君のあだ名は
「だから、そのロンちゃんって呼び方を止めろ」
昼休み。久しぶりに全員揃った昼食時に、全てはロンちゃんのその一言から始まった。
「お前のあだ名はおかしいんだよ。男にちゃん付けすんな」
「えー? 何でかわいいじゃん」
「何もかわいくねーよ!」
私がトマトを口に放り込みながら言えば速攻で否定される。今日は一段と目つきと機嫌が悪いロンちゃんだ。
「というか、何でロンちゃんなんだ? 俺が初めて龍に会った時にはもうそれで呼んでたよな」
唐揚げをつついていたあっくんが不思議そうに私に聞いた。私はふふん、と腕組みをする。
「えー? 聞きたい? 聞きたい? あれはね……中学校の入学式の後だった……」
「え、なにこれ? 回想始まるの?」
入学式が終わって、初めて教室に行った時の話なんだけど。
「えーっと……私の席はここ……」
教室で自分の席を見つけて座るでしょ。それで隣を見たらめちゃくちゃ無愛想な感じの人が座ってたから思わずガン見しちゃったんだよね。それがロンちゃんだったわけだけど。
「……何」
「初めまして! えーっと……」
ほら、胸ポケットのところにネームプレートあったじゃん? 私、ロンちゃんの苗字の読み仮名分かんなくてさあ。そしたらそれを察したロンちゃんが助け船出してくれて。
「八重樫だ」
「へえー!! それで『やえがし』って読むんだ!! かっこいい!! あ、私は野路! 名前はあんま好きじゃないから苗字で呼んでね!! これから一年よろしく!!」
「お前テンション高いな!!」
思えばあれがロンちゃんの私に対する記念すべき初ツッコミだよね。それはさておきよくよくロンちゃんのネームプレートを見たら、苗字の他に一文字だけ漢字があったわけ。ほら、あれだよ、同じ苗字の人が学年に何人もいると見分けるの大変だから名前の上一文字だけ書いてある、ってやつ。
「えっと、それは下の名前だよね……」
「? あ、ああ……」
「……」
「……」
「……ロン?」
「……は?」
「え、だってそれ烏龍茶のロンでしょ?」
私の回想が終わると私とロンちゃん以外のみんなが笑った。
「あっちゃん『龍』も読めなかったかー!! アホすぎて笑う」
「だって『りゅう』っていったら『竜』じゃん!!」
どっちか読めれば生きていけます! 生活に支障ありませんでした! あの時までは!
呆れ顔のロンちゃんが私を箸で指さす。行儀悪ーい。
「俺、マジでこいつヤバいと思った。あんなのが隣座ってるとか恐怖でしかなかった」
「ひっどーい!! そこまで言う!?」
「ぶふっ、どんまいロンちゃん」
「黙れすずやん」
「じゃあ涼のすずやんは? ……何となく想像つくけど」
「あーそれはね……」
確かすずやんと会ったのはロンちゃんと会ってからすぐだったよね。ほんとに偶然バッタリ会ったって感じで。
「あ、ロンちゃんと双子と噂の!?」
「噂になってるかは知らないけど……うん、龍とは兄弟だよ」
パッと見て全然似てないなーと思ったけど何でか双子ってのには納得できたんだよねー不思議。で、ロンちゃんの時みたいに名札を見たんだ。
「名前……えーと……すずちゃん?」
「いやいやいや。これリョウだから!」
「あ、そうなんだ! 音読みがりょうってこと? えーでもすずの方が涼しげで良いよね! これからすずやんって呼ぶね!」
「そんなことが行われていたのか……」
へー、とどこか感心したようにあっくんが言う。それで「やっぱり馬鹿みたいな理由だったな」と付け加えやがったので肩を叩いた。
「いった、事実だろ!」
「うるさいなあ! 片方は読み合ってたんだからいいじゃん!!」
「あっちゃんは昔っから漢字ノートの提出率悪かったもんな。サボってたツケが来たんだよ」
あーうっさいうっさい!! あっくんの背中を叩こうとしたら今度は躱された。ぐぬぬ。でも、言ってることは間違ってないのでここら辺でおとなしく引き下がる。
「まさか訓読みされるとは思わなかったな」
「もーほんとその話題止めようよー……あ、でも今ので思い出したんだけど。私、確かあの時すずやんとあっくんがもう仲良しだったのに驚いた記憶ある」
「ああ」
私が言えば、あっくんが昔を思い出すように遠くを見る。
「席が近かったっていうのもあるけど……出会い頭に肘打ちされたのが衝撃的だったな」
「ちょっ、ワタリ、それ言わない約束だったろ!!」
「はいもう遅いデース」
「ここまで言ったからには言えよ」
私とロンちゃんで暴れるすずやんを抑え込みあっくんに話を促せば、あっくんは愉快そうに笑って話し始めた。
「いや大した話じゃないぞ? 本当に。それでいいなら話すけど…………俺と涼は同じクラスだったのは知ってるよな。で、一番最初の席順で涼が俺の前に居たんだけど。先生の話が終わった瞬間、机に突っ伏して爆睡してたら涼がこっちを振り向いて運悪く肘がぶつかったってだけ。そっから話すようになった」
「思ってたよりも普通。別に面白くもなかった」
「だからそうだって言ったろ……言ったけど人から言われると腹立つな」
「……というか、何でお前はそんなに恥ずかしがってんだ?」
「いや……」
見ればすずやんは顔を両手で隠している。ガチ照れだ、珍しい。私がからかおうと近づけば遠ざけるように手を突き出される。
「や、ほんと来ないで。マジで」
「すずやんかわいい」
「何赤くなってんだよキッモ」
「お前は黙れよ」
「はいそこ兄弟喧嘩しなーい」
ロンちゃんの吐き捨てるようなキモいには即座に応じるあたり流石ではある。でも、そんな恥ずかしがることでもないとは思うけどなあ。中学生の頃の話なんて時効だと思うし、あっくんに肘打ちなんて私はもう何百回くらいしてるし。ま、恥ずかしがるポイントとキレるポイントは人それぞれだからね、うんうん。お、今いい感じにまとまったくない?
「……とりあえずあだ名の話に戻ったら?」
「うん」
今まで一言もしゃべっていなかったカズくんの言葉に同じくしゃべってなかったふぅちゃんが頷いている。一応話は聞いてたのね。
「古倉と南雲のあだ名は安直だよな」
「それはお前もだろ、あっくん」
「確かにねー。カズくんは和春から取ったし、ふぅちゃんはそもそも一人称が『ふぅ』だったから」
ねーふぅちゃん、と手を振ればふぅちゃんは振り返してくれた。かわいい。
キーンコーン、とチャイムが鳴った。もうすぐ授業が始まる。休み時間てめっちゃ短く感じるんだけど私だけ?
各々弁当やらゴミやらを片付けていた時、ふとある考えが浮かんだ。
私は満面の笑みでみんなに向かって両手を大きく広げた。
「じゃあみんな私になんかあだ名付けてよ! はい、どうぞ!」
「ミジンコ」
「チビ」
「チビ」
「アホ」
「アキレス腱」
「お前ら全員悪口言っただろ今!!」