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第9話 the Bombs Bursting in Air




 ――時間は戻って大陸暦1864年、アントナム郊外。


「……」


 俺は燃えるアントナムを、声もなく見つめていた。

 眼を皿のようにして、見える状況の全てを頭に叩き込まんと集中する。

 だが双眼鏡のレンズ越しに見えるのは、城壁越し湧き上がる黒煙と火柱ばかり。肝心の『原因』がなかなか見つからない。

 今のところ解ったことは、主に燃えているのはアントナムの『東市街』の方で、河を挟んだ対岸の『西市街』にはまだ火の手が及んでいないらしい事ぐらいだった。


「……隊長殿!」


 俺の探しものを先に見つけたのは、隣で望遠鏡を覗きこんでいたパトリック曹長だった。

 俺の肩を叩きつつ、何処かを指差した。その人差し指の示す先を見る。


「あれは……第20歩兵連隊か」


 東市街を囲む市壁より延びた『半月堡』の上に、軍旗らしきものが風に翻っているのが見える。黄色の布地に縫い込まれたオリーブの緑の輪と交差させた小銃の意匠は、他でもない第20歩兵連隊の連隊旗の証だった

 半月堡を攻め落とさんと、ゴブリン突撃部隊が大地を埋め尽くさんばかりの数で押し寄せ、それを迎撃せんと歩兵達はライフル銃を撃ち続けるている。豆を炒るような耳を叩き、黒色火薬の白煙に半月堡と歩兵達が包まれている様が眼に入る。

 『半月堡』とは、いわゆる『出丸』のようなもので、ここを突破しない限り魔族軍はアントナム市街に入る事が出来ない。

 アントナム防衛の要はここにある。攻める側も守る側も必死だった。


「――!中尉!」

「私にも見えたぞ、マクレラン。しかしあれは――」

「初めて見る兵器ですな。まるで花火だ」


 アントナム東市街を囲む様に陣を構えた魔族軍の姿を見つけた。

 その陣地から、黒く細長い『なにか』が白煙を尾の様に棚引かせながら放物線軌道を描き、半月堡や市壁、さらには市街地へと落下していく様も俺は見た。

 『なにか』の一部が榴弾のように空中で爆発しているのも見える。

 その白煙を大量に吐き出す爆発の様子は、間違いなく――。


「――火薬兵器。それも魔族軍がかッ!」

「市街地が燃えているのは、アレのためのようですな」

「隊長」


 今度はマクレラン少尉が、何処かを指差した。

 指差す方に俺が目を向ければ、魔族軍陣地の奥の方、雑兵用の白いテントの森を越えた向こう側に、青い陣幕が張られた四角い区画があるのを見つけた。

 青地に金糸でけばけばしい刺繍が施された陣幕の中から、一本の軍旗が延びている。

 風を一杯に受けて膨らみ、誇らしげに空に舞う軍旗のデザインに俺は見覚えがあった。

 実物を見るのは今日が初めてだが、あの意匠なら士官学校の教科書で毎日にのように出くわしていたのだ。


「魔王正規軍の軍旗……それもあれは――」

「副王軍の軍旗と思われます」

「こちらでも確認しました。少尉の言う事に間違いありませんな」


 青地に白く魔帝国の国章『双頭の竜』が染め抜かれた軍旗は、魔帝国の元首たる魔王を補佐する『副王』のみが使用する事を許された軍旗だ。

 通例、魔王とその直属軍――通称『近衛軍』――は皇帝の色である『紫』に国章であり、各諸侯は『赤』を、それ以下は『緑』を、その軍旗の色としているのである。

 魔帝国の国章たる『双頭の竜』は魔王そのものの象徴であり、男と女、あの世とこの世と、すなわち世界の全てへの支配を意味していた。


「成程……道中敵に殆ど遭遇しなかったのは、連中の本命がアントナムだったからか」

「駐在所や道中で遭遇した連中は、斥候か、別働隊か、それとも陽動か……ともかく、そのようですな」

「隊長、河に船らしきモノが」


 アントナムを東西二つの市街に分ける大河『ヴィー河』。

 街より少々北に下った河岸に、引き上げられたり、横付けされた船が幾つも見える。どれも喫水線の浅いロングシップだ。風に加えて大量のオールで素早く動ける川船だが、あれで軍団を一気に運んで来たらしい。


