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ヒナゲシ  作者: やまぐち光緒
13/22

エゴイスト(前編)

 体育館内は人がいっぱいで蒸し暑い。みんなクラスごとに並んでガヤガヤとおしゃべりしてる。茹で上がってしまいそうな暑さに耐え切れず、私は手をうちわにして煽ぐ。あっちぃ。


何でこんなに人がたくさん居るかというと生徒会選挙の演説があるから。私の知り合いが一人立候補している。あっくんのお兄さんである飛鳥くんが。


 飛鳥くんの出馬が分かった時、あっくんは「死ねばいいのに」と怨念がこもった声で呟き、ロンちゃんとすずやんは「不信任確定」と声を揃えて言っていた。


 私としては是非とも飛鳥くんに生徒会長になってもらいたい。だってそしたら絶対学校が楽しくなるから!! ……多方面に被害が出ることは間違いなしだけど。


 なんてことを考えている内に生徒会選挙演説が始まった。今回会長に立候補するのは飛鳥くんだけだ。ここから既にもう陰謀とか見えるような気がするけど、気のせいにしておこう。

 ちらりとあっくんの方を見れば彼は目を瞑って耳も塞いでいた。きっと心も閉ざしてる。


 飛鳥くんがいつも通りのニヤニヤ笑いを浮かべている横に若干茶髪の男の先輩がいた。向田むこうだ先輩だ。どうも飛鳥くんの推薦責任者みたいで演台に近づきマイクの位置を調整している。


 向田先輩は飛鳥くんと腐れ縁で私とあっくんに近い感じだと思う。二人は小学校も中学校も違うのにどこで知り合ったのか昔から仲が良かった。高校でようやく同じ学校に入学して悪さばっかりしてるらしい。

 向田先輩はしっかり者でお人好しで、全然飛鳥くんと仲良くなるタイプには見えない。どっちかっていうと大人しそうに見える人。周りから、飛鳥くんに脅されてるんじゃないかって言われてるのを聞いた時はめっちゃ笑った。


 こほん、と咳ばらいを一つして向田先輩が口を開いた。


「えー、渡島くんの推薦責任者になった向田むこうだ恭太郎きょうたろうです。何故僕が彼の推薦責任者になったかというと、彼が元々推薦を頼もうと思っていた人に秒で断られた結果、お前でいいやと押し付けられたからです」


 素直すぎる言葉に体育館がざわつく。飛鳥くんが口パクで『お前そういうこと言うなよー』的なこと言ってるけど、笑いが抑えきれてないよ。


「そんな訳でこうして壇上に立っているわけなんですけれども、初めに言っておきます。こんな奴会長に選ばない方が賢明です」


 二年生の方から笑いが沸き上がり野次が飛ぶ。一年生は困惑してる人がほとんど。まあそりゃそうだよね。


「二年生以上の方々はこいつがどんな奴か知ってると思います。あっちこっちで問題起こして先生に睨まれてますから。僕もいつもそれに巻き込まれて本当に迷惑してます。あ、僕は本当に巻き込まれてるだけですから。決して、決して一緒になって楽しんでやってるわけじゃないです。そこら辺、先生方よろしくお願いします」


向田先輩がそう言って先生たちに向かって頭を下げるのでまた笑いが起きる。これには先生たちも苦笑。飛鳥くんが「身内を売るなーお前も同罪だー」って遂に叫んだ。確かにこんな演説してる時点でお察しです。それを無視して向田先輩は続ける。


「渡島くんは本能の奴隷です。自分が楽しければオールオッケ―。フリーダムかつナルシスト。生まれてくるのをやり直した方がいいんじゃないかってレベルで人間性が破綻しています。自分だけ楽しんでる分には全然良いんですが周囲の人間を積極的に巻き込んでいくスタンスなのが最悪です。……ですが、彼が生徒会長になれば間違いなくこの学校は変わるでしょう。それが良い方向なのか悪い方向なのかはともかく。少なくとも賑やかになるのは確かです」


 中学校の時もそうだったもんね。ほんと賑やかで楽しかった。飛鳥くんは破天荒な人だけど、そこに光る部分もあるっていうか。だからこそ向田先輩も長年付き合ってるんだろうし。


「……すみません。一応、彼のことを褒めたたえるカンペも作ってきたんですが教室に置いてきたのでこれで終わります。というか、本人が喋りたくてうずうずしているので代わります」


 向田先輩が場所を譲って飛鳥くんが前に出る。あの自信満々の余裕そうな顔。あっくんが泥水ぶっかけたいと評する顔だ。でも、こういう大勢の人の前に出る時って堂々とした態度が大事だと思う。飛鳥くんは常に堂々としすぎだけどさ。


「ご紹介に預かりました、二年の渡島わたりじま飛鳥あすかです。三年生の先輩方、受験で忙しいんだから早く終わらせろと思っていらっしゃるでしょうにお集まりいただきありがとうございます。二年生の同級生諸君、そろそろ起きろよお前ら。結構ここから寝てるの見えるからな。ピカピカの一年生達、暑いのもうちょっとの辛抱だぞー顔上げろー」


