはまだ事情聴取を受けてるよ」
自業自得、と向田先輩は笑っているが、横の由良先輩は無表情だ。由良先輩も昔から飛鳥くんや向田先輩と一緒にいる。本人曰く『腐れ縁。一種の呪い』だそうだけど。
「すみません。本当にあの屑がいつも世話になってます。いつでも捨ててくださって構わないです」
あっくんが軽く先輩たちに頭を下げる。あっくんは向田先輩のことは嫌っていない。いくら飛鳥くんとつるんでるとはいえ、向田先輩自体は全然害のない人だからだと思う。由良先輩に至っては菓子折りを持っていきたいレベルで感謝してるって言ってたし。
「今更だもの。もう慣れたわよあの頭のネジの外れ具合」
無表情のまま言い放つ由良先輩。美人の毒舌って迫力がある。
「本当に毎回毎回よくやるわよね」
「そんなこと言って、由良ちゃん何だかんだ付き合ってくれるじゃん?」
「諦めてるからよ。巻き込まれるのが確定なら逃げる努力も無駄。だったら最後まで付き合うしかないじゃない。責任は取ってもらわないと」
「その割に案外由良ちゃんも楽しんでると思うけど……」
由良先輩がちらりと目線を向田先輩に遣れば、先輩は肩を竦めて黙った。ここら辺の引き際が飛鳥くんとの違いかなあ。飛鳥くんはそのままぶっちぎって地雷踏んでくもんね。
「というか、あの先生のセクハラってマジだったの? 噂には聞いたことあったけど……」
「グレーなところだったけどね。でも、何人も被害者は居たんだ。証拠を集めるのはそんなに難しいことじゃなかったよ」
「でも、あんな全校生徒の前で晒上げる必要あった?」
「それは、まあね。俺はどっちでも良かったんだけど、飛鳥がどうせならって言ってさ」
「私も流石にあの場でお披露目とは思わなかったわ」
「由良先輩も知らなかったの?」
「知りたくもない。推薦役を蹴ったから、今回のことは何も聞かされてないわ。勝手に副会長にされてるし。完全に報復というか」
すぅっと由良先輩の目が細くなる。メガネのレンズじゃ、その瞳の鋭さは隠せない。飛鳥くん、明日には焼き鳥になっちゃってるかも。
「勝手に指名したのはびっくりした! 中学の時もそうだったとはいえ……和泉先輩とカズくん完全に巻きこまれ被害者。いいの? あんなの勝手に言っちゃって」
「いや~良くないだろうな~。でも了承を貰えそうな人選だよね。渋々でも引き受けてくれそうな人を狙ったんだろうな」
「すみれを選んだのは先生を抑えるためよね。教師陣の信頼もある真面目なあの子を生徒会に入れれば多少はストッパーになる、って考えるだろうし。正直な話、私とすみれが入らなかったら、あいつの生徒会は認められないでしょうね」
「じゃあカズくんは?」
「さあ。それは私にもわからないわ」
「俺も知らないや」
何を思って飛鳥くんはカズくんを生徒会に入れようとしたんだろう。単純に気に入ってるから、とかだと思うけど。なーんか飛鳥くんて何かとカズくんに絡みにいってる気がするし。
「飛鳥はもうしばらく拘束されてるだろうし、俺はさっさと帰ろうかな」
「そういえば向田先輩は解放されるの早かったですね」
「そこは、ほら? 日頃の行い?」
向田先輩は周りから飛鳥くんに『付き合わされてる』って思われがちだけど、実はそうじゃないんだな。腹黒いわけじゃないけど、絶妙な立ち回りをする。飛鳥くんは敵を作る人だけど、向田先輩はその逆。『敵を作らない』人。仲良くなる、じゃないのがポイント。
「俺は地味な一般生徒Aだからさ。先生方の目に留まらないの」
「確かに」
「そこは由良さん否定してよ」
向田先輩が苦笑いをしたちょうどその時、六時の音楽が鳴った。
私は道の小石を蹴っ飛ばす。ぴょんぴょんと跳ねた小石は溝に落っこちた。あーあ。私はこの遊びが小さい頃から下手だった。
先程の小石より一回り大きい石を見つけたのでまた蹴っ飛ばす。今度は隣を歩くあっくんの前にいった。あっくんは私を見て、石を蹴った。石は私の前に戻らず、あっくんの進行方向を転がる。くそう、取られた。
「あいつは昔からそうだ」
あっくんが石を蹴りながら言う。
「生まれた時からナルシストでエゴイスト。ゴーイングマイウェイ。気持ち悪い」
「あっくんは本当に飛鳥くんが嫌いだね」
「そう、大嫌い」
「御両親が大変そう」
「父さんも母さんも最近は諦めて何も言わなくなった。二人には申し訳ないけど、でも俺はあいつが嫌いなんだ」
石はまだ私たちの目の前にある。薄汚れた、どこにでもある白い石。どこにでもあるけど、同じものはきっとどこにも無い。
また、石が弾んだ。
「私、弟にこんな風に嫌われてたらショック死するかも」
「お姉ちゃん馬鹿すぎるしチビだから嫌い」
「うちのひーくんはそんなこと言いません! てか、馬鹿って言ったな! チビって言ったな! 許さん!」
「俺はひーくんの心を代弁しただけだ」
「だからひーくんはそんな邪悪なこと言わないから! いつも私に優しいんです!」
「まあ、そうだな。あの弟くんはもう少しオブラートに言うか……あっちゃんたちはずっと仲良いよな」
石がころころと転がって溝に落ちてしまった。が、あっくんは特に気にもならないよう。とっくに飽きていたんだろう。
「うん。ひーくんは私に優しいし、私はひーくんが大好きだからね。きっとずっと仲良しだよ」
「それは……とっても良いことだな」
「でしょ」
「俺は嫌だ。俺にはあいつの性格は受け入れられない。ああやって人を振り回して罪悪感なんてこれっぽっちも持ってない。そういうところに反吐が出る。きっとずっと嫌いだ」
あっくんは吐き捨てるように言って、それきり黙ってしまった。
あっくんは私と飛鳥くんが仲良くすることに良い顔はしないけど何も言わない。だから、私も何も言わない。だってこれは二人の話なんだから。