「――」


 双眼鏡から眼を離し、肉眼で魔王軍の全体を見渡してみる。

 何個連隊にもなる大軍勢がひしめき、テントの群れが生え、軍旗の林が屹立している。

 数千?数万?正確な数は解らないが、とにかくドンでもない数がいることだけは解る。


 思わず、生唾を飲み込む。


「――よしっ!」


 努めて元気な声を出し、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れる。

 指揮官が臆してどうするか。配下の兵に示しがつかない。


「……ともかく、一旦、戻ろう。避難民や義勇民兵を何処かに、隠さなくちゃなならんしな。その後は……」


 そこで言葉に詰まった。

 その後は……どうすれば良い?アントナムに逃げ込めば一安心だ……としか考えていなかった自分の甘さを呪う。アントナムが駄目だった場合のプランBなど、まるで用意していなかったのだ。

 俺は言葉に詰まったまま、マクレラン少尉にパトリック曹長の顔をそれぞれ見た。

 俺同様に若手の少尉は青い顔をし、曹長は冷や汗を掻いてはいるも古参兵らしく落ち着いた様子だ。


「我々は騎馬警官が百騎だけです。避難民を逃がす以外、出来る事は……」


 そこで言葉を切って、ママクレラン少尉は額の汗を拭った。

 予想以上の深刻な状況に憔悴した様子だった。無理も無い。

 なにせ俺自身も全く同じ気持ちなんだから。


「今後について考えるのは、隊が戻ってからにしましょうや」


 曹長が気を回して、ひとまず避難民達の所に戻るよう促した。

 しかし最後にこう付け加えるのも忘れない。


「ですが隊長。言うまでも無いですが、ここの指揮官は貴方です。貴方が決めた事に、我々は従うまでですよ」


 いっそヒラの兵士なりゃ良かった、と、俺は生まれて始めて士官になってしまったことを呪った。

 曹長の言葉が、ズシンと肩に乗っかって重くなるのを感じた。

 百人分の騎馬警官と義勇兵、そして大勢の避難民の命は、俺の肩に掛っている。

 局面が非常事態だけに、その責任は一層重大だ。


「……ともかく急いで戻ろう」


 走りながら考えよう。

 そんな事を考えながら、俺は愛馬の手綱を引いた。




◇勇/魔◆




 俺達は隊列に戻るとすぐに当座の間、隠れたり、立てこもったりできそうな場所を探した。

 幸い、それは直ぐに見つける事が出来た。

 それはアントナム郊外に広がる田園地帯の一角にあった。

 恐らくは土地持ち豪農の館なのだろう、壁は石造りの二階建てで頑丈につくってある。

 周りは塀と生垣に囲まれ、小さな栗の木の果樹園もあり、ここを根城に立てこもって戦うこともできそうだ。

 住民は逃げ出してしまった後のようで、人っ子一人どころか馬小屋、畜舎にも家畜の影すらも見えない。

 俺達はここを『接収』し、使う事にした。――非常時である。ここの住民には目を瞑ってもらおう。今は居ないが


 本音を言えばここからすぐさま逃げ出したかった。

 だが避難民はみな疲れており、今からまた逃避行を続けるのは余りに苦しい。例え危険でも休みは必要であった。


 牛車、馬車を門の前や、生け垣に塀の隙間に配置して、防備の隙をなくす。

 避難民に義勇兵たちをひとまず館の敷地内に全員収容した時点で、俺は隊員全員に召集をかけた。