飛鳥くんが軽快に生徒へ呼びかける。言葉の裏に『俺が話すんだから耳かっぽじって拝聴しろ』の意が込められているのが丸わかり。


「先ほど酷い紹介を受けましたがあいつの言ったことは全て無視してください。ほんと人をあんな風に言って何なんだろうね? やっぱ由良ゆらちゃんにやってほしかったなー! おーい、由良ちゃん聞こえてるー? 次はよろしくねー!」


そう言って飛鳥くんは恐らく由良先輩が居るであろう方向に手を振っているけど、先輩がどんな反応してるかは見なくても分かる。巷でブリザードと言われてる人なんだから。


「うわ、ガン無視された。まあいいや。えっと、何だっけ? 俺が生徒会長になりたい理由とか? まあそんなの一つだよね。俺が楽しみたいから」


檀上のその人は胸を張ってそう言い切った。本当に中学校の時の演説と変わらない。『自分が楽しく心地よく学校生活を送るため』に生徒会長になる。それだけが理由。


「俺は楽しいことが好きだ。面白いことが好きだ。平凡な日常の内の非日常が大好きなんだ。だから俺は俺のためだけに基本的には行動する。俺が楽しめる学校にするために俺が生徒会長になる。簡単な理由だろ?」


 もうちょっとオブラートに言わないと、ああほら、先生達がざわつき始めた。それでも飛鳥くんは目をキラキラと輝かせながらしゃべり続ける。


「俺の楽しみはいつだって犠牲が出る。ガリ勉もリア充もオタクもギャルも、等しく俺の遊びの玩具だ。俺の楽しみのためだけにこの学校の全員が否応なく振り回されるんだ。こんなに愉快なことがあるか? いやない! でもまあバカ騒ぎってのは人が多いほど混沌とするからさ。お前らは俺が楽しむ過程で各々楽しんでいってくれよ。期待は絶対に裏切らないから」


 エゴイズム極まれり。あっくんとは大違いだ。あっくんの方を見れば般若の形相だった。耳栓は意味を為さなかったらしい。

 先生達も何やら慌てた様子で話し合っている。多分、飛鳥くんを檀上から引きずり下ろすかどうかの相談。ここまでストレートに生徒会長志望理由を自分のためと言った人は居ないだろうしね。というか、絶対に嘘の演説原稿渡したんだろうな。

 

「あ、そうそう。俺が生徒会長になったら多分みんな入りたがらないと思うんでこっちから役員を指名するから!」


あ、これも中学の時のパターンだ。一部の人のトラウマが蘇る!


「会長俺! 副会長深町由良! 会計向田恭太郎! 書記和泉すみれ! 庶務古倉和春! これでいこうと思うからよろしくー! みんな俺のために頑張ってくれ!」


今まで以上に体育館の全員がザワついた。まだ生徒会長にもなってないのに、そもそも生徒が勝手に決められるわけ……ってか、え? カズくん? 私がびっくりしてカズくんの方を見れば、彼にしては珍しく目をぱちくりとさせてた。……この様子だと飛鳥くんってば向田先輩以外には言ってないな。


カズくんに気を取られてると、檀上の方から怒声が聞こえた。遂に先生が動き始めたのだ。一人の先生が怒った様子で飛鳥くんの方へ向かっていってその肩を掴んだ。すると、


「長いことみんなご苦労! この辺でじゃーな! 演説終わり!」


飛鳥くんはそう言ってどこに隠しておいたのか、霧吹きを取り出して先生の顔にぷしゅっと吹きかけた。一瞬、先生は呆けた顔になったが次の瞬間鬼のように怒鳴り始める。それに対し飛鳥くんは涼しい顔で、


「先生そうカッカすんなって。せっかく冷やしてあげたのに。それともアレ? 女子生徒へのセクハラが上手くいかないイライラ?」


 と言い放った。体育館が一気に静まり返る。途端、先生の顔が真っ青になった。その反応に生徒がどよめき、女子生徒が悲鳴を上げた。え、本当に? マジでセクハラ? うっそー!

 

 先生が震えながら飛鳥くんを怒鳴る。


「ばっ、馬鹿を言うな!」

「でも、いくつも証言上がってますよ? 証拠もありますけど」


 向田先輩の援護射撃がヒットして、先生は酸素を求める魚のように口をパクパクさせた。それを見て飛鳥くんが「ははは、金魚みたい」とおかしそうに笑う。


『あなたたち、今すぐ降りなさい!』


 これ以上は勝手にさせない、と怒りのアナウンスが入る。たくさん先生達が大勢檀上に上って、飛鳥くんたちが連れていかれる。それでも飛鳥くんはずっと笑っていた。心の底から愉快で堪らない、という風に。


 でも時すでに遅し。会場は大混乱になって、結局生徒会選挙どころじゃなくなってしまったのだった。


また微妙な長さなので分けます

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