砂糖舐めたら歯は磨け(後編)
その日の放課後。俺はプリプリ怒りながら大股で歩くあっちゃんの後ろを追いかける。
「ごめんて。同じやつ買ったんだから機嫌直してよ」
「同じじゃありません! あの子は世界に一つだけなんです! もうあの時、あの場所で買ったあの子は戻ってこないんです!」
「そんな壮大な話にしなくても……」
こうなったら長いぞ。俺の自業自得とはいえ、この様子だと明日まで根に持つ可能性もある。何せ食べ物の恨みは深い。
頭を掻きながらどうすべきか悩んでいると、あっちゃんが急に足を止めた。何かに目を奪われたかのように目を見開いてどこかを見ている。気になって俺もあっちゃんが見ている方向に顔を向けると、公園のブランコに一人の女の子が居るのが分かった。髪をツインテールにしてる小学生らしき女の子はずっと俯いていて、時々静かにブランコを揺らしている。
あっちゃんは何も言わずに少女の方へ歩いていった。俺も黙って後をついていく。
あっちゃんは女の子の目の前に立つと、先ほどからは考えられないような穏やかな声を出した。
「ねえ、どうかしたの? 何かあった?」
少女が顔を上げる。驚いたように目をパッチリと開けていた。俺はその顔に微かな既視感を感じる。
「あれ? どこかで会ったことある? 何かどことなーく誰かに似ているような……?」
あっちゃんも同じように感じたらしく首を捻ったが「まっ、いいや」と深く気にすることなく少女に笑いかけた。
「そんな風に俯いてたらせっかくの可愛い顔が勿体ないよ? ほらスマイルスマイル」
自分の頬を指さしてへらりと笑うあっちゃん。その笑顔に釣られてか、女の子の口角が少し上がる。やはりその表情というか、容姿に見覚えのようなものがあるのだが心当たりは無かった。
「この公園入るのも久しぶりだ……懐かしい、俺も昔は一人でよくブランコ漕いでたなあ」
「やーいボッチボッチ」
「あの、本当に心の傷が抉れるんで止めて」
「でも、うん、懐かしいよね。確かこのブランコで私とあっくん二人乗りしてたら、急に犬が来てさ。上に乗ってたあっくんがビビって手離しちゃったんだよね」
「うっわあまた懐かしいことを……あれマジでビビった。人生でビビった出来事トップ5には入る」
「しかもその弾みであっくんが履いてたサンダルが飛んでいくっていう」
「奇麗な放物線だったなー……木に引っかかって取れなくなったんだよな。まだあるんじゃね?」
「…………ふふっ、私もこの前お兄ちゃんと同じことしたよ」
「ほんと? イエーイお揃い」
俺たちの話を聞いて楽し気に笑う少女とハイタッチする。
話してみると少女はとても明るい性格で人懐っこい子だった。俺とあっちゃんの話を楽しそうに笑いながら聞いてくれる。先程とはガラリと変わったその様子を見るに恐らくこっちの方が素なんだろう。それなら、なぜさっきはあんなに項垂れていたのか。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも優しいし面白いね! でも、私の兄弟もすっごく優しいしおもしろーいんだよ!」
「そうなんだ。兄弟のこと好き?」
「うん! 宇宙で一番大好き!!」
女の子は満面の笑みで迷いなく答えた。宇宙で一番とはスケールがデカい。でも、その言葉と表情だけで本気で言っているのだと分かる。兄弟が好きなんて、俺には例え頭が爆発しようと四肢が爆散しようと口には出来ないセリフだけど。
「そう、大好きなの。お兄ちゃんも弟も妹も……だけど、だけどね」
「うん?」
「……私と同じクラスにね、すっごく意地悪な男の子がいていつも私にちょっかいかけてくるの」
「ああ……」
そういう年頃ね、と一人心の中で納得するものの、まあちょっかいかけられる方からしたら迷惑でしかない。だけど、それって所謂『好きな子ほど虐めたい』ってやつなんじゃないだろうか。俺はそう思ってチラリとあっちゃんを見てみれば、彼女もそう言いたげな何とも微妙そうな表情をしていた。
「私だけならまだいいんだけど……そいつ、私の家族まで馬鹿にしたの! 特に弟! もー、ほんっとに許せない!!」
「あーあー……なるほどね」
「もう! 思い出すだけでムカつく!! 絶対にぶん殴ってやる!!」
女の子はそう憤りながら地団駄を踏む。気持ちは分からないでもないけど、一旦落ち着こう。土埃がすごいから。
「そうか、そうだね……」
あっちゃんが腕組みをして何やら真面目な顔で頷いている。
「うん、あなたの言うことはすっごく分かるよ! 私も弟のことを馬鹿にされたら嫌だからね! でも殴るのはよくないよ」
「それあなたが言います? っ、いて」
「……じゃあ、どうすればいいの? やられっ放し?」
あっちゃんの言葉に少女はやや不満そうな顔をする。あっちゃんはにこりと笑って少女に目線を合わせた。
「そうじゃなくってね。なんでその子がそんなことをするのか、ちゃんとお互いに話さないと! 女の子の方がせいしんねんれー高いんだから!」
「説得力無さ過ぎて笑え、いてててててて」
「話すっていっても……」
あっちゃんが何やらゴソゴソと自分のリュックを漁りだした。目的の物を見つけたらしく、少女の目の前に差し出した。
「ハイ!!」
「これ、チョコ?」
そう、あっちゃんが取り出したのは昼間に俺が食べて、その償いとして買ったあのチョコだった。
「甘いもの好き?」
「う、うん」
「美味しいよね、わたしも好きなの。お菓子ってすごいんだよ! 怒ってる時でも悲しい時でも食べるだけで元気が出るの。心を励まして、あったかーくしてくれるんだよ! だから、どんなに仲悪いお友達とでも一緒に甘いもの食べたら仲良しになれるって! だって甘味は世界をも救うから!!」
えらい語りますなあ、お姉さん。昼間の俺って客観的に見てこんな感じだったんだな。寒気してくるわ。
「とりあえず、これあげるから食べて元気出して!」
「……仲良くなれるかなあ」
「大丈夫。だって、あなたすっごく良い子だもの」
「……えへへ、私、仲良くなれるよう頑張ってみるね!! ありがとうお姉ちゃんお兄ちゃん!」
女の子は笑ってピースサインを作るとブランコから立ち上がり、吹っ切れたように軽い足取りで公園を出ていく。俺とあっちゃんはその姿にずっと手を振っていた。
「あっくん。チョコ、せっかく買ってもらったのにごめんね」
あっちゃんがポツリと言った。
「いいよ別に。あの女の子に食べられた方がチョコも嬉しいと思うし」
「何だそりゃ」
呆れたようにあっちゃんが笑うので俺も釣られて笑った。
「帰ろっか」
「うん。あ、私の家にプリンあるから寄っていきなよ」
「マジで? じゃあお邪魔します」
ちょうど流れた五時のチャイムを聞きながら、俺たちも公園を後にしたのだった。
後日、和泉先輩と竹若先輩は仲直りしたらしい。決め手はやっぱり甘いものだったとか何とか。ちなみに俺と古倉は双子に関節技を決められた。めちゃくちゃ痛かった。