 作業をしつつ考え、俺の腹は既に決まっていた。

 マクレラン少尉とパトリック曹長には既に俺の腹は伝えたが、隊の騎馬警官達にはまだだった。


 指揮官として、まずは一席ぶたねばなるまい。

 整列させた騎馬警官たちを前に、俺は演台に立った。

 ……演台といっても芋を入れる木箱をひっくり返しただけだが。まぁ仕方がない。

 俺は整列した隊の兵士たちの顔を順々に眺め、息をひと吸い、そしてゆっくりと話し始めた。


「諸君。既に知っての通りだが」

「現在、アントナムは魔帝国軍の攻撃を受けている」

「軍旗より判断するに、敵指揮官は魔帝国副王、攻め手もその手勢だろう」

「市駐屯の第20歩兵連隊が迎撃を行っているが、状況は劣勢だ」

「敵はこれまで知られていなかった新兵器、それも火薬武器を使用している」

「諸君」


 俺はここで一旦言葉を切り、もう一度一同の顔を見渡してから、話を再開した。


「現状は非常に苦しく、深刻だ」

「対する我々は、ライフルカービン銃とピストルで武装した騎馬警官が僅かに百名」

「残念ながら我が隊の戦力は包囲軍に対するには非力であると言わざるを得ない」


 もう一度言葉を区切り、緊張した面持ちの皆を見渡し、より大きな声で言った。


「しかし、我々は栄えある連邦共和国陸軍兵士である。兵士の義務は、果たさねばならない」

「我々は――これより第20歩兵連隊を援護する!」


 皆の間に、声にならないどよめきが走った。




◆魔/勇◇




 ――蒼い空の下であっても、副王軍軍旗の青は実にハッキリと映えて見えた。

 青い長方形の布地は金糸で四方を縁取られ、その中央には魔帝国の国章たる『双頭の竜』が白く染め抜かれている。

 風にあおられ、軍旗が棚引くさまを、じっと見上げる影がひとつ。

 ――では、見上げる者は何者か。

 果たしてそれは、拵えられた豪奢な輿に腰を据えた、青黒い肌の美丈夫であった。

 色素の抜けた白髪にエルフよりも長い耳、血の気を感じさせぬ青黒い肌に血の様に紅い双眸。

 こうした彼の身体的特徴は、彼が『デックアールヴ』と呼ばれる最上級の魔族であることを意味している。

 女神のように美しいその顔は、等級が上がる程に容姿が美しくなる魔族の奇妙な特性を如実に現れていた。

 纏ったマントは裏地は青く表面は黒く、金糸で奇怪ながらも美しい刺繍がなされている。

 マントの下は黒いゆったりとしたローブ状の衣服。頭の上には金の冠が輝いているが、その意匠は青い軍旗と同じく彼が魔帝国の『副王』である事の証であった。

 鎧等の防具は一切身に着けていない。それは彼の上級魔族としての矜持故だ。

 ――防具などは弱者のモノ。真の強者には無用の長物。

 これこそ優れた身体能力を誇る上級魔族の矜持であり、中には殆ど裸で戦場に赴くものすらいた。

 しかるに彼もまた、そんな誇り高い上級魔族の一人だった。


 当代魔王が第一の弟にして『副王』、その持てる権力は肩書そのまま魔帝国における第二位。


 グラダッソ=ベイ。あるいは副王グラダッソ。それが彼の名だ。


 ……と言っても、第一位たる『魔王』とは、その権力において雲泥の差ではあるのだが。



