ポテトLサイズは一人分か否か
「私ってやっぱり光属性だと思うんだよねー」
俺はその言葉を無視してポテトに手を伸ばした。が、あっちゃんに邪魔された。
「私ってやっぱり光属性だと思うんだよねー」
「何で二回言ったんだ? 俺はどういう反応を返せばよかったんだ?」
「普通に同意してくれればいいんだよ」
むしゃむしゃとハンバーガーを食べながらあっちゃんが睨んでくる。その視線から逃げるように俺は顔を窓の方へ向けた。ガラスの向こうを通り過ぎていくのはスーツ、制服、時々おばあちゃん。
「俺は正直者だからさ。嘘はつけないんだよ」
「いい? 生きていくには嘘をつくことも大事なんだよ。特に女の子なんて褒めて、おだてて、うんうんそうだねって頷いてれば一発なんだから」
「お前、一応生物学上は女だったよな?」
「だからこそだよぅ」
女は共感を得たがる生き物だとは聞くけれど、その女にこうも真正面から言われると、なんというか、なんだかつまらない。それ自分で言っちゃう? と白けた気分になる。というかそれ俺のポテト。勝手に食うな。
「ああ、ごめん。自分のかと」
「白々しい」
「で、私って光属性でしょ?」
「あーうんうんそだね」
「感情をこめろ!」
何だこいつ。言われた通り肯定してやったにも関わらず怒られた。わっかんねえなマジで。
あっちゃんは大げさな溜息をついてやれやれ、と首を振った。
「わかってない。全然よくないね。役者にはなれないね、君は」
「目指してねえ。それにあっちゃんは光っていうよりは雷とかじゃね?」
「えっ。それって私が明るくて元気でエネルギッシュでかわいいってこと!?」
バチバチうるさいってことだよ。
勿論口には出さない。出せば俺のポテトが全て奪われるという予測くらいついている。
俺の内心など知るわけもなくあっちゃんはニコニコとご機嫌な様子だ。彼女はどうしてこうもコロコロと気分を変えられるのだろう。
「雷か~。いいね、強そうだしかっこいいし! 確かに私にピッタリかも!」
「じゃあさ俺は何属性?」
「無。ノーマルタイプ」
迷うことなくあっちゃんは俺に返答する。
弱点はかくとうタイプってか。あながち外れているわけでもない、というのが非常に悔しい。自他ともに認める地味系男子とは俺のことだからな。別にそんな自分が嫌いなわけじゃない。むしろ満足している。ああ、満足しているとも!
「カズくんは土っぽい。静かな感じが。すずやんが光でロンちゃんが闇でしょ? 双子だし対照的にするとなんかいい感じだし。そんでふぅちゃんが氷かな」
「出た、双子を一セットにしたがる奴」
「だってかっこいいじゃん。光と闇の双子。壮大なファンタジー感じるでしょ?」
「字面だけな」
「てか、思ったんだけど。水と氷の違いって何さ?」
あっちゃんが首を捻って尋ねる。言われてみれば確かに水属性と氷属性にはさほどの違いは無い気がする。氷属性なんてものによってはあったりなかったりするし。
「……かっこよくね? 氷属性」
「いやまあそうだけど。水があればぶっちゃけ氷いらんよね。水の中に含まれるくない?」
「水は水が出るだけなんだよ。氷はこう、温度操作っぽいだろ。細かな技術とか要りそう。俺の勝手なイメージだけど」
「何となく言わんとすることはわかる」
「あとクールな感じがする。水は母性溢れてますーみたいな癒しキャラのイメージがあるけど氷使いとか超イケメンで冷静沈着な感じ」
「なるほど、キャラ付けに役立つわけなのね」
あーおいしかった、とあっちゃんがハンバーガーの包み紙を折りたたんだ。口周りにケチャップが付いている。俺が自分の口元を指してついていることを教えてやると、彼女は舌でペロリとなめとろうとした。残念、逆側だ。
「取れた?」
「取れた取れた。……今話してたのはエレメンタルな属性のやつだけど、他にも色々あるよな」
「うん? 例えば?」
俺はあっちゃんに人差し指を突きつけた。驚いた彼女は目を真ん丸に見開く。
「女子高生」
「は?」
「立派な属性の一つだろ」
「あーそういう。それならあっくんも男子高校生属性だね」
「でもこれを言ったらキリが無いな。何でもかんでも属性になる」
「高校生っていう属性の中の女子高生っていう属性に更に枝永高校っていう属性がついてしかも一年生……」
「やめやめ。終わり終わり」
収集がつかなくなる気配を感じたのでパンパンと手を打って話を切る。あっちゃんも同じように感じたのか素直に頷いた。と、思いきやまた話を切り出してきた。
「でも私あれ好き。気体、液体、固体みたいなやつ」
「…………グーチョキパーみたいなやつ?」
「そうそれ!」
所謂三すくみというやつか。それぞれに得意と苦手があっていい感じにバランスが保たれている関係性のことだったな、確か。
「なんか熱いよね。お互いにライバルと認め合っていて時に戦いながらも共に成長してくっていうドラマを感じる」
「お前感受性豊かだなー」
あの三角形からそこまでの背景をくみ取れるのか。その想像力が国語あたりで活かせられたらいいのになあ。
俺が哀れに思っているとあっちゃんがまたもや俺のポテトを盗もうとしたのですかさず手を抓って阻止する。
「いたっ」
「でもどんだけ相性が悪かろうとだな。レベルを上げて物理で攻撃すれば問題ない」
「いたーい弱い者いじめはんたーい」
「人のポテトを盗むなんてどろぼー」
「いいじゃん一本くらい。心せま」
「累計すると一本どころじゃないんだけどなあ……おかしいなあ……」
「目の錯覚だよきっと」
白々しい言葉を吐きながらケタケタと楽しそうに笑っている。あっちゃんのそういう顔を見るといつも俺は脱力するというか、どうでもよくなるというか、言いたいことがあっても溜息一つで終わらせてしまう。結局俺は彼女に甘いのだ。
「もう少し俺はあっちゃんに厳しくなるべきかな」
「やだ。そのままでいてよ。あっくんはずーっと私に甘くて、優しくて、こうやって一緒に居てくれればいいの」
「俺はあっちゃんに弱い属性なのかな?」
「そうだよ! 当たり前でしょ! あっくんは私の友達属性なんだから!」
「何でも属性付ければいいわけじゃないぞ」
でも、彼女の言う通りなんだろう。俺はきっとこれからも彼女の我儘に付き合っていくのだ。友達として。
「……ん? ああっ! ケチャップ取れてないじゃん!! あっくんの嘘つき!!」
「生きていくのには嘘も大事なんだろ」
「たーいーみーんーぐー!!」
怒りながら俺をポコポコと殴る彼女の姿はそれなりにかわいかった。