 副王グラダッソは、己の軍旗より視線を外すと、目下へとその視線を移した。

 彼の輿は丘の上の陣幕の中にあったが、その陣幕の配置は、彼の視界を塞がぬように計算されている。

 故に彼はなにものにも妨げられる事無く、『戦場』の様子を直に一望することができた。


 半月堡を落とすべく、彼の麾下のゴブリン部隊が地面を埋め尽くさん程の数で押し寄せているのが見える。

 耳障りな銃声が響き、半月堡が忌まわしい白煙で覆われるたび、手勢のゴブリン兵はばたばたと斃れる。

 敵は寡兵ながら足掻く足掻く。

 その足掻きを眺めて、副王グラダッソは口の端を歪めた。


「無駄な努力だな」


 副王は冷笑し、嘲笑する。

 いかにも魔族らしい、人間を虫の様に見下す、傲慢にして冷酷な表情。

 それは人間相手に敗戦続きの魔族達にとって、浮かべるのも久しぶりの顔であった。


 突撃しているゴブリン部隊の背後には、雑ながらも長方形の陣形に纏まった後続のゴブリン部隊が複数控え、さらにその背後には精鋭であるリザードマン歩兵や駱鳥騎兵の部隊、コボルトに蛇人間の魔術師部隊などの姿も見える。


「……忌々しいが、やはり大した威力だ」


 副王の目に、白煙の尾を引く黒い影が映った。

 空へと向けて自陣より、独特の風切り音を立てて黒い影は次々飛び出していく。

 歪な放物線軌道を描きながら、敵陣や敵市街地へと影は降り注いだ。

 爆音、白煙、そして火柱。


「我が軍の『ロケット』はなかなかやっているじゃないか。そうは思わんか、なぁ」


 背後に控える取り巻きたちへと振り返り、副王は笑いかけた。

 取り巻き達は即座に追従の笑みを浮かべ、その場に跪いた。


「これで思うように飛べばよいのだがな。所詮は人間の技を使った玩具に過ぎぬよ」


 命中率は非常に悪い。明後日の方向に飛んでいるモノも多い。ただし、当たれば威力は大きい。

 故に、魔族軍からは次々とソレが敵陣へと撃ちこまれて行く。数で敵を圧殺するのだ。


 ――魔王軍の『人間式改革』を当代魔王が打ち出した時、魔帝国に国が分裂する程の激震が走った。

 何を隠そう、この副王自身が、『改革』への反対派急先鋒だったのだ。


 如何に魔族が人間に圧倒されつつあるとは言え、魔族が人間の技術に頼る以上の屈辱は無い。

 真っ当な感性を持った魔族であるならば、それに反対するのは極めて自然であった。


 しかし、魔帝国は徹底した専制君主国家である。『世界の王』たる魔王の命令は絶対である。


 『魔帝国には二種類の魔族しかいない』と言われる。

 『魔王』とその『奴隷』の二種類のみ。王弟たる副王とて例外ではない。魔王以外は等しく奴隷だ。

 結局は、頭を垂れて諾諾と従うほかない。


「フン……竜騎士どももおればより楽なモノを」


 竜騎士部隊は先鋒の仕事を済ませた後は、早々と後退して『魔王本陣』に引っ込んでしまった。

 竜騎士の駆る竜種は繁殖力が低く、育てるのにも手間が掛る。だから竜の生息地である火山周辺は残らず魔王の直轄領になっているし、そこで育てられる竜も全ては魔王の所有物となっている。

 つまり竜騎士部隊を指揮する『飛竜将軍』は部隊で使う竜を魔王より『預けられている』に過ぎず、故に『飛竜将軍』は自部隊の損害に対し魔族らしからぬ神経質さを見せるのが常だった。

 魔王よりの借り物に傷をつけたとあれば、時に命に関わるからだ。


 開戦直後のロケット爆撃は成功し、人間どもに多大な被害をもたらした。

 だが人間側の小癪な迎撃で、数騎の竜騎士に被害が出てしまったのが悪かった。

 飛竜将軍はたちまち臆し、戦線より飛び去ってしまっていたのだ。


 権力第二位とは言え、所詮は『奴隷の中での第二位』に過ぎぬのが副王の立場である。

 その実、飛竜将軍とは『形』は兎も角、実質においてそれほど権限の差は無い。

 彼に飛竜将軍を止める資格はなかった。


「まぁ……現状を見るに連中がおらずとも――ん?」


 ふと副王の視界の端に不審な影が映り込んだ。

 街のまわりに幾つかある丘陵のひとつ。

 その向こうから、姿を現した人影の群れがあったのだ。

 魔族の視力で見れば、それが魔族ではなく人間であることはすぐに解った。


「オイ……あれは味方じゃないな」


 見えた影を指差し、側近の一人を顎でしゃくって確認させる。

 側近が答えた。


「あれは……敵軍でございます!」




◇勇/魔◆




 俺はひたすら馬を駆けさせる。

 馬を駆けさせながら、部隊に対して何を話したのかを、もう一度思い返す。


『いいか諸君……我々に逃げ場は無い』

『アントナムを見捨てて逃げたとしても、敵があの街を落とし、さらなる侵攻を再開すれば、またたくまに背後を突かれ我々は皆殺しにあうだろう』

『魔族は捕虜を取らない。例え女子供であろうともだ』

『そして敵がアントナムを落とすのと、我々が安全な場所まで逃げ切る、あるいは中央よりの援軍と合流するのとどちらが速いか……それは間違いなく前者だ』

『いいか諸君。我々に選択肢は無い。時間も無い』

『我々が逃げ込む事の出来る先は、アントナムのみ』

『あそこが陥落すれば――』

『我々に未来は無い』


 嘘を言ったつもりはない。

 全部本当とは言わないが、おおよそ真実だ。

 いずれにせよ死地を潜らねば、逃げおおせる事は出来ない。

 それならば前に進むべきだ。分の悪い逃亡劇に命を賭けるよりは、戦って血路を拓くほうが余程良い。


 そうこう考えている内に、目星を付けていた丘陵の麓まで、敵に気付かれずに接近出来た。

 この丘を越えた、その直ぐ向こう側はには戦場が広がっている。

 丘の陰にいながらにして、銃声と雄叫びの協奏曲を、戦場の息吹を確かに感じることができる。

 あの戦場に、俺達は飛び込む。


「――良し」


 右拳を左掌へと打ちつけて覚悟を決め、静かに一同に号令する。


「総員、下馬」

「総員、下馬」


 騎馬警官達が、一斉に下馬する。

 俺達は乗馬歩兵であって騎兵では無い。

 騎乗しては戦わない。


「二列横隊」

「二列横隊」


 残していく馬の番兵を除く退院全員で、二列横隊を組ませた。

 横隊による戦列を組むなら三列横隊にするのが定石だが、今回は寡兵につき二列にすることで横隊の長さを少しでも延ばす。


「捧げ銃」

「捧げ銃」


 俺と曹長の小さな号令に従い、誰一人声を出すこともなく、手持ちのカービン銃を肩に載せた。

 金属の擦れる僅かな音のみが、丘の向こうの戦場の音楽に染みこんでいく。


「前へ進め」

「前へ進め」


 ゆっくりと横隊が前進を始める。

 俺は横隊の真正面に立ち、右手のサーベルを抜いて峰を肩にかけつつ進んだ。


 少し歩めば、丘陵の頂きまであと僅かになる。

 そこで俺は再度号令する。


「駆け足」

「駆け足」


 皆と共に一斉に駆けだす。

 足はすぐに頂きに達し、それを跳び越えた。

 丘の向こう側の景色が、我が目に飛び込んで来る。

 硝煙と炎。地を埋め尽くす魔族の群れ!群れ!群れ!

 武者震いするも、気合いで抑え込む!


 ここまでくれば静かにする意味は無い。

 俺は大声で号令を発した!


「中隊、止まれーーッ!」

「中隊、止まれーーーッ!!」


 二列の横隊が丘陵の頂きの少し下で停止する。


「前列、立て膝!小隊射撃用意!」

「前列は立て膝―ーッ!小隊射撃よぉぉぉぉい!」


 第一列が膝射の体勢をとり、第二列は立射の姿勢ッ!

 日々の訓練が行き届いている為か、素早い動きだ。


 我が中隊は『半月堡』を攻める部隊の側面を取った。

 距離はあるが……ライフル銃の射程ならば!


「第一班ッ!撃てッ!」

「第一はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」


 横隊を組んだ戦列歩兵は、通常『小隊射撃』と呼ばれる射撃方法を執る。

 長い横隊を幾つかの射撃班に分割し、その番号ごとに順次斉射を行う方法だ。

 撃った班から再装填を行い、全ての班が一回目の斉射を終えるころには、最初の班が再装填を終えている。理論上、これで途切れることなく射撃を行う事が出来るのである。


 俺は中隊を三つの射撃班に分けた。

 理論通りにはいかないだろうが、装填の隙を減らすことぐらいは出来る筈だ。


 ――ズドドドドドゥゥゥゥゥゥゥンッ!と白煙と共に銃声が重なり、敵の戦列に俺達の銃弾が突き刺さる。

 側面を突かれ、敵には混乱している様子が見られる。

 ならば畳みかける!


「第二班ッ!撃てッ!」

「第二はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」


 第二班斉射!第一班は再装填!


「第三班ッ!撃てッ!」

「第三はぁぁぁん!撃てぇぇぇぇッ!」


 銃声!そして白煙!

 寡兵とは言え、おおよそ百のライフル銃が集まれば、それなりの殺傷力を発揮する。

 予定していなかっただろう側面攻撃に、敵の戦列に乱れが生ずる。

 その混乱に、半月堡の中の味方部隊も即座に呼応した。半月堡を乗り越え白兵戦へと打って出たのだ!

 地獄の亡者の如く絶叫しながら突っ込んで来た歩兵連隊兵士の姿に、敵が怯むのが見える。

 臨機応変のきく、良い指揮官だ!


「各個に狙い!各個に撃て!射撃を絶やすな!」

「再装填だ!素早く再装填!素早く!素早ぁぁぁぁぁぁぁく!」


 三回程小隊射撃を行った所で、各個射撃へと切り替える。

 弾幕を張り、敵に銃弾を浴びせ続け、側面より圧迫しなくてはならない。

 でなきゃ味方歩兵連隊の勇気が無駄になる。


 視界を覆う白煙のなか、俺はその途切れる間を縫う様にして双眼鏡を覗き、戦況をうかがう。

 ――連携は成功しつつあった。敵の戦列が乱れ、下がっている!


「よしッ!」


 ここは戦列を押し出し、さらなる射撃をあびせるのみ!

 そう考え、号令を下そうとした、まさにその瞬間だった。


「隊長!敵の騎兵です!」


 眼はしの利くマクレラン少尉が望遠鏡を覗きこみ叫んだ。

 俺も双眼鏡で慌てて見れば、敵陣より駱鳥騎兵がこちらへと繰り出して来る様が目に入った。

 遮蔽物も無いこの状況で、乗馬歩兵で騎兵相手の白兵戦は無謀だ!


「ここまでかッ!撃ち方止め!撃ち方止め!」

「撃ち方止めぇぇぇぇッ!」


 サーベルを振り回し、曹長ともども大声で叫んだ。


「総員後退!後退!」

「さがれーーーッ!みんなさがるんだーーーッ!急げッ!」


 サーベルの切っ先で後退方向を指示しつつ、俺はホイッスルを吹いた。

 馬番の兵士たちへの合図だった。彼らが馬を連れてやって来てくれる。

 俺は何度も何度もホイッスルを吹きながら、後退する戦列の真後を駆けていた。


 そこでふと振り返り――見えたモノに血の気が引いた。

 見えたのは、白煙を帯びながら、放物線を描き飛んでくる黒く細長い何か。


「伏せろぉぉぉぉぉぉッ!」


 しかし俺の号令は、出すのが余りに遅すぎた。

 敵の『花火兵器』は後退する隊の戦列に突き刺さり――爆発した。




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